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「レオ―!よかったー!もう起き上がって平気なんだね」
「かなり良くなったみたいだな」
「随分人間らしくなったじゃないか」
「もう眩暈はないのか?飯は食えてるか?」
なんだか酷い言葉も混ざっていた気がするが、皆安心したような顔をしている。心配、かけたからな。
『ああ あと数日は学園へ戻れないが ほぼ普段の生活に戻ってきたよ』
「レオ様にお会いできてようやく安心できました とても回復されたのですね」
「はい 私も安堵しました お顔の色が先日とはまるで違います」
「今日もお部屋でお休みされていると思っておりましたから・・・ こんなに早く回復されて・・・私もようやく安心致しました」
言葉を選びつつ話していることが伝わる。私が倒れた瞬間のことが何度もフラッシュバックしていたのかもしれない。事前に何も知らなかったのだから、余計大きな衝撃だっただろう。申し訳ないことをした。
『ありがとう かなり回復したよ もう暫くで学園にも復帰できるはずだ』
『まずは座ってくれ 今日はゆっくり話す時間があるからな』
テーブルの上には普段の茶会のように菓子が並んでいる。侍女がカップに茶を注いで回っていた。
そこへロニーが私のところへ別の茶を差し出したのを見て、一斉に視線が向いた。
「レオ やはり紅茶は―」
『ん ああ! 違うんだ』
私の前にあるのは薄い黄色のハーブティーだ。紅茶を避けていると勘違いさせてしまったらしい。
『まだ飲むなと言われているだけだ 全く気にしていないから気を使わないでほしい』
「本当に平気?」
『ああ 薬を飲んでいる間は控えろと言われたから飲まないだけだ 私は今でも紅茶は好きだよ』
「それを聞けて安心したよ」
「じゃあ俺達は遠慮なく飲ませてもらおうか」
『そうしてくれ 今日のは特にいい茶葉らしいからな』
ようやく納得してもらえたようで、皆カップを手にした。
「はい とても良い香りです」
「うん いい香り でも王宮の紅茶はいつでも極上だよ」
まだぎこちなく感じるが、少しずつようやく笑顔が見れた。
『言うのが遅くなったが 今日は最初に詫びさせてほしい 事前に何も伝えず済まなかった 驚かせたことも申し訳なく思っている 気がつかせることなく処理するつもりだったんだ』
せっかく穏やかな雰囲気になりかけていたのにぶち壊してしまった。だが言わなければならないことだ。
「レオ」
沈黙を破ったのはアレクシーだった。
「スイーリから聞いた 狙いは妹だったんだろう 妹を救ってくれたことはどう言っても足りないくらい感謝してる 妹がこうして今ここにいるのはレオのおかげだ」
「でもなレオ お前は間違った これ以上は俺が言う必要ないよな
王族が身体を張るなんて以ての外だ 二度とやらないと誓ってくれ」
『悪かった 事前に何度も想定していたのに その場になると冷静になれなかった 反省してる』
自分で飲んで見せなくても、毒が盛られていることを証明する手段はきっとあった。感情に支配され、それを選択することができなかった私の過ちだ。
複雑な笑顔を見せたアレクシーが再び話を切り出す。
「これでもう頭を下げるのは終わりにしてくれ 俺だってレオを責めることなんてできないんだ」
『ああ ありがとう』
「僕 陛下があんなにお怒りになったところを見たのも初めてだったから・・・怖かったよ」
「俺もあの時暫く震えが止まらなかった」
「陛下は・・・その いつもあのように厳しいお方なのか?」
何故私が叱責されたことを知っている?あの時同室していたのか。言われるとそうだったような気もするが、憶えていない。
『悪い・・・殆ど憶えていない』
とても気まずかったが、皆は一様に安堵の表情を浮かべた。
「そ その方がいいよ!うん忘れて正解!」
「お俺もそう思うな!そうだよな あの時のレオ何言っても反応しなかったし!半分寝てたようなものだったな!」
『きつく叱責されたことだけは憶えているのだが・・・そのことを陛下に問われたらどう答えようかと 少し困ってる 何を言われていたかわかるか?』
顔を見合わせている。なのに誰も私と目を合わせようとしない。これは知ってるな。
『デニ―』
「いや!正直に言った方がいいのではないか?忘れたのではない 意識が半分なかったんだ きっとお分かりいただけるはずだ!」
目が合った瞬間名前すら最後まで呼ばせることなく、畳みかけられてしまった。
『イクセルは―』
「ぼ 僕も!うん!大丈夫だよ!親子なんだもん!きっとお赦しいただけるよ!」
・・・・・
プッ
『皆そこまで恐ろしかったのか 悪いことしたな 忘れてくれ
・・・そこまで言いにくいことを言われたのだな わかった』
「レオ・・・」
憐れむような目が向けられている。まるで今から私が絞首台にでも送られるようではないか。
話題を変えないとな。
『結局試験はなくなったんだったな』
「そ!そうなんだよね!その代わりにレポート提出だって!あっそれは僕達の学年だけなのかな 三年生はどうなの?」
「ええーっと・・・俺達もレポートはあったな?」
「はい 必修座学は全てレポート提出になりましたわ」
『試験の準備をしていた皆には申し訳ないが助かったよ』
特例を受けたようで後ろめたさはあるが正直ほっとしている。
「いや俺達も助かったんだぜ」
「ええ クラスメートの方々も相当動揺しておりましたから・・・
私達はこうしてレオ様のお顔も拝見できましたが 皆様もレオ様のお姿を見るまでは勉強も手につかないことと思いますわ」
そうか、ベンヤミンとヘルミはあの日一度教室に戻っているのか。そうだよな、何も知らされぬまま休校の間邸に籠っていては、相当不安にもなっただろう。
「私のクラスは泣き出す方もいらっしゃいました とても試験を受けられる状態ではありませんでしたわ」
アンナもその時のことを思い出しているのか沈痛な面持ちをしている。
『出来るだけ早く戻るよ 次の月曜には戻れると思う』
「無理はするな 完全に良くなってからにしろよ」
『わかってる 言われた通りにするさ』
もう自分の体力を過信してはいない。医者の言うことは聞くと決めたのだ。
「土曜日にさ ノート持ってくるよ」
『助かるよベンヤミン 有難く貸してもらうよ』
「日曜日またお顔を見に来ても良いでしょうか」
「僕も 皆も来るよね?」
「ああ 俺も寄らせてほしい」
『ありがとう 皆待ってるよ』
帰り際、思い出したようにベンヤミンが聞いてきたことがある。
「レノーイ様には会ったか?」
『いや 暫く顔を見ていないな』
「レオが倒れて危険だった時 ずっと扉の前で祈っておられたんだ」
レノーイが?全く知らなかった。
『そうだったのか・・・知らなかった』
「うん とても辛そうなお顔をされていた レオの元気になった姿見たら安心すると思う」
『知らせてくれて感謝する 後で顔を出すよ』
「うん そうしてほしい じゃ次の土曜に来るよ レオ無理はするなよ」
『わかった ありがとう』




