表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
203/445

[203]

ダールイベック公爵が王都を離れて三週間が過ぎようとしていた。


同時期にビョルケイの漁師町へ向かわせた調査団・・・を装ったロニーの密偵は、年明け早々に山のような資料を抱えて一足先に王都へ戻ってきていた。

先に調査を始めていたもの達の途中報告も合わせて持ち帰ってきたが、そちらにめぼしいものはなかった。

ビョルケイ母娘の暮らしていた家屋も不審なものは見当たらなかったとのことだ。


年明け以降は時間が空けば教会から持ち帰った山との格闘の日々だった。

今日の外出は私だけではなく、ロニーにとっても貴重な息抜きだった・・・はずだ。連れていかなければ、今日も一日牧師の日記をめくり続けていたことだろうから。


あの町の牧師は大変筆まめな男だった。あの町の教会に赴任して四十余年、ほぼ欠かすことなく日記を書き続けている。それを全て保管していたのも驚くべきことだ。

私達は古いものから全て確認することにした。四十年前と言えば、男爵がまだ少年だった頃だ。どんな些細なことでもいい、男爵のことが綴られていないか隅々まで読んで、読んで、そして読んだ。


天気の話題で始まり、暖かい季節には庭に植えた作物の様子を飽きることなく書き連ねる。教会に子供が遊びに来ればその話を、日曜日になると礼拝の様子を事細かに綴る。誰が参列し、また誰が休んだのかも。


初めて男爵の名前が出てきたのは、四十三年前、男爵の父親が海で遭難した日だった。

何日か仲間の漁師達が捜索をしたそうだが、結局父親が家族の元に帰ってくることはなかった。

突然夫を失った彼の妻キーラと、二人の子供であるウルッポ少年と幼子ヒルマの今後のことを案じる日記が何日も続いていた。そして約三ヵ月後、牧師になって初めて葬儀を執り行ったという日記があった。男爵の父親の葬儀だ。所々インクが滲んでいた。


このウルッポと言うのが男爵だ。ダールイベック公爵から渡された資料では、工場の届け出時には現在のウォーアリッグ名で申請が出されていたため、その時期に改名したのだろうという話だ。



それからも月に数回名前は出てくるものの、特別気になるような話はなかった。

教会の入り口を掃除している最中ウルッポを見かけた~その程度の登場だ。


『ロニー この四十年以上の歴史を振り返って何も出てこなかったら 日記を燃やしてもいいか?』

ロニーは答えずにクツクツと笑うばかりだ。

多分私も相当おかしな顔をしながら、口だけは笑っているのだろう。


いや有難いことは有難いのだ。日々変化のない静かな町の様子をここまで残してくれたからこそ、私達は当時の様子を手に取るようにわかるのだから。ああ、もちろん本心だ。心の底からそう思っているさ。



今日で日記に取り掛かり八日目。今読んでいるのは牧師が赴任して五年目の年の日記だ。二年目に起こった遭難事故を除けば、相変わらず町は平和だった。掃除をして、作物に水を与え、時折やってくる子供達の相手をする。その日々の繰り返しだ。


全て読み終えるにはあと何日必要なのだろう・・・

この八日間、まるまるこの作業に費やしていたわけではないが、それでも相当な時間を割いてきた。それでやっと五年だ。残りはほぼ四十年・・・あと何冊あるのかもわからない。


「レオ様 人を増やしましょうか このままでは全て目を通すのに何ヶ月かかるかわかりません」

『増やしたいのは山々なのだが』

適任がいない。これまでの状況を理解していて、時間にも余裕があり、口が堅くミスを犯す心配の少ないもの。

「手伝わせましょうか いずれレオ様にお顔合わせを願いたいと思っておりました」

『手伝えるものがいるのか?』

私はロニーが抱える密偵について何も聞かされていない。何名いて普段はどこにいるのか。年齢も性別も何も知らなかった。ただロニーからは、私の指示に最優先で従うもの達とだけ聞かされている。


『ここには来れないのではないのか?』

王宮に出入りしているのなら私と引き合わせる時間などいくらでもあるだろう。今まで面識がないと言うことは、ここに来れない事情があるのではないかと思っていた。

「はい 本宮へ積極的に出入りはさせておりません ですがレオ様のご指示であればすぐにでも呼べるものが今数名おります 今日はレオ様もお疲れでしょうから明日 こちらへ呼ばせて頂きます」


・・・早く言ってくれよ、とは思ってないよ。本当だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