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『何故ですか!』
つい叫んでしまった。後先考えず陛下に楯突くなど初めてだ。冷静になれ、落ち着けと言う心の声が聞こえているのに抑えることが出来ない。
「当然だろう?従者として相応しくないからだ」
従者として相応しくない。何故だ、ロニーのどこが相応しくないのだ。
ロニーの住まいは王宮の中にある。暇を出されてどこへ行ったというのだ。
『ロニーが従者に相応しくなかったのではありません 私が主として未熟だったのです』
陛下は答えようとはして下さらなかった。
「もう一人 事前に知っていたものがいるな」
ヴィルホ、まさかヴィルホも。
『ヴィルホにも処分を下されたのですか?』
その問いにも陛下は答えては下さらなかった。
「今日ヴィルホの姿を見たか?」
『いいえ』
「当然だ 見習い騎士はこの部屋に入ることが許されていないからな」
見習いだと?
『待ってください ヴィルホは副団長です それを見習いとは重すぎます』
「どこが重いと言うのだ お前があのまま命を落としていたら降格程度では済まなかったのだぞ」
・・・全て私の責任だ。
どうしたらお赦しいただけるのか。
『陛下 第二騎士団にはヴィルホの力が必要です そして私の従者はロニーだけです お願いします どうかご再考を』
「代わりにお前が責任を取るとでも言うのか?」
『代わりが務まるのであれば』
「どのように責任を取るつもりだ 王太子の叙任を辞することが出来るか?」
違う、これは肯定してはいけない。
陛下が本心から私のことを相応しくないと言われるのであれば、私は従わなくてはならない。だが今は・・・
『いいえ それは出来ません 陛下にお認め頂けるよう心を入れ替えて精進致します』
「それがお前の言う責任の取り方だとでも言うのか」
『はい』
長い沈黙が続く。
私は頭を下げたままだ。今陛下がどのような表情をされているのかもわからない。
「この辺でどうだ?」
陛下がよく通る声で言われた。
ゆっくり顔を上げる。陛下は開けたままの扉の方に視線を向けていた。
そこに立っていたのは侍従とダールイベック公爵。
「我が愚息の心意気に免じて 赦してやってはくれないか」
「ありがとうございます殿下」
「殿下 有難いお言葉を 息子に代わり感謝申し上げます」
二人が深々と頭を下げる。
『全て私の軽率な行動が招いたことだ 二人には何度も諫められた 悪いのは私だ』
「二人とも 顔を見せてやってくれ」
陛下が扉の向こうへ声をかけた。入ってきたのはヴィルホとロニーだった。
『ヴィルホ!ロニー!・・・父上?!』
「殿下 ようやくお顔を見ることが出来ました ご無事で良かった・・・」
『ヴィルホ 済まなかった』
「私が至らぬばかりに殿下をこの様な目に」
『ヴィルホに責任はない 全て私の独断でやったことだ 私こそヴィルホに詫びなくてはならない』
顔を見ることが出来て安心はしたが、ヴィルホは騎士団の制服を着ていなかった。
『陛下処分は ヴィルホの処分は取り消して頂けるのでしょうか』
「私からは言えぬ」
『それは・・・?』
どういう意味だ?
「私は第二騎士団の副団長にも 息子の従者にも何一つ命じてはいないからなぁ」
そう言って珍しくニヤリと笑われた。
「我が息子は第二騎士団副団長への寛大な措置を求めているが どうだ?ダールイベック将軍」
陛下から問われたダールイベック公は、半歩足を進めると深く頭を下げた。
「陛下 王子殿下 不出来な息子ではございますが 今後も王家のため誠心誠意職務に当たらせて参ります」
「粉骨砕身お仕えさせて頂きます」
公の隣でヴィルホも同じように頭を下げる。
「トゥリッグお前はどうだ? 私の息子は従者の復職を希望しておるが 使用人の統括はお前だ 今回は私に免じて赦してやってはもらえぬか」
「至らぬ息子ではございますが 今一度殿下のお側にお仕えさせて頂きたく存じます」
「殿下に必要とされる限り お側に置いてくださいませ」
侍従とロニーも並んで頭を下げ続けた。
『父・・陛下?!』
「私から言うことは何もない なにせ私は何もしておらぬからな」
『ありがとうございます 必ずご期待に沿えるよう励みます』
「励みなさい 今のお前ではとても後を譲ることは出来ぬからな まだまだ私の代わりは任せられぬ」
『はい 尽力致します』
ダールイベック公が躊躇いがちに先程よりも近くまで進み出た。
「陛下 このような発言をすることをどうかお許し下さい」
そう言ったかと思うと、跪いて私を見上げている。
「一人の親として申し上げます 殿下 娘を救って頂きありがとうございました 殿下が救って下さらなければ 今頃娘は黄泉の国へと旅立っていたことでしょう」
「申し訳ございません でもどうしても感謝の意をお伝えしたかった」
『大切な人を守りたい それだけだった 後悔はしていないが方法を誤ったことは反省している
今後は自分の身の安全も疎かにしないと約束する だからこれからもスイーリのことを守らせてほしい』
ダールイベック公は下を向いたまま頭を上げようとしなかった。ヴィルホはと言うと、こちらも首を真下に向けたまま動こうとしない。
そうだった、この親子は見た目に寄らず涙もろいのだったな・・・
「殿下の御身を第一に・・・」
ようやくその一言だけを発して公は立ち上がった。
「さてフィル進捗はどうだ? 私の部屋で聞こう トゥリッグ行くぞ」
さっと立ち上がると陛下は二人を連れて出ていく。
「レオ また明日顔を出す それまでに少しはその顔の色をなんとかしておくのだぞ」
『陛下 お時間を頂きありがとうございました』
部屋にはヴィルホとロニーが残った。医者も今日はもう戻って来ないらしい。よかった。
『私が寝ていた間のことを聞かせてもらえないか』
「殿下 今日はもうお休みになった方がよいのではございませんか」
ヴィルホは心配そうにそう言うが、もう充分すぎるほどに休んだのだ。
『十六日も寝ていたらしいからな 少しずつ戻していかないといけない 聞かせてほしい』
「わかりました」
『ロニーもここに来て座ってくれないか そうだその前に鏡を見たい』
昼間ベンヤミンやイクセルに揶揄われ、今陛下からもなんとかしろと言われた。私は今どんな顔をしているというのだ。
ロニーが鏡を運んできた。
『・・・・・』
『ごめん・・・もういい・・・』
酷いな。確かに酷すぎる。この顔で人の心配をしていては私でも笑うな。
頬がげっそり落ちて、目ばかりがやたら大きく感じる。顔色、なんというか屍が動いているみたいだ。自分で見ても不気味に感じる。
『見なければよかった』
すっかり落ち込んでしまった。
「徐々に戻して参りましょう レオ様のことですから動けるようになればみるみる回復するに違いありません」
『うん・・・』
『話 始めようか』




