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決勝は準決勝でペットリィを退けた第一騎士団の見習い騎士と、アレクシーの対戦だった。
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『惜しかったな』
「いや完敗さ せっかくレオが来てくれたから少しはいいところ見せたかったのに残念だ」
『次に期待するさ』
「おう 期待してくれ」
模擬戦終了後、アレクシーと軽く雑談を交わす。
「今朝は驚いたぜ まさかレオとペットリィの妹が一緒に観戦に来るとはな」
『一緒に来たわけではない 一人で立っていて寒そうだから席に呼んだだけだ』
「そうだったのか てっきりレオが誘ったんだと思ってたぜ 騎士科の連中は皆そう思ってたぞ」
「・・・まあ 今日模擬戦があることを伝えは した」
なんだか面白くない。アレクシーは何が楽しいのかケラケラと笑っている。
「そうだ!レオこの後時間あるか?」
『ん?あ ああ』
私の返事を聞いてるのかいないのか、アレクシーは少し離れた場所でぎこちなく立っているペットリィ兄妹の方へと近づいて行った。
「なんだなんだ?せっかく兄妹会えたと言うのに会話もなしか?
今から四人で飯でも食いに行かないか?」
四人?その中に私も入っているのか?
ビョルケイ嬢は瞳を輝かせている。ペットリィはと言うと―
どうした?こちらはこちらで恍惚とした表情を浮かべている。戦闘ハイにでもなっているのだろうか。
「殿下―」
返事を返す前にヨアヒムから声をかけられた。
『ああ わかっている
悪いな 私は寄れない
・・・来るか?』
自分の中でも葛藤があったのに、先に言葉が出ていた。言ってから少し後悔する。
「そうだった ごめんレオ いいのか?」
『ああ 構わない』
「レオが招待してくれるそうだ ペットリィ今すぐ汗を落として来ようぜ ビョルケイ嬢少しだけ待っていてもらえるか?うちの馬車で向かおう」
「ありがとうございます レオ様 お言葉に甘えさせて頂きます
ダールイベック様 待たせて頂きます」
「私までお招きを 身に余る光栄でございます 直ぐに仕度して参ります」
『焦らなくていい しっかり身体を温めてから来てくれ』
「じゃ後でな レオ」
『ああ 後で』
アレクシー達と別れて馬車へと向かう。
「あまり気が乗らないご様子ですね」
『そう見えるか?』
「いえ 傍目には全くわからないかと 長年の勘とでも言いましょうか」
『そうだなー 二人とも長い付き合いだものな ゲイルはロニーよりも長い か』
「数ヵ月ですけれどね」
つい先日まで頭を悩ませる原因だった令嬢と朝から行動を共にして、さらにこの後飯まで食うことになったのだ。気が乗らないと思うのも当然といえば当然、か。
『まあアレクシーもいることだし 大丈夫だろう あの令嬢もかなり変わったしな』
「ええ驚きましたよ すっかり貴族のご令嬢らしくなりましたね」
「しかし今日ロニー殿がお休みを取られていることは残念ですね」
「残念がるのはロニー殿の方では?」
全く休暇を申請しないロニーを半ば強制的に休ませたのだ。ロニーが休みを取ろうとしないのは私にも問題があることはわかっている。従者を増やさないからロニーが休めないのだ。休みを取ってくれとは言ってある、いつも言っている。
・・・ロニーを頼りすぎだからな。休みたくても休めないのか。学生の間はまだいいが、卒業する頃までには従者を増やすことも考えなければならないな。
城に戻るとオリヴィアが出迎えにいた。ロニーが休みの日は大抵オリヴィアが来てくれている。
「おかえりなさいませ」
『アレクシーが間もなく友人二人を連れて来る 用意を頼みたい』
「かしこまりました」
『二人は模擬戦後で腹を空かしているだろう もう一人はご令嬢だ』
「承知致しました」
「お見えになりましたら お部屋へお迎えに参ります」
『ありがとう 頼むよ』
が、オリヴィアは迎えには来なかった。
「レオ様 ダールイベック様がお見えになりました」
は?
