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最初に話を切り出したのはヴィルホだ。
「まず今回使用された毒についてご説明させて頂きます この話を知るものは第二騎士団でもほんの一握りのものでございます」
『わかった 他言しない』
ヴィルホの話によると、毒そのものは古くから存在しているものだったそうだ。ただ、それが茶の中に含まれていた乾燥した花びらと反応を起こして、出し抜けに毒性が上がったのだと言う。
「不運としか言えませんでした」
そうだろう、あの日あの茶葉が選ばれたことは全くの偶然だ。
『頑丈な身体で命拾いしたのだな・・・』
「花びらそのものに毒性はございません 輸入を禁止することは却って犯罪者への手掛かりを与えることになり兼ねないとの陛下のご判断により 今後も取引を継続せよとのことでございます」
『ああ 陛下のおっしゃる通りだと思う』
「毒に関しては以上ですが 気になる点が一つございまして・・・
殿下 毒を口にしたものがもう一人いたということはお聞きでしょうか」
『ああ 一年生のビョルケイ嬢だと聞いた』
「どうも変なのです」
『変?というと?』
「これは直接その場で目撃したロニーから説明する方が早いでしょう」
話の続きをロニーが受け取る。
「私が食堂へ駆けつけた時 ビョルケイ嬢が急に立ち上がり喉を押さえて苦しみ始めました」
ソフィアから聞いたのと同じだ。立ち上がったとは聞いていなかったが、喉を押さえていたと言っていた。
「通り過ぎる様足元を確認しましたが 粉々に砕けたカップの破片が散乱しておりました」
それもわかる。毒が回って持っていることが出来なかったのだろうから。
『うん それで』
続きを待つが、二人は不審そうな表情をしている。
「破片だけだったのでございます 床は濡れておりませんでした」
『それは全て飲み干していたという意味か?』
「はい 後程確認に戻りましたがテーブルに紅茶のシミはございませんでした」
『身体にかかったということは?』
「制服にも濡れた形跡はございませんでした それに取り落としたとは思えぬ程粉々だったのでございます まるで叩きつけてわざと粉々にしたかのように」
『どういうことだ』
「殿下 カップを調べられないようわざと割ったとは考えられないでしょうか」
・・・
『狂言だった そう言いたいのか?』
「いえ 令嬢から毒物の反応は確かにございました 何の毒かまではわかりませんので 当然殿下と同じ毒を口にしたと思っておりましたが」
歯切れが悪い。ビョルケイは無事だったのではなかったのか。
「レオ様が一口口にされただけで 二週間以上も意識が戻らなかったのです それを飲み干したご令嬢がレオ様より遥かに軽い症状で済んだと言うのは考え難く」
『ビョルケイはそれほど軽く済んだのか』
「はい 数時間後連絡を受けて駆け付けた父親と共に帰って行きましたから ご自分の足で歩いて」
『まさか・・・』
「はい 医務室でたった数時間休んだだけで完全に回復したのです」
黙り込んでしまった。毒に対して一般的な体力など無関係だとはいくら私でもわかる。だが、華奢な令嬢がカップ一杯飲み干して、たったの数時間で歩けただと?ヴィルホの説明によれば、毒性が高かったと言う話だ。私が特別毒に弱い体質だと言う訳ではないのだと思う。いや、そうだ味だ。あれは誰が口にしても一口で異変に気がつく。それを飲み干した・・・
「それに カトゥムスの供述では狙いはスイーリただ一人と言うこともわかっております 犯行を指示する手紙と照らし合わせても矛盾しているところはございませんでした」
「ビョルケイ家を見張らせていたものによると 当日の朝まで不審な動きはなかったとのことです」
『ロニー?』
「報告が事後になり申し訳ございません レオ様は口にされませんでしたが 今回の件ビョルケイ嬢が関係しているのではと 私の独断でかの邸を見張らせておりました 三人の給仕にもそれぞれ見張りをつけておりました」
ロニーは密偵を持っていたのか。それでビョルケイ家の調査も・・・合点がいった。
「ですが どうもそのビョルケイと言うのが何か絡んでいそうですね」
『ああ 今更だが私もビョルケイが黒幕だと考えていた』
気が進まないが、そうも言っていられないようだ。
『私が直接聞きだすか』
「レオ様?」「殿下?」
また二人が同時に声を上げる。
『危険は一切ない 学園の中でビョルケイが接触してきたら話をする それだけだ』
「殿下はそのご令嬢に接触禁止をお命じになったと伺いましたが」
もう学園内のことまで筒抜けか。
『禁止して素直に従うような令嬢ではない』
ロニーも大きく頷いている。
「わかりました 護衛もつきますので危険はないものと思います」
『護衛?』
「はい 陛下がお命じになりました 今後学園内に騎士を配備することが決定致しました 食堂勤務のものへの所持品確認を毎日徹底することも決まっております」
『わかった』
もう拒むことは出来ない。学園の皆には窮屈な思いをさせることになるが仕方がないだろう。
『学園に配備される騎士は第一騎士団か?』
「いいえ 今回は第二騎士団が就くことになりました」
やはりそうか。
『ヴィルホ 頼みがある』
「何なりと」
『スイーリにも護衛を頼みたい』
今回も狙われていたのは私ではなくスイーリなのだ。
『ヴィルホ済まない スイーリが狙われる理由は私にある』
だがヴィルホはきっぱりと言い切った。
「いいえそれは違います殿下 悪いのは犯人です」
ヴィルホの言い分は勿論正論なのだが、そういう話をしたいのではない。
・・・この状況ではとても不本意だが、私の感情など今は優先している場合ではないだろう。
『名分が必要ならば今すぐ用意する』
「名分 でございますか?」
『スイーリを第二騎士団の護衛対象にするという意味だ』
ここでようやく私の意図に気がついたらしい。
「で でんか?!あの私は聞かなかったことに致します はい何も聞いておりません」
『ヴィルホ?』
突然裏返った早口でまくし立てるように言い切ったヴィルホは、ゴホゴホと咳まで零す始末だ。
「ご心配頂き感謝致します 今回の事情を鑑みた結果 妹にも内密に護衛を付けることが決定しております 表向きは学園内の巡回の形を取りますので 本人には告げる予定はございません」
『そうか ありがとう』
「妹バカと思われるかもしれませんが 一生の思い出となるべき大切なことでございます 然るべき時期に然るべき形で交わされることを願っております」
『・・・ありがとう 義兄上』
わざとそう言いながら笑ってヴィルホの顔を見ると、スイーリ顔負けの真っ赤な顔で口をぱくぱくとさせている。
「あ・・・あに?あにでございますか? ああ・・・あに?でございました あに・・・」
ヴィルホ・・・




