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ようやくスイーリと二人で会う時間が取れた。新学期が始まってから五日が経っていた。


あの日以降私は出来る限り大勢のクラスメイトと過ごすことを心掛けていた。昼食時、午後の移動の時、弓術の時間だけは一人になることもあったが、幸いあれ以来射場の付近であの令嬢を見かけたことはない。


二日前には放課後のメルトルッカ語勉強でも集まった。アンナはパルード語を選択しているので、今年も五人とイクセルの合わせて六人だ。その日もスイーリは言葉少なだった。


スイーリが気に入っている八番街のカフェにでも寄ろうと思っていたが、スイーリからは二人で静かに話せる場所にしてほしいと希望された。そこでようやくスイーリの異変の原因に思い当たる。

物語に動きがあったのだろう。スイーリにとって喜ばしくない方向へ何かが動いたに違いない。もっと早くそのことに気がついていれば・・・つい自分の身の回りに降りかかった災難とも言うべき出来事に気を取られ、その可能性について考えることを失念していた。


謝らなくてはいけないな。



馬車の中でもスイーリは俯いたままだった。

王宮に戻り、泉の前のテラスへ向かう。そこには既に茶の準備が整っていた。

『後は私達でやる 暫く外してもらえないか』


二人きりになったところでまず謝罪をしようと思った。

『済まないスイーリ』


気が利かなかったことへの謝罪だったのだが、スイーリは大きく目を見開き、その瞳は潤み、今にも涙が溢れ出しそうになっていた。

『ご ごめん 気がつかず申し訳なかった 怒ってくれて構わないよ』



・・・・・


なんとか言ってくれ・・・スイーリは俯いたまま小さく震えていて、その様子は懸命に涙を堪えているように見える。



「どうして・・・」

『うん?』


「どうして謝られたのですか?私はもう必要がないということでしょうか」


はっ?!何故そうなる?必要がないとはどういうことだ?

『気が回らず申し訳なかったと言いたかったのだが 必要がないとはどういう意味だ?』


「ヒロインが現れたから レオ様は・・・」

ヒロイン?何のことだ?スイーリは新入生の中からヒロインとやらを既に見つけ出したと言うことなのだろうか。


『そのヒロインと言うのはよくわからないが スイーリはもう出会ったのか?』

「私ではなくレオ様が」

『私が?』



全く心当たりがない。そもそも新入生と接点がないのでせいぜいがすれ違った程度だ。それを出会いと呼ぶのはあんまりではないか。


『済まない 見当がつかない まだ新入生の名前と顔が一致していなくてね

 スイーリが気になると言うのなら名簿を取り寄せて確認しよう だが気にする必要ないよ 何度も言っているように私はスイーリ以外の令嬢には全く興味がない』



そうはっきり言い切ったのにスイーリの表情はまだ晴れない。何が原因なのだ。

『スイーリ 思っていることをそのまま話してごらん』



暫くスイーリは何も言わなかった。黙って話し始めてくれるのを待つ。



「見てしまったんです」

『何を?』


「新学期初日のお昼休憩の時です・・・」

初日の昼休憩、あの悪夢のような出来事以外憶えていない。その前後に誰かと会っただろうか?新入生の令嬢と・・・

考えても思い当たる顔はなかった。

『もう少し詳しく話してもらえるか』



「・・・レオ様が

 ・・・・・射場へ向かわれるところを偶然お見かけしました」

『ああ 偽の呼び出しを受けてね 確かに私は射場の入り口までは行ったよ』



「お戻りになった時は


 ・・・

 ・・・・・お一人ではありませんでした」


『ああ 少々変わった令嬢に絡まれてね』

くそ、またビョルケイか。やっとスイーリとの時間が持てたというのに邪魔をするな。ただの八つ当たりだとわかってはいるものの、あまりの忌々しさに舌打ちしそうになった。



「薔薇のアーチの下で出会われたのですか?」

『いや射場に鍵が掛かっていることを確認して戻る最中だったから アーチは通り過ぎていたな』


やけに拘るな。射場に何か秘密があるのだろうか。


・・・待てよ、ビョルケイも新入生だったな。いやまさかな。



・・・一応確認するか。ありえないとは思うが。


『スイーリ 違うとは思うがそのヒロインというものはピンク色の髪をしているか?』


「はい 綿菓子のようなピンク色の髪をした平民の女の子です」



・・・はぁーっ!

