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それからの毎日、図書館に通い詰めた。稀覯書が保管されている小部屋にロニーと籠り、ひたすらに読み漁った。

ヨアヒムから渡された七種類の薬以外の薬物、毒物についても、片っ端から書き写していく。


『はぁー こんなに多いとは思わなかった 世界は毒にまみれていたのだな』

植物、動物、昆虫・・・生物由来のものだけでも膨大だと言うのに、ここに化合物も加わりさらに薬物だ。とてもじゃないが付け焼刃で身につけられる知識ではない。


「私もお仕えするにあたって基礎的なことは学びましたが ここにある書物の内容は全て初めて目にするものばかりです」

『ロニーはそんなことまで学んでいたのか』

もしかすると世の中で就職難易度が最も高い職業は従者なのかもしれない。一体この男はどれだけの知識をその頭の中に詰め込んでいるのだろうか。


「ああ 個人的に学んだのではございません 政治学科では人体学も必修なのですよ その中で学びました』

政治学科が人体学を・・・ますます謎が深まっただけだ。

「専科は人数が少ないですから騎士科と同じ授業を受けることは多かったですね 流石に芸術科には人体学はありませんから」


『なるほどな・・・』

そうか。第二騎士団は全ての騎士が基礎知識を持つと言うが、騎士科で既に同等の知識は身に着けて来ると言う訳か。相変わらず政治学科の謎は解けないままだが、まあその答えは必要でもないだろう。


『これで全てだな』

「はい 現在我が国で知り得る知識は全て手に入れたことになりますね」

『助かったよロニー 毎日ありがとう』

「とんでもございません 私こそ貴重な書物を手にする機会を頂き感謝致しております」


『では戻るか 陛下に鍵をお返ししたいが今の時間どちらにいるかはわかるか?』

「はい 執務室におられるはずです」

二ヵ所の鍵をかけて図書館を後にする。


『今週通学の許可が出なかったことに感謝だな 夕方からでは何日かかったかわからない』

「レオ様らしいお言葉で安心しました」

『私らしい?今のが?』


ロニーは柔らかく笑むと、何故か嬉しそうに答えた。

「はい いかなる時も前向きなところは 私が最も尊敬している点のひとつでございますよ」

『そう・・なんだ』

自分でも長所だと思っていることではあるが、面と向かって言われるとちょっと照れくさい。



鍵をお返しして自室に戻ってきた。

「明日から鍛錬も再開でございますね」

『ああ コテンパンにやられてくるとするよ』

「言葉と表情がまるで合っておりませんよ」

笑いながら茶を淹れている。


『ありがとうロニー 今日はもういいよ 五日間付きっ切りにさせたからロニーも仕事が溜まっているだろう 明日は鍛錬の後はここにいる お互いじっくり仕事を片付けよう』

明日の夕方ベンヤミンから一週間分のノートを借りることになっている。勉強はそれを借りてからでいい。それまではこの書き殴ったノートを整理しておこうと思う。


「ありがとうございます レオ様もあまり遅くならないうちにお休みくださいませ」

『わかった お休みロニー』




さて。


一日中椅子に座って疲れたからな。まずは身体動かすか。

靴を脱いで床に手をつく。もう体調は完全に元通りだ。今から明日の鍛錬が待ち遠しい。八年前、初めての鍛錬前夜みたいだ。こんなに長い間剣を握らなかったことはなかった。多少の不安もあるが直に取り戻せるだろう。不安よりも幼い頃のようなワクワクする気持ちの方が強かった。




気の済むまで思うように動かすことができてとても気分がいい。やっと言うことを聞くようになったな。あんなままならない歯痒い思いは二度と御免だ。



満足するまで身体を動かし終えて、ようやく机に向かう気になった。ロニーが用意したハーブティーをカップに注ぐ。一口飲んでノートを開いた。


例の七種の薬だけは完璧に理解しておこう。早ければ週明けの月曜日、学園に戻った初日に接触してくる可能性もある。


薬の名前を並べて書き、表を作る。

全てに共通していたのはひとつ。どれもにおいがない。どういう目的で作られ、使用されているのかわからないが、無臭というのは恐ろしい。自らの意思で飲むのならば問題ないが、そうではない場合察知できる可能性が格段に下がりそうだ。


最初に聞くのはこれにするか。

味。無味のものは四つ。甘味、酸味、苦味がそれぞれ一つずつ。ここで無味でなければ一発で解決だ。だが全て飲み干したと言うのだ。酸味と苦味は考えにくい。だからヨアヒムは五、若しくは七種類と言ったのかもしれない。


そして症状、痺れの有無、視覚の変化についても書き加えていく。幸い完全に一致するものはなかった。

これらを順番に問い、ビョルケイが正しく答えを返したならば、薬を突き止めることはできそうだ。


製造された国はベーレングが三種類、パルードが二種類、その他の国が一種類ずつ。

パルードでこのような薬の開発が盛んだったことは、少なからず衝撃だった。ベーレングとパルードがこの界隈の二強のようだ。

ステファンマルクでは現在、過去においてもこの分野には一度も手を出していないこともわかった。メルトルッカは過去に研究の記録はあったが、今では製造していないらしい。尤も全ての情報が我が国に揃っているわけではないだろう。寧ろ最新の技術は秘匿されていると考えるのが正しいのかもしれない。



しかしわからない。どの薬を用いたにせよ、一体どうやって入手した。国境の町でも港町でもない、小さな漁師町で暮らしていた平民の少女が。それ程容易に手に入れることができるものなのか?私達が気がついていなかっただけで、既に国中に蔓延っているという可能性も否定できない状況だ。


これはビョルケイの一件だけで終わらせていい事案ではないのかもしれない。この機会に徹底的に調べなくては。入手経路、なんとしてもそれは掴む必要がある。その為にビョルケイから正確な情報を引き出さなくてはならない。どう聞き出そうか。失敗は許されない、チャンスは一度きりだ。念入りに準備を重ねておこう。

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