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「レオ様 遅くなりまして申し訳ございません お着替えをご用意いたしました」
風呂の外からロニーの声がした。
『ありがとうロニー こんな時間に手間をかけたね 今上がる』
「とんでもございません 外でお待ちしております」
風呂から上がり身体を拭いて、ロニーが届けてくれた制服に着替える。濡れた制服は既に片付けられていた。
外に出ると四人が一斉にこちらを見た。
『先に戻るようにと言うのを忘れた 待たせて済まなかったな』
「何言ってるんだよー そんなこと気にしなくていいよ 僕達が待っていたかったの!」
「大丈夫かレオ 怪我とかしていなかったか? 顔色はよくなったな」
『ああ大丈夫 怪我はなかったよ 心配かけたな』
「でもよく間に合ったよな・・・
レオが飛び出してからずっと見てたけど ハラハラして心臓が痛かったよ」
「僕は池に落ちた音で気がついたから・・・
周りにいた子たちがレオの名前叫んでいるのを聞いてびっくりしたよ・・・」
「事情は皆様からお伺いいたしました レオ様いかがなさいますか」
ロニーがいつになく厳しい顔つきをしている。
『どうもしない それは学園長の領域だろう』
「しかし・・・」
『ロニー 私は入学前にはっきりと言っている 特別扱いは不要だと
経緯を尋ねられたら説明はするが それ以上のことをするつもりはない』
「・・・かしこまりました」
『できれば陛下の耳にも入らないようにしてほしい』
「私からは申し上げることは致しません ですが恐らくそれは難しいかと」
『そうだな・・・』
「レオ様 こちらでございましたか」
学園長が早足でこちらへ向かってきた。少し息を乱し額にはうっすらと汗も浮かんでいる。私のことを探していたのかもしれない。
『寮で風呂を借りていました ビルのおかげで風邪をひかずに済みそうです』
「ハパラ君 素晴らしい機転を利かせてくれてありがとう 感謝します」
「いえ 私に出来ることをしただけですから」
「レオ様 後日で構いません よろしければ何が起こったのかお聞かせいただけないでしょうか 大勢の生徒が私のところへ押しかけてきましたが 皆かなり興奮しておりまして要領を得なかったのです」
『はい 私にわかることは全てお話しします が この後の授業が終わってからで構いませんか』
「・・・てっきり今日はこのままお帰りになるものと思っておりました」
『午後最後の授業には間に合いますので出席します その後学長室へ伺えばよろしいですか?』
「大変ありがたいですがご無理はなさいませぬよう 体調が優れないようでしたら後日改めてお願いいたしますので」
『恐らく大丈夫です ただ 一つお願いがあります
もう一人の生徒―私と共に池に落ちた女子生徒の事情を先に聞いておいてはいただけないでしょうか』
「一年生のビョルケイ・・・でしたか 承知いたしました この後すぐに呼び出しましょう
では私は先に校舎へ戻っております 授業を再開するよう伝えなくては」
そう言って学園長は慌ただしく戻って行った。
再開?と言っていたな?