背もたれにもたれかかり天を仰ぐ。それからテーブルに肘をつき頭を抱えてしまった。

「レオ様?!」


言葉が出ない。嘘だろう?

『スイーリ・・・』

「はいレオ様」

何を話せばいいか・・・


『スイーリ ゲームは喜劇だったのか?』

「えっ?!喜劇?」

『あの頓痴気令嬢が主人公だと?あの令嬢を奪い合うのか?勘弁してくれ』

「いえ奪い合いになるルートはありませんでしたが あの・・・レオ様?」


『済まなかった まさかあの令嬢が主人公だとは思いもつかなかったから 気がつくのが遅れてしまった 確かにあの日二人きりで会ったよ だが二度と御免だ スイーリだから正直に言うが顔も見たくない』


「えっ・・・」

目を瞠り言葉を失っているようだ。


『私のことが信じられない?』

「いえ!信じます!信じられますレオ様!」


『スイーリ 頼むから二度と私とあの令嬢のことで気を揉んだりしないと約束してくれ 流石に私も傷つく』

暫く放心していたスイーリだが、ほっと小さく息を吐くとぱちぱちと何度か瞬きを繰り返した。それと同時に瞳にも光が戻ってきたようだ。


「また私の誤解でした レオ様ごめんなさい」

『いや いいんだ 他に心配事はないか?全部話してほしい』

「ありません ヒロインとレオ様のことで頭がいっぱいでした」

『・・・あの令嬢と私を並べて語ってほしくはないが 今だけは我慢するよ』

「あっ!ごめんなさい・・・」


『でもスイーリ あの令嬢は平民ではなかったよ』

「そうなのですか?」

『ああ 名前は忘れたがビョルケイ・・・男爵家の令嬢だ 尤も男爵令嬢になったのはごく最近のようだが』

「色々ご事情がおありのようですね」

『そのようだな 全く興味はないが』

結局ビョルケイの話になってしまった。まあこれはスイーリのためだ、仕方ないが少しうんざりする。

『そろそろビョルケイ嬢の話はいいだろう』


「・・・本当に誤解でした 申し訳ございませんでしたレオ様」

『もう謝罪合戦も終わりにしようスイーリ せっかくの時間が台無しだ』

「わかりました 先日もそのためだったのですね?」

『そのため?』


「アンナ様の歓迎会の時 ビョルケイさんのお話しを逸らされましたから 私あの時レオ様は庇われているのだと勘違いして」

『庇うような話をしていたか憶えていないが それ以上話題にしたくないと思ったことは認める』


「ダメですね私 レオ様のことを信じていると言っていながら疑うような真似を・・・」

『いいんだ 不安だっただろう でももう大丈夫だね?気にかかっていることは他にない?』

「はい ありません ご心配とご迷惑をおかけしました」


『よし では気を取り直してお茶にしようか 新しく淹れ直そう』

「はい 私に淹れさせてください」

『スイーリの淹れた茶が飲めるのか 嬉しいな』

「上手ではありませんが 心を込めてお淹れしますね」



『この間のスイーツ店でも全然楽しめなかったのではないか?ほとんど手も付けていなかっただろう』

「すみません・・・お二人・・いえレオ様のことで頭がいっぱいで」

『改めてあの店へ行こうか 嫌な想い出のままにしておくのは良くない』

「ありがとうございます 本当はとっても楽しみにしていたんです なのに私・・・」

『もう振り返らないこと よし 次のデートはあの店にしよう いい?』

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