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「取り寄せていた生地が全て届きました 準備も済んでおります」
帰りの馬車の中だ。予定通りビョルケイ製の生地が手に入ったとの報告を受ける。
『わかった すぐ裁縫師に確認を取ろう』
気が逸る。きっとそこには何かの答えがある。人と違い物は嘘を吐かないからな。
『そう言えば王宮にはビョルケイ製の生地はなかったのか?』
取り寄せてから気がつくのもなんとも間抜けな話だが、身近にあったのならロニーに無駄な仕事をさせてしまったことになる。
「はい 王宮では取り扱われておりませんでした」
『そう か』
安心すると同時に、本当に見たことのない高い技術の品なのかもしれないとの思いがかすめる。
いや実物を見ればすぐにわかることだ。今あれこれと考えるのはよそう。
急くように着替えを済ませて、ロニーが用意した部屋へ向かった。
部屋の中央に置かれた大きなテーブルの上は、何十枚もの絹織物が独特の光沢を放っていた。
『随分たくさん集めてくれたのだな ありがとう』
「王都では殆ど出回っていないようでした 主要な仕立屋は全て当たりましたが取引がないようです これらはほぼダールイベック領から取り寄せました」
『そうだったのか それで男爵は王都に拠点を持とうと思ったのか』
「はい 恐らくそうでしょう」
ロニーとそんな話していると、扉の前でぺこりと頭を下げた女性が入ってきた。
「殿下 遅くなりました」
『遅くに呼び立てて済まなかったな こちらに来てくれ』
裁縫師は部屋に入るなり山積みになっている生地の量に驚いていた。
「これは―殿下自らお集めになったのでございますか?殿下のお衣装・・・と言う訳でもないようでございますが・・・」
目の前にある生地は赤やピンクに白、大きな花柄がプリントされたものなど、確かに私が普段選ぶような色柄とはかけ離れているものが多かった。裁縫師が困惑するのも無理はない。
『ああ 私のものを新調するわけではないんだ 今とある絹織物工場のことを調べているのだが 繊維に関して私は完全に無知でね 協力を頼みたい』
「そういうことでございましたか」
この場に呼ばれた意味をようやく理解した彼女はほっと息を漏らした。
「お任せくださいませ なんでもお聞きください」
『まずこの生地を見て率直な意見を聞かせてほしい』
テーブルまで近づいてきた裁縫師が一度振り返る。
「触ってみてもよろしいでしょうか」
『もちろんだ 切っても裂いても構わない』
裁縫師は一番手前にあった生地に手を伸ばした。縦横や斜めに引っ張ったり、端の方を爪で弾いたりしている。何枚か同じように繰り返した後、次に手に取った生地を触った途端突然揉み始めた。その後何かを探すように次々と触りながらしきりと首を傾げている。
気がつくとテーブルの上は三つの山に分けられていた。
「殿下 ひとつお聞かせください これらは全て国内で織られたものでしょうか」
『そうだ 全て一つの工場で織られた生地だ』
それを聞くと再び首を傾げて考え込んでしまった。彼女が話し出すのを待つ。
一つの山を指して説明を始めた。
「まずこちらに分けた生地は ごく一般的に流通しております絹織物と変わらないように思います」
『特に優れているということはないか?』
「ございません」
「そしてこちらですが・・・
あまり質が良いとは言えません お気づきにならない方が大半とは思われますが 裁縫師でしたら必ずわかります この生地は大切な顧客には決してお出ししないでしょう」
「最後に こちらに除けた生地ですが・・・
これが・・・」
話しが途切れてしまった。二枚の生地はどちらもプリントが施されたものだ。プリントされた生地はその二枚だけだ。どうしたと言うのだろう。見た目には光沢の美しい絹だ。
「恐らく混ざっています 長年この仕事をして参りましたが このようなものは初めて手にしました」
『済まない 混ざっているとはどういう意味だ?』
「こちらの絹とこちらの絹が混ざっているように思います」
裁縫師は二つの山を指していた。
どういうことだ?
『無知で申し訳ないが教えてほしい それは別々の国から輸入した生糸を混ぜて織っているという意味か?』
「いいえ それはあり得ません 生糸の生産国別に割り振られる工場は決まっております 工場にとって常に一定の品質を保つためには それが望ましいことなのでございます」
『成程 生糸が変わると染色や織りに影響が出ると言うことか』
「左様でございます」
「そして私の知る限り割り振りが変更されたという話は聞いたことがございません そもそもこのような粗悪なものは輸入されるはずがございません」
粗悪・・・
『絹 には違いないのだろうか?』
「はい それは間違いございません 絹には違いませんが・・・
プリントは恐らく誤魔化すためでしょう これらが同じ工場で織られていると言うことは 残り物を集めて仕上げたのではないかと こちらの粗悪なものより更に違和感がございますから」
手を伸ばしてみる。触って比べてみるがさっぱりわからない。
『ロニー ロニーには違いがわかるか?』
ロニーも三種類の生地を念入りに触って比べた後、首を傾げた。
「申し訳ございません 私には全て同じように感じます」
『うん 私もだ』
裁縫師が粗悪とまで言い切った生地だが、私達には全く区別がつかなかった。
「先程も申し上げましたが 専門家でもない限り お気づきになられる方はほぼいらっしゃらないと思います」
『そうか・・・』
ビョルケイ男爵は、正規の交易品以外の生糸を手に入れていると言うことだ。もちろんこれは立派な犯罪だ。
『ありがとう 大変参考になったよ 今後このことを証言してもらうことがあるかもしれない 構わないだろうか』
「かしこまりました お任せください」
『感謝する それまでこのことは』
「承知しております 他言致しません」
『最後に参考までに聞かせてほしい これらの布で仕立てを頼まれたらどうする?』
最後のこの質問に彼女は一切迷うことなく答えた。
「お断りさせて頂きます 私には扱うことが出来ません」
『よく分かったよ 私はあなたの腕を信頼している これからも世話になるよ』
「ありがたいお言葉を感謝致します」
拍子抜けするほどあっさりと不正の証拠が見つかった。まさか密輸とは。
どこから運んでいる?国境からも港からも離れた小さな町に。どの国だ?
まさか・・・な




