[191]
「このような寒い日に足をお運び頂きありがとうございます」
『今日は楽しみにしていたよ 最後まで見学させてもらう』
模擬戦当日。白く染まった訓練場では、二つの陣営が準備を進めていた。一方は念入りに身体をほぐしていて、もう一方は額を突き合わせるようにして話し込んでいる。
観客席には制服姿の騎士も数多い。勤務を終えたばかりのもの達だろうか。勤務開け特有のギラついた目をしている。私は両隣に座っているゲイル、ヨアヒムと雑談をしていた。
「殿下 例のご令嬢が到着したようですよ」
ゲイルの視線の先を見ると、寒そうに身体を縮めたビョルケイ嬢が騎士科の陣営を見ながら立っていた。
私達の視線に気がついたのか、こちらを向いて深く頭を下げる。
『そこでは寒いしよく見えないだろう こちらへ来るといい』
「よろしいのですか?でも・・・」
ゲイルとヨアヒムの顔を交互に見ている。またつまみ出される心配をしているらしい。
『構わないよ 風邪を引く前にこちらへ』
一段前の席を勧めるとビョルケイ嬢は大人しくそこに座った。
かと思うと慌てて立ち上がり、くるりと後ろを向いたかと思うとがばりと頭を下げた。
「レオ様おはようございます 今日はお声をかけて下さりありがとうございました」
『ああ おはようビョルケイ嬢』
スイーリがいなくても態度が変わらない、か。本当に心を入れ替えたのだな。一体どのように指導したのだろう。あの講師役に尋ねたら答えてくれるだろうか。いや聞かない方がいいだろうか・・・。
『ビョルケイ嬢にも石を渡してやってくれ』
「かしこまりました
ご令嬢どうぞ こちらお使いください 温かいですよ」
「ありがとうございます お借りします」
「絶対勝つぞ!」
「「「「応!」」」」
円陣を組んでいた陣営が掛け声を上げた。
「あの・・・」
ビョルケイ嬢が振り返り恐る恐る見上げている。
「これは団体戦なのですか?一年生と二年生が?」
『ああ 初めてだとわからないね 模擬戦には団体戦と個人戦があるんだ 今から始まる団体戦は騎士科対第一騎士団だよ』
「騎士団の方と対戦するのですか?
・・・お二人も出場されるのですか?」
目を丸くして驚いている。
出場を問われたゲイルとヨアヒムはニッコリと笑った。
「ご令嬢 私はこう見えて八年目です 分隊長を任されております」
「私は九年目です」
『模擬戦に参加するのは第一騎士団に所属している見習い騎士なんだよ この二人は第二騎士団だ』
ああ・・・驚きました、とビョルケイ嬢は胸をなでおろした。
『騎士科を見てごらん あなたの兄上が大将を務めるようだ』
全員が青いマントを付けている中、ペットリィのマントだけ丈が長いことがわかる。対して騎士団の方は赤いマントを付けている。
『ルールは簡単 大将を倒せば勝ちだ お互い大将を護衛しつつ敵を減らしていく』
「お兄様が大将」
『ああ しっかり応援してやろう 声をかけてやっていいんだぞ』
「はい!」
「お兄様ー!頑張って下さい!」
ビョルケイ嬢が両手を口の横に添えて大きな声で声援を送る。それから右手を高く上げて振ると、騎士科の連中だけではなく騎士団も、客席のもの達も一斉にこちらを向いた。
ペットリィが驚いた顔で客席を見上げている。すぐに妹の姿を見つけたのか嬉しそうに顔を綻ばせていた。
その途端もみくちゃにされてしまったが、それでもペットリィは笑ったままだった。妹が駆け付けたことがそれほど嬉しいのだろう。なんとなく理解できる気がした。そしてどんな形にせよ血を分けた妹がいるペットリィのことが少し羨ましかった。
「始め!」
