表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
146/445

[146]spin-off

ロニーと申します。


・・・はい、家名もでございますか。ロニー=トローゲンと申します。

代々子爵位を賜って参りました家系でございますが、祖父の代に陞爵され現在父は伯爵位を頂戴しております。その話は後程。


伯爵位とは申しましても、父のことをトローゲン伯爵と呼ばれる方はおりません。我がトローゲン家は領地はもちろんのこと、正式な邸も構えていない極めて特殊な家系なのでございます。特殊と言い切りました理由については、申し訳ございませんがこの場で明かすことは出来かねます。これに関しては母も姉も知らされてはおりません。トローゲンの男子だけの事情とでもお考え下さいませ。


今申し上げました通り私には姉が一人おります。姉と私は王宮内で生まれ育ちました。

トローゲンは王宮内に住まわせて頂いております。王家より直接貸し与えられている邸でございまして、有難いことに使用人もつけていただいております。王都には数多くのタウンハウスがございますが、一般的な子爵家や下位の伯爵家のそれと引けを取らない、私共には分不相応とも言うべき立派なお邸でございます。


三つ年上の姉、オリヴィアは学園を卒業した翌日から王子殿下の侍女としてお仕えさせていただくことが決まっておりました。幼少の頃より侍女見習いとして王宮に上がり、国王陛下がご成婚されて後は王妃殿下専属の侍女の下について学んでおりましたから、王子殿下のお世話をさせていただく機会も当時から度々あったようです。尤もこの時期はお遊び相手、と言った方が正しいかもしれませんが。


姉は初めて正式な侍女としてお仕えできることに、日々喜びを感じている様子でした。当時の私は丁度姉と入れ替わりで学園へ入学したところでしたので、毎日帰宅早々に復習と宿題を済ませ、姉が戻ってから聞かせてくれる王子殿下のお話しを心待ちにしていたものです。


何故心待ちにと?

将来の主のことですから、一つでも多く知りたいと思うのは当然のことでございましょう。

はい?


・・・大変失礼いたしました。ご説明がまだでございましたね。私も姉同様、幼い頃より陛下の侍従の下で従者見習いをさせていただいておりまして、その結果学園を卒業後、王子殿下の従者になることが内定しておりました。政治学科へ進むよう言われておりましたので、学園での三年間はひたすら勉学にのみ打ち込むようにと、その間の従者修業は休止させられてしまったのですが。


姉から聞く表の話、裏の話共に大変興味深いものでございました。


表はいいから裏の話を聞かせろ?

・・・かしこまりました。


姉が正式な侍女になった年、殿下は五歳になられたばかりでございました。大変聡明でかんばせもお麗しく、え?それは表の話だろうと?まあそうでございますが、まずは最後までお聞きくださいませ。


ただ、そのような殿下も年相応と申しましょうか、やんちゃなところは多々おありだったそうです。侍女たちを驚かせたりすることも珍しくはなかったようで、姉も度々疲れ切った顔で戻っておりました。

また、殿下は朝起きるのが大層苦手だそうで、どうお起こしすればよいのか侍女たちは日々研究もしていたようです。残念ながらその研究が実を結んだことは一度もなかったようですが。


私が無事専科へ進学してからは、寮生活になったこともありまして、姉ともほぼ顔を合わせる機会がなくなり、殿下のお話しを伺うこともできなくなりました。そして卒業―三日間のみ従者見習いとして陛下にお仕えさせていただいた後、ようやく殿下にお会いできたのでございます。

殿下が十歳になられた直後、でございますね。


第一印象は、とても大人びた方だと感じました。

物腰も柔らかく、口調も穏やかで、正直に申しますと姉から聞いていた印象とはかなりかけ離れておりました。

すらりと背が高く、でもまだ線が細く少年らしい身体つきをされていますが、瞳の奥には既に多くのものを背負う覚悟のようなものを湛えておられました。



驚いたのはそれだけではございませんでした。

殿下は毎朝五時半から剣の稽古をなさっているとか・・・姉の言葉が頭をよぎります。

「何度お声をかけてもカーテンを開けている間に布団の中へ潜り込んでしまわれて・・・」

「今朝は素晴らしかったのよ 三十分かからなかったのだから」


覚悟して殿下のお部屋へ向かい、静かにノック致しましたが案の定お返事はいただけません。

静かにドアノブを回して中へと入りましたところ、ベッドにいるはずの方がおられないではありませんか。慌ててつい大きな声でお探ししてしまったところ、ドレスルームからすっかり着替えを終えられた殿下が出てこられました。

