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「今年はアップルパイが早いですね もう頂けるとは思っていませんでした」
リスみたいな顔をして、王都一と噂されるアップルパイを頬張るスイーリ。
『クラスの令嬢達から教えてもらったんだ ここのアップルパイは王都中の令嬢が待ちわびているようだね』
「はい 私のお友達にもこちらのパイは大人気です
レオ様・・・ 今年もレオ様とここでアップルパイが頂けて良かった 嬉しいです」
『何度でも来れるさ 季節は始まったばかりだからね』
今年の約束が一つ叶った。この店は、スイーリと交際して最初に彼女が私を連れて来た店だ。それ以降何度となく足を運んできた。きっとスイーリにとってはパイの味以上に大切な店なのだろう。
『カールがこの店に食べに来たらしい』
「まあ!カールさんがですか!」
王宮の製菓長を務めるカールの耳にも入るほど、この店のパイは有名なようだ。
『カールが ここに負けないパイを作ると意気込んでいてね スイーリも試食に付き合ってやってもらえないか?』
「嬉しい!喜んでお伺いしますとお伝え頂けますか?」
『うん カールも喜ぶよ 楽しみにしていて』
「はい!またひとつ楽しみが出来てしまいました」
『それとスイーリ そろそろ黄葉も見頃のはずだ 次の日曜はどう?』
夏休みのあの日以降不審なものの存在は確認していない。最初の数週間は用心のためにも店の前で馬車を乗り降りしていたが、今日は久しぶりに八番街をゆっくりと歩いた。それでも気配を感じることはない。やはり私が標的ではなかったのかもしれないな。
しかし第一騎士団からその後の報告が全くないことは若干の気掛りだ。誰かが狙われていたことには違いないのだから。街の中で見かける騎士の数が以前とは比べ物にならないほど増えた。それを見て断念したと言うことも考え得る、か。
ともかく黄葉は待ってはくれない。スイーリとの約束の方が大事だ。
「コイヴメッツァ公園ですね!嬉しいです 黄葉もとても楽しみにしていました」
『良かった では日曜日迎えに行くよ』
「ありがとうございます レオ様」
『こちらこそ』
どんな小さな約束だろうと全て叶えてあげるよ。スイーリと過ごす時間は煩わしいことも全て忘れることが出来る。私の方が感謝の気持ちでいっぱいだ。
『フレッドは』「フレッド様は」
同時に同じことを言い出してしまった。どうやらスイーリも一年前のことを思い出しているらしい。
「ふふ 同じことを考えていたみたいです レオ様からお先にどうぞ」
『そうみたいだな 去年黄葉を見に行った時のことを思い出していたよ フレッドは元気にしているかな』
「フレッド様がパルードへお戻りになって 二ヶ月なのですね」
『まだ二ヶ月しか経っていないのだな ダールイベックを周ったことが遠い昔みたいだ』
しまったな、最後に余計なことを言った。スイーリの表情が一瞬陰った。
どう話題を変えようかと考えていた時、先に話し出したのはスイーリだった。
「レオ様
レオ様が視察からお戻りになる頃にはきっと運河も完成しますね」
『あ ああそうだな その頃には完成しているだろうね』
何故突然に運河の話を?と不思議に思いスイーリの顔を見ると、先程一口目のパイを口に入れた時よりもずっと幸せそうに微笑んでいる。
「そうすればダールイベック領も今よりうんと近くなりますね 今度は冬の本邸もお見せしたいです」
『スイーリ・・・
ありがとう是非見たいよ 冬の景色も間違いなく美しいだろうな』
「冬の本邸には長いこと戻っておりませんので 私も楽しみです ご案内させてくださいね レオ様」
『嬉しいよ 是非とも案内してほしい』
ありがとうスイーリ。
スイーリを安心させたい、守ってやりたいなどと一人で背負ったつもりでいた私は傲慢だったな。スイーリもそれ以上に私を支えてくれている。スイーリよりはずっと心も身体も頑丈なつもりではあるけれど、それでも守ってくれようとしているんだね。
『冬の本邸の話を聞かせてくれないか』
「はい 私が一番思い出に残っているのはクリスマスです 湖に灯りを灯した船がずらりと並ぶんです とても幻想的なのですよ」
その湖の話、クリスマスマーケットの話、いろんな話を聞かせてくれた。
『ダメだ これ以上は聞けない 今年の冬に行きたくなってしまう』
大袈裟に悩んだところを見せた後、二人で笑ってしまった。
「また新しい約束が出来ました 嬉しいです 雪が多いので驚かないで下さいね」
『そうだった あの二階の扉から出入りする家も見に行ってみないとな』
「ええ 実は私も冬には見たことがないんです あの扉の前まで雪が積もるところを見てみたいですね」
スイーリといいヘルミといい、令嬢は好奇心が旺盛だな。
『ヘルミも見てみたいと言っていたな デニスは嫌そうだったが』
「ふふ デニス様は寒いのが苦手なのかもしれませんね」




