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「あ レオも来たぞ」
先に気がついたベンヤミンが片手を上げた。返事を返しながら近づくと、背中を向けて座っていたスイーリとソフィア、ヘルミが振り返る。
『遅くなった』
「レオ様お疲れ様でした」
「ビョルケイさんのこともですが 久しぶりの登校でお疲れは出ていませんか?」
『大丈夫だよ ありがとうソフィア』
「先に令嬢達が来て話してくれたよ とりあえずは問題なかったらしいな」
ベンヤミンの隣の椅子に座る。イクセルは今日は来ていないようだ。
『ああ 聞きたかったことも聞けたし満足だ』
「よし!それじゃ勉強再開と行こうぜ レオに教えてもらいたい分が溜まってたんだ」
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「レオ様 お帰りなさいませ」
『ただいまロニー』
「お身体にも問題はないようでございますね」
『ああ 全く問題ないよ』
今日は一日中身体を気遣われていたから、ロニーのこの言葉にはほっとした。
『ビョルケイに早速聞いてきた 進展したよ 薬が判明した』
「そうでしたか!」
同乗しているヨアヒムとゲイルも話に加わる。
「実に見事な手腕でございました 私は終始ビョルケイ嬢の瞳を見ておりましたが 全て真実を話していたように思います」
「私は途中から笑いを堪えるのが大変でございましたよ ロニー殿はあの場にいなくて良かったですよ」
それを聞いてロニーは大袈裟に嘆いた。
「それは残念なことを致しました 私も是非とも拝見したかった」
『次回はロニーに譲るよ 相当疲労するから覚悟しておく方がいい』
三人が笑っている。全く・・・大袈裟ではないぞ、嘘だと思うなら一度話してみるといいんだ。
『まだ手がかりが一つ見つかったに過ぎない これからも引き続き頼むぞ
ヨアヒム 薬については至急ヴィルホに報告してくれ パルードからの荷が届くのは全てダールイベックの港だからな』
「かしこまりました」
正規のルートに紛れて密輸が行われているのならば、ダールイベックに任せるのが一番確実だ。それ以外のルートの可能性、私はそちらを調べてみようと思う。
自室に戻り、ダールイベック領の資料を開いた。調べる項目はひとつだ。
[絹織物]
工場の数、工場別の生糸の分配量に生産高。比較のために他の領地の数値も探し出す。
『ロニー ビョルケイの工場で生産されている生地を入手してほしい 縫製後の品でも構わないから数を頼む』
「承知致しました」
叙爵を受けるほどだ。質は疑う余地もない。だが、何かがおかしい。絹織物の工場で絹織物を生産する。その当たり前のことで普通爵位など与えられるだろうか。
「やはりビョルケイをお疑いでございますか」
『ああ 何れかには関わっているだろうと思っている』
男爵ではなく夫人という可能性はどうだろう。本妻も疑わしくないわけではないが、王都まで連れて来た第二夫人。あのビョルケイの母親だ、調べてみる価値はあるかもしれない。
『ロニー ビョルケイ母娘が暮らしていた家は今どうなっているかわかるか』
「お調べした時点ではそのままになっていたようです」
『空き家ではない と言うことか』
「はい 家具や生活用具類は残したままのようでございますね お調べ致しましょうか」
『そうだな・・・無人の家に無防備に置いてあるとは考えにくいが 何かしらの手掛かりはあるかもしれないな』
以前ロニーが調べてくれたビョルケイ家の調査表を開いた。ここにあることを読む限り、どちらの夫人も目立たず無口な女性のようだ。果たして本当だろうか。
『ロニーは王都にいる第二夫人を直接見たことはあるか』
「いえ とにかく邸の外にはめったにお出にならない方のようでございますね」
『そうか
・・・あまり期待はしていないが ビョルケイが作法の家庭教師を探すかもしれない』
「その手がございましたか!ありがとうございます 使わせて頂きます」
いや 潜入させる目的より皮肉が本音だったんだけどな。
『うん 使えるようなら使ってくれ』
夫人の話で話が逸れてしまった。気になっていた箇所に再び目を落とす。
『工場は代々続いていたものではなかったな』
「はい 現ビョルケイ男爵が一代で築いたそうでございます」
『今年で二十三年か・・・』
「何をお調べ致しますか?」
『全ての年の生糸の分配量と生産高が知りたい』
「お任せください お調べ致します」
『いくつも頼んで済まないな』
「とんでもございません どちらも出来る限り早急にご用意致します」
『無理はしなくていい 私もこれだけに係りきりにはなれないからな』
「かしこまりました ではそろそろ」
『わかった 食事だな』
ロニーに促され立ち上がった。
体調はすっかり元通りで何も問題はないのだが、体重はまだ取り戻せていない。以前ほど食えないのだ。まあどこも悪くないしな。そのうち元に戻るだろう。