『お早うロニー 昨日言い忘れて済まなかった

 朝はヴィルホが迎えに来てくれるから ロニーはこの時間に来なくても大丈夫だ

 鍛錬が終わる時間に訓練場まで来てくれるかな』


どこの世界に主より後に起きる従者がおりましょう。

「とんでもございません 初日から遅くなりましたこと大変申し訳ございませんでした 明日は必ずお起こしさせていただきます」


『大丈夫 私は朝起きるのだけは得意なんだよ

 ・・・では私が鍛錬に行っている間に朝の支度を頼みたい それでいいかな』


「かしこまりました 仰せのままに」

主の命を拒み続けるものではありません。お起こしすることは諦めて他のことでお役に立たなければ。


殿下は入浴がお好きだと伺っております。毎朝鍛錬後に湯浴みの準備をすること、しかしこれは下女の担当でしょう。ベッドを整えるのも専用の下女がおります。朝食のご用意は厨房の担当ですし、はて・・・


その後も姉とは別の意味で驚かさせてばかりでございました。

我が主はあらゆることをご自分でなさるのです。つい数日前までは何人もの侍女がついていたはずですのに、侍女たちはいったいどのような仕事を任されていたのでしょうか。これは一度姉からじっくり話を聞かねばなりませんね。



有難いことに私は、殿下がお住いになられている宮の中に一室与えられております。普段はそこで寝泊りしておりますが、次の休日には邸へ戻り姉と話をしようと思いました。


「ロニーとこうして話すのも久しぶりね 卒業祝いも言えていなかったわ おめでとう」

「ありがとう姉さん でも卒業したのが遠い昔のように感じているよ」

実際はまだ十日ほどしか経っていません。それだけ新しい生活が充実していると言うことなのでしょう。


「新人従者さん お仕事はどう?」

「もう驚きっぱなしだよ 殿下は姉さんから聞いていた話とは別人のようなお方だよ」

「別人って・・・ああそうよね!ロニーと殿下のお話しをしていたのは二年以上前ですもの 確かに別人のようと思っても仕方ないわ 私達だって驚いたのですもの」


「・・・どういうこと?」


「ロニーも耳にしたでしょう?もう半年になるかしら」

「ああ 殿下の」

お互い口にするのは憚られましたが、王子殿下が浴室で溺れた事件のことに違いありません。

「それが何か関係が?」


「あのことが関係しているっていうのではなくてね あの日以降殿下はお変わりになったの」

「変わった・・・?」

「ええ まずとても早起きになられたわ ロニーは殿下が寝ている姿を見たことがある?」

「・・・いやまだないんだ」

「多分見ることはないと思うわ 私達もあの日以降一度も見たことがないの びっくりでしょう?あんなに大変だったのが噓みたい いつも先に起きられて そのうちお着替えもご自分でなさるから手伝わなくていいとおっしゃるようになったわ」

「そうだったんだ・・・」


「雰囲気も変わられたわ 落ち着かれたというのかしら とても大人びて言葉遣いも変ったわ」

「確かにとても大人びたお方だと感じた 以前からというわけではなかったのか」


「ええ やんちゃなところもお可愛らしいと そう思っていたわ そりゃ何度か心臓が止まりそうなほど驚いたこともあったけれど そういう悪戯ならロニーにも憶えがあるでしょう?」

「・・・そうだね 姉さんから叱られたことは憶えている」


「あの日以降悪戯をされることはなくなったわ 剣のお稽古とお勉強・・・いつ息抜きをなさっているのかしらとよく不安になったわ まだ幼くていらっしゃるのに」


「うん 俺がお仕えしてまだ一週間だけれど 見ていて心配になったんだ 夜も毎晩遅くまで灯りが点いている お止めした方が良いのだろうか 姉さんたちはどうしていたんだ?」


「私達もお止めすることはできなかったわ それにご自身であっという間に済ませてしまわれるから どんどん仕事も減ったわ」


姉との話は衝撃的でした。姉曰く殿下はある日を境にお人が変わったかのようだと。

私はお仕え方を考え直さねばならないようです。幼い王子殿下ではなく、成年王族にお仕えする心づもりでお仕えした方がよいのではと、そう思い直しました。


とは言えお身体はまだまだ成長段階の大切な時期でございましょう。この時期に無理を重ねては後々にどんな悪影響を及ぼすかわかりません。時には強くお休みをお取りいただくよう進言するのも従者の務め、そして恐らくはそれを受け入れて下さる主だと思われます。


私自身を信じていただけるよう誠心誠意お仕えしよう、あの方にお仕えすることが出来て良かった。改めてそう感じました。

ロニーの話がもう一話続きます。本編に関わる内容はこの[146]のみです。続きは余談みたいなものですが、ある時期のロニー目線の話になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