主審の合図で団体戦が始まった。しかし序盤は双方とも大きな動きはない。
訓練場の中にいくつも作られた雪山に隠れつつ、少しずつ相手の陣へと進んで行く。
観客席もしんと静まり返っていた。誰もが固唾を呑んで勝負の行方を見守っている。
先に仕掛けたのは騎士科だった。
右奥の雪山後方から一斉に矢が放たれた。中央付近まで前進して来ていた騎士団の頭上に矢が降り注ぐ。
先程まで先陣の数名が身を隠していた場所が青色に染まった。矢じりの部分に染料が仕込まれているのだ。これが急所に付着したものは敗北、退場になるわけだが、流石全員無事に生き延びたようだ。
が、矢をよけた先には騎士科が待ち構えていた。一気に乱戦へと発展する。
「今年の騎士科はなかなかに強気ですね」
「全員攻撃 私は嫌いではないですよ」
『押しているな この人数差は大きいな』
大将とその護衛を後方に置く騎士団は、その分前線の人数が手薄だ。そこを矢でかく乱された直後に全戦力で攻撃されてはたまったものではない。
「さて このままあっさり決まりますかね」
「どうでしょう 現役騎士としては騎士団がこのまま終わると思いたくありませんね」
その時前線の騎士団の一人が鋭く笛を吹いた。素早く左右へと逃げる騎士団員達。と、同時に後方から低い軌道で矢継ぎ早に矢が放たれた。対処に遅れた数名の騎士科生の身体に赤い塗料が広がる。
『心臓を射抜かれたか』
「形勢逆転ですね」
今年度の騎士科生は二年生が四名と一年生が六名の、合計十名だ。団体戦は十対十で行われている。
今の弓の攻撃で脱落したのは一年生が三名。残るは騎士科七名に騎士団が八名だ。
数で勝てると判断したのか、騎士団も大将が一気に前線まで駆け上がってきた。そのスピードを殺さぬまま一気に二名を斬り伏せる。
『強いな あの大将も見習いなのか?』
「はい あの・・・あいつは少々ワケアリでして」
「見習いには違いありませんが もう四年目なのですよ あれ?五年目だったかな」
見習い騎士は年に一度ある試験に合格すると、晴れて正規騎士に登用される。早いものは一年で正規騎士になることも可能だ。可能なのだが・・・
『何か問題があるのか?』
「それが・・・」
「どうしようもなく運のないやつでして・・・」
ゲイルとヨアヒムは顔を見合わせて苦笑している。
「毎年試験当日に腹を下したり 身体中に蕁麻疹が出たりと まともに試験を受けられたことがないらしいんですよ」
「第二騎士団にまで噂が広がるほどですからね あいつの運のなさは相当なものです」
『模擬戦で見るのも初めてだと思うのだが』
「はい 恐らく初めての出場だと思います」
そこで堪えきれなくなったのか、ゲイルは笑い出してしまった。
「毎回模擬戦を楽しみにするあまり高熱を出していたようでして」
子供か!
『まあ・・・
運のなさは気の毒ではあるが・・・』
「今日ばかりはあいつの独壇場かもしれませんね」
みるみるうちに数を減らされた騎士科は残り三名。騎士団の方はと言うと五・・・いや六名か。かなり差がついたな。大将のペットリィを背後に二名が隙なく構えている。守る二人のうち一人はアレクシーだ。
アレクシーと敵大将の一騎打ちが始まった。
観客も戦闘さなかの騎士達も、全てが見守る中一騎打ちは続く。正確に言えばまだ二人とも全く動いていなかった。恐らく勝敗は一瞬で決まるだろう。いいぞアレクシー、そのまま粘れ。
「いい勝負をしていますね」
「ひょっとしたらひょっとするかもしれませんよ」
ほんの一瞬だった。悔しそうに天を仰ぐアレクシー。
そのまま残る二人も討ち取られ六対ゼロ、騎士団の圧勝で団体戦は終了した。




