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「レオ様はゲームの中でも池に落ちるシーンがあったのです」
二人きりの談話室。人払いをしてスイーリの話に耳を傾ける。
『詳しく聞かせて?』
「はい 季節は同じく秋真っ只中 レオ様との仲が急速に深まっていくヒロインに嫉妬した私が池に突き落とそうとしたのですが」
『待ってスイーリ』
話の腰を折るのは最も避けなければならないマナー違反の一つだが、ここは我慢がならなかった。
『それはスイーリではない '私'と言わないでほしい』
スイーリは薄く微笑んだ。
「そうですね 訂正させて下さい 公爵令嬢が嫉妬のあまり池に突き落とそうとしたのです」
『うん そして?』
「一部始終をご覧になっていたレオ様が 急いで駆け付けましたがギリギリ間に合わず 池の中へと吸い込まれていくヒロインを抱きかかえたまま一緒に池へ落ちられたのです」
今回の騒動とところどころ似ている気がする。単語ひとつひとつは同じなのだが、繋げると全くの別物に仕上がるような、そんな感じだ。
『なるほどな』
「私が驚いたのはその先です」
まだ続きが?あの後ビョルケイとは会っていないが・・・
『続きを』
「はい レオ様は池に突き落とした公爵令嬢を処分なさいませんでした
退学にすることは容易いが そうなれば次は学園の外で狙うだろう 公爵令嬢が直接手を下すとは思えない もし目の届かない場所で命でも狙われることになれば―」
それ以上聞く必要はなかった。
『同じことを言ったのだね レオと私が』
「はい」
はぁー--。
大きくため息を吐く。やるせない気持ちが湧き上がってくる。
『所詮私は・・・
・・・抗い全てを変えてやると息巻いたところで 所詮はただのピースだと言うことか
自分では何一つ変えられず 決められた言動をなぞっているだけなのだな』
「それは違いますレオ様」
スイーリがきっぱりと言い切る。
「だって・・・ヒロインと私の立場が反対ではありませんか レオ様が救ってくださったのはヒロインではなく私です 池に落とされてしまったことはショックでしたが レオ様はビョルケイさんを庇って落ちたのではありませんよね」
『当然だ あの時はスイーリを巻き込まないようにと それしか考えていなかった』
『そうだな・・・』
ついさっきも思ったではないか。単語だけ見れば同じようだが、完成した文章はまるで反対だ。つまり・・・
『ゲームの中で起きた出来事のみが現実になる・・・』
「はい そうだと思います」
スイーリは既に起こった出来事についても教えてくれた。
新学期初日、主人公とレオは射場の前にある薔薇のアーチの下で出会ったのだそうだ。多少位置はずれていたが、確かにあの日あの場所で私はビョルケイと出会った。
『後から考えた時 あのような疑わしい呼び出しに何故応じたのかと 自分でも不思議だったんだ』
見えない力に操られているようで腹立たしい。この先にもあるのだろうか、既に決められている出来事が。
この先にも既に決まっている・・・?
『スイーリ この先にも・・・』
「はい 私が憶えていることを全てお話しします そうすれば対策も立てられるのではないかと」
『そうか 伝えたいこととはそのことだったのか』
「はい 昨日確信いたしました 関わる人物に違いがあっても起きる出来事は変わらないと」
『おしえてくれ そして考えよう
少し待っててくれないか 書き残したい ノートを用意する』
急いで真新しいノートを一冊用意した。
『順番は気にしなくていい 憶えていることをおしえてくれないか』
「はい お任せください」
~~~
『・・・
これを考えたものがいるのだとしたら 相当に性格がねじれているな』
思わず呆れて漏らしてしまったが、スイーリは苦笑している。
書き連ねた数々の悪行の中のひとつをなぞる。
『一番の問題はこれだな これだけは見過ごすことが出来ない』
「はい この事件がレオ様ルートの主要部分でした」
どうするか・・・あまりゆっくりと考えている時間はない。
『少し考える スイーリは何も心配しなくていい 必ず私が守るから』
「はい でも私にお手伝いできることがありましたら なんでもさせて下さい」
『わかった だがくれぐれも危険なことはしないように 学園でも外でも出来るだけ一人にはならないよう気を付けるんだ』
不安そうにしているスイーリをなんとか元気づけてやりたい。
『大丈夫だ この先に起きることがわかっているんだ スイーリがここまで詳しく憶えていてくれたおかげだよ スイーリの記憶力に何度助けられたかわからないな』
「全て書き残していたんです 今ではノートを開かなくても全部暗記しています」
『そうだったのだね それにしても暗記しているとは素晴らしいな
・・・暗記』
暗記、記憶、全て・・・。
「レオ様?どうかされましたか」
『いや・・・ビョルケイが妙なことを言っていたなと その話はまだスイーリにしていなかったと思う』
「妙なこととは?」
『ああ 私のことは全て知っていると そのようなことを言われたことがあった
以前から知っていたとも言ったな ビョルケイの暮らしていたという漁師町へは一度も行ったことがないのだが・・・』
え?
スイーリが両手で口元を抑えて驚いている。叫び声を堪えているかのようだ。
『スイーリ?』
『スイーリどうした・・・』
「レオ様 ビョルケイさんも私と同じ前世の記憶があるのではないでしょうか」




