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新学期が始まるまであと数日となった今日、スイーリと八番街へ来ていた。

この夏はダールイベック領を旅して、長い時間を共に過ごすことが出来たが、二人で過ごすのは久しぶりのことだ。そうだ、はっきり言おう。スイーリと二人きりで会いたかったんだ。


入る店を決めず、のんびりと街を歩く。

『今日はどこに行こうか 行きたい店はある?』

「そうですね・・・久しぶりにパイを頂きたいと思っていましたが せっかくのお天気ですし あのホットビスケットのカフェはいかがでしょうか」

『うん そうしよう』

短い夏が終わろうとしている。外で寛げるあのカフェは夏の間は特に足を運びたくなる店だ。


スイーリに腕を貸し通りを歩く。

その時不意に強い殺気を感じた。咄嗟にスイーリを抱き寄せ、柄に手をかけながら後ろを振り返る。だが、たった今感じた殺気は既に霧散していた。気のせいだった・・・か?

護衛の一人と目が合った。彼も異変を感じ取ったらしい。目で合図を送る。頷いたところを確認して、もう一度だけ周囲を見回す。それから前に向き直った。

「レオ様?あの・・・」


往来で突然抱き寄せられ真っ赤になり困惑しているスイーリ。よかった、どうやらスイーリは気がつかなかったようだ。

『雨が降ってきたかと思ったけれど 気のせいだったね 行こう』

自分でも下手くそな言い訳だったと思う。それでもスイーリはその下手な言い訳について何も聞かないでくれた。

「はいっ 今日はどのビスケットにしましょう 楽しみですね」



屋内のカフェに変更するべきかとも考えたが、あの後殺気を感じることはなかった。追った護衛が捕らえたのか、上手く気配を消しているのか、目的が私ではなかったと言うことか・・・

とりあえず、今日のところは予定通りあのテラスのカフェへ行こう。


案内された席に座りビスケットと紅茶を頼む。いつもと変わらずアロニアが程よく目隠しになっていて寛げる。

・・・寛げるはずだったのに。どうしても周囲が気になり落ち着かない。こんな時互いの席の様子が見えないことは不安でしかなかった。自分一人ならなんとかなると思う。ちらと足元に立てかけてある剣を見た。十歳の時から常に傍らにあった剣だ。背が伸びた今の体格に合った剣も何本かあるが、いつも持ち歩くとき手に取るのはこの剣だった。

これからはもう一本持ち歩こうか。万が一の時のために。



「レオ様?どうかされましたか?」

『ああ ここへ通うようになって一年近いなと思って』

「そうですね 私が入学して初めて寄り道した日にお邪魔したのがこちらのカフェでした」

『うん その日もスイーリの頬は真っ赤だった』

今度はさっきよりまともな応えを返せたと思う。早速染まったスイーリの頬を見ると少し心が落ち着いた。そうだ考えすぎだ。先回りしてこのカフェに来ているはずがないだろう。



スイーリが小さな箱を取り出した。白い布張りで蓋の部分には猫と花の刺繍が刺してある。中には綿に包まれた美しい空色の貝がいくつも詰められていた。

「湖でお話しした貝殻です」

『想像していたよりずっとキラキラしている 触ってもいい?』

「もちろんです よければこちらはお持ちください」

『ありがとう』

見た目よりしっかりとしている。触ったら崩れてしまいそうだと思ったが、その心配はなさそうだ。


『秋にはこれがあの湖岸に打ち寄せられるのか』

「はい たくさん拾えるのですよ」

『ダールイベックの本邸は一度や二度訪問したくらいでは とても足りないということがよくわかったよ 一年まるまる暮らしてみたいね

 ・・・いやそうすると次は王都に戻りたくなくなってしまいそうだ』


本気で悩み始めた私を見て、スイーリは顔を綻ばせた。

「レオ様に気に入って頂けて 私も本邸がますます大好きになりました またいつかご一緒させて下さいね」

『こちらこそ こちらからお願いしたいくらいだ』

戻ったばかりの旅の話に花が咲いた。



それからもう一つ。新学期が始まる前に伝えておきたいことがある。どうしても今日話したかったことだ。

()()()()()()()のだな』

スイーリの頬から色が消えた。

新学期からの一年がこの世界の()()だ。今まで以上に、いつどんな干渉が入るかわからない。だが心配する必要はない。私達は出来ることを全てやってきたし、変えられることは悉く変えてきた。

