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昼食を終えた私達は今図書館へ来ている。調べ物があると言っていたベンヤミンは、目当ての本を見つけてきて向かいの席でそれを読んでいるところだ。私はというと、文学書を一冊借りて膝の上に開いてはいるが、ぼんやりと中庭の様子を眺めていた。


中庭にある池のほとりでスイーリがヘルミやソフィアと話をしている。楽しい話をしているようで、時々笑顔を見せている。笑い声が聞こえてくるようだ。

少し離れたところにいるのはイクセル。一緒にいるのはオーケストラの仲間だろうか、日頃より身振り手振りの大きなイクセルが、今日も盛大に全身を使って会話をしている。こちらもどうやら楽しい話題らしい。


秋も深まりつつあるが、天気の良い日はこうして中庭で過ごすものもまだ多い。私達も今日はたまたま図書館にいるが、普段はよく庭で過ごしている。


さて、まだ時間もあることだし少し本を読もうかとページを開きかけたところで、妙なものが目に入った。


校舎の陰からかなりの勢いで歩いて来るものがいる。(あれはビョルケイ・・・)全くもって令嬢らしからぬその歩き方にも驚いたが、問題はその表情と向かう先だ。仇討ちでも始めるのかと聞きたくなるような顔つきで池の方角へ突進している。


胸騒ぎがして鍵を開け、窓を開いた。

「ん?レオ暑いのか?」

秋から冬へと切り替わろうとしている時期だ。突然窓を開けては驚くのも無理はない。

『すまないベンヤミン 少し気になるものが目に入った』

「気になるもの・・・?」


説明しようとしたがそれでは間に合わない。

『ちっ』

窓から外へ飛び降りて走る。

「レオ?!」


くそ、まずいぞ間に合うか・・・


『スイーリ!』

殆ど叫び声に近い声に、スイーリはこちらへ振り向き笑顔を見せる。

腕を掴み、強く引き寄せるのとほぼ同時に、女が両手を突き出してくるのが見えた。


女はたった今までスイーリがいた場所に体当たりをするように突っ込んできたため、バランスを崩して大きくたたらを踏む。

「キャーー-ッ!!」

悲鳴を上げたかと思うと右腕を掴まれた。

後ろへ強く引っ張られて足に力が込められない。このままではスイーリも巻き添えにしてしまう。

『くっ!』

抱えていたスイーリを突き飛ばした瞬間空が見えた。



ザッバーー-ン!!!


「「「キャーー---!!!」」」


「レオ様!」


「キャーッ!!!レオ様が! レオ様ー----!」



・・・池に?落ちた、のか? 早く上がらないと・・・

なのに私の首を絞めるようにしがみつくこの腕はなんだ?私を殺す気なのか?そいつは水面に顔が出ているらしく先程からギャーギャーと騒ぎ立てている。煩い。


足がついた。池はそれほど深くはなかったようだ。助かった。しつこくギャーギャーと喚き散らしている女を抱え上げて池から出る。


「怖い 怖いですレオ様! 溺れてしまう 死んじゃうわ!」

とっくに水から上がったというのに首にまとわりついたまま叫ぶ女を見下ろす。


『降りろ』


「あーん怖いですー!私泳げないんです 離れたら死んじゃう 怖いー!」



『離れろと言ってるんだ!』


苛立ちから怒鳴りつけてしまった。

ようやく周りの状況に気がついた女はのろのろと腕を放した。そのまま地面へ放り投げたい気分だったが、ギリギリの理性がそれを阻止する。地面へ下ろすと振り向くことなくスイーリの元へ向かった。


可哀想に、恐怖からか青い顔をして震えている。

『済まないスイーリ さっきは突き飛ばしてしまった 怪我はしていないか?』


「私は平気です 私のことよりもレオ様!レオ様お怪我は?

 いえまずはお身体を温めませんと 風邪をひいてしまいます」


「レオ!大丈夫か?早く校舎へ入ろう」

「レオ急ごうーこんな冷たい池に落とされるなんて・・・風邪ひいちゃうよー」

ベンヤミンとイクセルも駆けつけてくれていたようだ。


その時寮の方角からビルが走ってくるのが見えた。

「レオ様 タオルを持ってきました 寮に風呂がありますのでそちらへ向かいましょう」

何枚ものタオルで包まれる。

「ありがとうビル 寮を使わせてもらうよ それと残りのタオルはビョルケイ嬢へ渡してやってくれ」


ビルはずぶ濡れのまま呆然と立ち尽くしているビョルケイに一瞥をくれると「あんな女・・・」と呟いたものの、手に持っていたタオルを渡しに行った。


「スイーリ 寮に令嬢は入れない 俺とイクセルがついているから安心してくれ」

「ヘルミちゃんとソフィアちゃん スイーリちゃんのこと頼むね レオは僕達に任せて」


「わかりましたわ もう伝わっているかと思いますが先生にもお伝えしておきます」

「イクセル様のことは私がお伝えしておきますので ご安心ください」


「ビル案内を頼んでもいいか?俺寮のことはわからなくて」

「勿論です さあ急ぎましょう」


今まで身体が緊張していたのか寒さを感じていなかったが、ほっとして急に寒気が襲ってきた。濡れた上着がとても重い。奥歯がガチガチと震えている。これは急いだほうがよさそうだ。


歩きながらビルが手短に話す。

「王宮にも連絡をお取りしました 間もなくレオ様の従者の方がお見えになるはずです」


『何から何までありがとうビル 本当に助かったよ

 ・・・声が震えていて済まない』

「何をおっしゃいますか

 間もなく着きます 右に曲がって一番奥が風呂の入り口です」


寮の中に入り、真っすぐに風呂へと向かう。

「こちらです」

「レオ 外で待ってるからしっかり温まってこいよ」

『ああ ありがとう そうする』


濡れてまとわりつくシャツがなかなか脱げない。寒さで手の感覚が鈍っているらしい。くそ、風呂は目の前なのに。


ようやく濡れた服を全て脱いで風呂場の扉を開けた。湯気で充分に温まっているはずの室内だが今の私にはそれでも不十分らしい。情けなくガタガタし続ける身体を落ち着かせようと、桶に湯を汲み頭からそれを被る。何杯か掛けたところで風呂の中へ足を入れた。


身体の芯が温まるまで暫く震えは止まらなかったが、ようやく落ち着いてきた。と同時に思考も再び回り始める。


(ベンヤミン達まで授業を休ませてしまったな・・・)

悪いことをした。すぐ戻るよう言うくらいの時間はあったのに頭が回らなかった。


(そしてあの女・・・一体どういうつもりだ・・・)

明らかにスイーリを池に突き落とす目的で近づいていた。正気か?間違いなく処分は下されるだろう。下手をすれば退学、いやそれ以上だ。そのことに対して全く同情はないが、理由は気になる。何故あのような愚かなことをしたのだ。直接問いただしてやりたいが、呼ばれない限り口を出すわけにはいかない。私に関してだけ言えば、これは事故だ。転びかけた一人の生徒が、たまたま近くにいた生徒を巻き添えにしただけのことだ。


そう、事故だったのだ。

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