『ロニー?どうして?』
そこには休暇を取っているはずのロニーが当然のように立っていた。
「あんまりでございますよ 今日知らずにそのまま休んでいたら三年は後悔したことでしょう 危ないところでした」
そんなに?・・・いや、飯を食うだけだぞ。
『しっかり休みを取ってもらわないと困るのだが』
「お休みなら充分頂きました」
・・・誰から聞いたのだ。耳が早すぎる。まさかロニーは私にも密偵を付けているのか?
『ロニー?』
「戻られたお二人から聞いたのですよ 申し送りを明日にせず正解でした」
完全に見透かされている。何も言っていないのに。改めてロニーのことが恐ろしくなった。
『わかった ビョルケイ兄妹も交えて食事をする 給仕を頼む』
「かしこまりました お任せくださいませ」
「会食用のホールにご用意致しました」
歩きながらロニーが説明をする。
『そうか
ああ その方が有難いな 感謝するよロニー』
居住エリアから遠く離れた食堂だ。日曜日の今日は殆ど使われていないだろうが、平日は官僚達も多く使用する場所だ。
ホールで三人が待っていた。ロニーと共に中へ入る。
『早かったな 冷えていないか?』
「ああ平気だ ここは暖かいしな それより突然で悪かったな」
『気にするな』
『二人も座って そんなに緊張することない 飯を食うだけだ』
ビョルケイ兄妹は顔を見合わせた後、恐る恐る椅子に腰を下ろした。
「レオ 初めて王宮に招かれたものに緊張するなは無理な話だと思うぜ」
『公的な場ではないんだ 知人の邸に飯を食いに来たと思えばいい』
アレクシーは笑っているが、二人は顔を上げようともしない。変なところで似ているな。
『二人は酒は飲むのか?ワインでも飲まないか』
「ありがとうございます いただきます」
『ビョルケイ嬢はどうだ?苦手なら別のものを用意するから遠慮はするな』
「はい ありがとうございます 私もいただきます」
四つのグラスにワインが注がれた。
「今日は模擬戦見に来てくれてありがとうな 乾杯!」
アレクシーの掛け声でグラスを合わせる。
運ばれてきた料理を見たアレクシーが驚いた顔をした。
「凄い量だな」
『腹を空かせたやつが二人来ると言っておいた』
「だってさ ペットリィ食おうぜ」
アレクシーは笑いながら自分とペットリィの皿に、次々と料理を乗せている。
『ロニー』
「かしこまりました」
私の前に料理を置いたロニーが、次はビョルケイ嬢の皿に料理を取り分ける。
最初は緊張の抜けないような二人だったが、アレクシーのおかげもあってか徐々に雰囲気にも慣れてきたようだ。
『口に合うか?』
「はい 美味しくいただいております」
「とても美味しいです」
「おいレオ!」
これは説教される時の声だ。アレクシーがグラスを置いてこちらを見ている。
『なんだ?』
「周りの心配もいいが 全く食ってないだろう ワインばかり飲んでないで食え」
『母親みたいだろう?幼い頃からこうなんだ ペットリィも寮で苦労しているのではないか?』
ペットリィが苦笑いをしている。
アレクシーがやいやい抗議をしているが、一切無視して話を続けた。
『いい友人だ アレクシーには何度も助けられてきた』
「お二人は幼馴染みなのですか?」
『ああ もう十年以上の付き合いだ』
「俺達のことよりさ 今日の主役はお前たち兄妹だぞ どうだ?少しは打ち解けたのか?」
「え?私達 ですか?」
驚いた声を上げたペットリィ。余程慌てたのか喉をトントンと叩いている。
「ああ あのままだと会話もしないまま別れていただろう?お前は無口すぎるからな お節介と思うかもしれないが 一度ちゃんと妹と向き合ってやれよな」
「は はい」
気まずそうにワインを飲み干すペットリィ。ビョルケイ嬢の方も手を置いて下を向いてしまった。
『アレクシー 私達がいては二人も話がしにくいだろう 今日のところは再会を果たしたということで充分なんじゃないか?』
二人を庇ったつもりはない。強いて言うなら興味がない、きっとそうなのだと思う。
「それもそうだな まあこれをきっかけに たまには邸にも顔出してやれよ」
「・・・考えてみます」
ペットリィは気怠そうに一言そう言っただけだった。