『午後の授業は行われていないのか?』
「そうみたいだな」
「私が到着した時訓練場に人影はありませんでしたから 休校になったのでしょう」
ロニーの言葉で確定したような感じだ。午後の訓練場は二年生の剣術のはずだから、学園全体が休校中なのだろう。
『なんだか大きな騒ぎになってしまったようだな』
「当り前だろう レオが寒空の下で池に突き落とされたんだぞ」
おい・・・話が大袈裟になり始めているぞ。
『ベンヤミン 池には落ちたが私は突き落とされてはいない それに怪我もせず済んだからな あまり大事にしないでほしい』
「ビョルケイだっけ・・・まさかあいつをかばう気なのか?」
『違う そのつもりはない ただ事実を言ったまでだ』
「・・・そうだな ごめん 感情的になりすぎた」
『いや私のことを思ってのことだろう 有難いよ』
「うん・・・でも被害者のレオが冷静なのに俺が熱くなっていてはダメだ 気を付ける」
『まあここだけの話だが 私も相当苛立ってはいるよ』
「そうだよね レオのあんな声 僕初めて聞いたよ」
「うん 俺も驚いたな」
イクセルやベンヤミンが驚くほどの声・・・記憶にない。
『どんな声出した?憶えていない』
「どんな・・・んー地を這うような?」
「僕には凍り付きそうなほど冷たい声って風に聞こえたよ」
「そうそうそんな感じだったな 視線からしてそこら中凍り付きそうな眼をしていたわ」
「それでもレオにしがみついていたんだから ビョルケイって子は凄い子だね」
「まあビョルケイの言い分が楽しみだな あれは言い訳のしようがないだろう 俺も証人になっていいぜ 見ていたからな」
「レオ今日のうちに学園長と話すんだよね 僕達待っててもいいかな スイーリちゃん達も心配してると思うからさ きっと待つって言うと思うよ」
『わかった 私の話はすぐ済む だが・・・
食堂だとまた騒ぎになりそうだな イクセルたちが集まっていたらすぐに人が寄ってくるだろう』
「レオ様 一度戻りましてご用意いたします」
ロニーが解決策を提示した。
『助かる 迎えは別のものに頼んで構わない
皆授業が終わったら先に行っててくれないか そしてビル ビルも良ければ来てほしい』
「わかった ヘルミには俺が伝える ソフィアとスイーリにはイクセル頼む
ビルは俺と一緒に行こうぜ」
「ありがとうございます レオ様伺わせて頂きます ベンヤミン様よろしくお願いします」
『皆ありがとう ではひとまず移動しようか 七時間目の授業から再開されるはずだ』
そうしてロニーは王宮へ、私たちは校舎へ向かった。
途中イクセルと別れて、ベンヤミン、ビルと教室を目指す。廊下を歩いている限りどうやら落ち着きを取り戻したようだ。どの教室も静まり返っている。
だが私達が一歩教室へ入った途端一斉に立ち上がり駆け寄ってきた。皆が大声で何かを話し始め、とてもじゃないが聞き分けることなどできない。
「ちょちょっと落ち着けお前たち レオはこの通り怪我もなく無事だ そして七時間目から授業再開だ まずは移動の準備をしようぜ」
ベンヤミンの声に一度は静まり返ったが、一分と持たずに再び騒がしくなってしまった。
「レオ様を池へ突き落したあの女は何者なのですか?」
「俺は女がレオ様を投げ飛ばしたと聞いたぞ」
「俺もそう聞いた レオ様を突き飛ばして自分も飛び込んだんだろう?」
「信じられませんわ どうしてそのような方がこの学園にいらっしゃるのでしょう」
まずい、話しがとんでもない方向へ向かっている。このクラスだけでも訂正しなければ。
「皆さん 根拠のないお噂はレオ様のご迷惑になります」
ビルが私の言うべきことを全て言ってくれた。
「レオ様は突き落とされてはおりませんし 投げ飛ばされてもおりません 詳しいお話しは今日の放課後に学園長とされると伺いました 私達は学園長からの発表を待ちましょう」
『ありがとうビル それと皆騒がせて済まなかったが おかしな噂を立てることだけは控えてほしい ビルの言う通り私は突き落とされてはいないからね か弱い令嬢に投げ飛ばされるほど貧弱ではないつもりだ』
「そ そうですわよね 私達なんて失礼な噂を信じてしまったのでしょう」
「申し訳ありませんでしたレオ様 考えればわかることなのに俺・・・どうかしてました」
「さっ これでわかっただろ?変な噂に惑わされるなよ 俺達はレオのクラスメートなんだからさ」
「わかったよベンヤミン そうだな俺達が訂正しないとな」
「噂を広めないよう私達も気をつけなくては」