「はい」

次の言葉をしっかり聞いてスイーリ。瞳の奥を不安の色に染める前に。


『来月になって変わることはたったの二つだけだよスイーリ

 スイーリが二年生になって 私は三年になる その二つだけだ』

「そうですね」

『スイーリが心配するようなことは何も起こらない 私もスイーリを不安にさせるようなことは一つだってしない そう約束したことは憶えているね?』

「はい 不安はありませんレオ様」

スイーリを見つめた。スイーリも私の目をしっかりと見据えていた。そうだ、真っすぐに見て欲しい。どれだけ奥まで覗こうとも、私の心の中にはスイーリ、貴女しかいないよ。



『うん スイーリと学園で過ごせる最後の年だ イクセルの言葉ではないが沢山想い出を作ろう 十年先二十年先になっても懐かしく思い返したくなるようなものをいくつもね』

「そうですねレオ様 秋になったら美しい黄葉を見に行きたいですし アップルパイが美味しい季節もやってきますね アンナ様の加わったオーケストラの演奏を聴くのも待ち遠しいです クリスマスにはリカルドとショコラショーを頂いてオーナメントを探すのも楽しみですし そうそう!私シビラ様とも仲良くなったんです またデニス様と四人でもお出かけしたいですね それと―」


『全て叶うよスイーリ きっと今年見る黄葉も去年見たものに負けないくらい綺麗なはずだ アップルパイにはアイスクリームもつけよう クリスマスコンサートの後にはまた慰労会を開いてやらなくてはな クリスマスマーケットではアイリスと串焼きを食べる約束もしているし オーナメントも選んでもらわなくてはならない デニス達とも出かけよう オースブリング嬢も寮生活で退屈しているだろうからな』


『変わることがもう一つあったな 去年より楽しいことが山のように待っている そうだねスイーリ』

「ええ レオ様」



『そしてスイーリの卒業後には揃ってメルトルッカへ留学だ』

「そうですね 忙しくて余計なことを考える時間など取れそうにありません」

『うん その通りだ』

スイーリが不安に思う気持ちも理解しているつもりだ。私でさえ物語の力を感じることがあるのだ。不安に思うことがあるならば、それ以上に安心させてやればいい。この先何度だって言ってあげるよ。うんざりしてもう聞き飽きたと笑って言えるようになるまで。





スイーリを送り届けて王宮へ戻ってきた。

自室に戻った直後、つい先程まで付いていた護衛達がヴィルホと共に部屋を訪れた。

「殿下 お戻りになられたところで申し訳ございません お時間を頂いてもよろしいでしょうか」

「ああ 入ってくれ」


戻ったばかりでロニーに話が出来ていない。

『ロニー 茶は必要ないから同席してくれないか』

「かしこまりました」

今日付いていた四名の護衛とヴィルホ、そしてロニーと共に椅子に座る。


口火を切ったのは通りで目が合った護衛のゲイルだ。

「殿下申し訳ございません 逃しました」

『そうか』


『・・・ゲイル あれは私に向けられていたものだったのだろうか』

護衛に向かって聞いているようで、半分は自問自答のようだった。そうだ、その前にロニーに説明をしないとならない。

『ロニー 話が前後するが昼間八番街で強い殺気を感じた』

「さっ・・・」

ロニーが珍しく絶句してしまった。いやロニーがここまで驚く様は初めて見たかもしれない。


『あの後追ってきたようにも感じなかった 尤も完全に気配を消されていたのでは私にはわからないがな』

「直ちに第一騎士団にも報告致します」

王都の管轄は第一騎士団だ。もしかすると私や第二騎士団が知らなかっただけで、第一では既に把握している人物と言う可能性もあるだろう。

『うん頼む 誰を狙っていたにせよ あのようなものの存在を許すわけにはいかないからな』


『それとヴィルホ 私は王都の中を歩き回らない方がよいか?』

仮に私が狙いだった場合、私がうろついておびき出すのと、身を隠すのとではどちらが騎士団にとって都合がよいのか知りたかった。まあ普通に考えて、囮になってくれと言われるとは思っていないが。


「殿下が行動を制限される必要はございません 今まで通りお過ごしください」

ヴィルホの言葉は、少なくともこの場にいる騎士全員の意思のようだ。全員が強く頷いた。

『わかった 感謝する』


『八番街は貴族が多く行き交う 大事になる前に解決してもらいたいものだ』

自分のことを殺そうとしているものがいる。何故だかあまり驚きもなかった。恐怖も感じない。まだ現実的に思えていないのだろうか。それともどこかで自分ではない他の誰かを狙っていたように感じているから・・・だろうか。

2章終わりです。とある人物のスピンオフを挟んで次から3章になります。

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