[144]
「海みたいですね」
「遠くまで湖の底が見えますわ!小さな魚も!」
『残念だな やっぱり泳ぐには冷たそうだ』
「「「えっ?!」」」
近くにいたアレクシー、イクセル、ベンヤミンが一斉に振り向いた。
『なんだよ そんな顔しなくても入らないぞ 冷たいからな』
「いや・・・そうじゃなくて」
「いや それもあるけど・・・」
何をそんなに驚いているのだろう。ステファンマルクでは、夏でも泳げるほど水温が上がることはまずないというのに。
「レオ 泳げるの?泳いだことあるの?」
『もちろん泳げるさ なんで―』
あれ?あったよな・・・?どこで泳いだんだ?川も泉も足を入れるのが限界だぞ?
『どこで泳いだんだろうな・・・』
「ああ!あれだよ!小さい泉だったらさ!真夏なら入れるかもな!うん!」
考え込んでいたら、ベンヤミンが慌てた様子で代わりに答えていた。
・・・そういうことか。
私が泳いだことがあったのは、レオになる前と言うことか。何故こういうことは憶えているのか・・・本当わからないな、不思議だ。
はっと閃いたような顔をしたアレクシーが嬉しそうに言う。
「サウナに入ったらさ この湖にも入れると思うぜ」
『確かにそうだな』
真冬にパンツ一枚で飛び出していくくらいだからな。
『・・・いや入らない』
「たまには付き合えよ サウナもいいぞ」
また笑ってる。何故騎士は例外なくサウナが好きなんだ。絶対おかしい。
砂浜をゆっくりと歩く。ここにもたくさんの貝が打ち寄せられていた。少し先でソフィアとアンナが拾い集めたものをハンカチの上で見せ合っている。大きめのものをいくつか拾って掌に乗せているとデニスが声をかけてきた。
「案外ロマンチストなんだな 海岸でも拾っていただろう?」
『・・・いや そんなんじゃないさ』
「旅の記念に持ち帰るんじゃないのか?」
『・・・持ち帰るとは思う』
デニスにも笑われた。いやその前に海岸でも拾っていた?見ていたのか。ベンヤミンといいデニスといい、見るものを間違えていると思う。
「レオ様」
『スイーリ 砂の湖岸もいいものだな 風がサラサラとしていて海岸より気持ちがいい』
「そうですね 海とは風が違うなと私も感じていました」
スイーリはキョロキョロと辺りを見回す。
「今の時期は見つからないと思いますが 秋になると空色の貝が拾えるのですよ キラキラとしていてとても綺麗な貝殻なんです」
『そうなんだ 季節で打ち寄せられる貝が違うと言うのも不思議だね』
「はい 幼い頃に集めたものがありますので 王都に戻ったらお見せしますね」
『ありがとう 楽しみにしているよ』
----------
二度も来るのではなかった。ここで過ごす時間が長くなるほどに愛着が増していく。ますます離れがたかったが、王都へ帰る日が来てしまった。
『世話になったね 暫くはここのことを毎日思い出してしまいそうだ』
「是非またお越しくださいませ お待ち致しております」
『ああ 必ず来るよ』
ここを初めて訪れた日と同じように、大勢の使用人が城の前へ見送りに出ていた。
アレクシーが家令と挨拶を交わしている。
「今年の冬は帰って来たいと思ってるんだ 卒業したら来るのが難しくなるからな」
「お待ちしておりますアレクシー様」
馬車に乗り込む。偶然にもこの城へ来た時と同じ四人が同乗することになった。
『イクセルとは常に同じ馬車だな』
「うん 僕もいつもレオと一緒だなーと思っていたんだよ」
「そういえば最初にここへ来たときも この四人でしたね」
『イクセルがいると時間が早く過ぎるような気がする』
「確かに そんな気がしますね」
「えー?レオ ヘルミちゃん どういうこと?」
『嫌だったか?悪い意味ではないつもりだけれど』
「誉め言葉だと思いますわ イクセル様」
「ソフィアちゃん そ そうなのかな」
「ええ 私もイクセル様とご一緒の時は 次の町まで近く感じますもの イクセル様のおかげですわ」
身を乗り出していたイクセルだったが、それを聞いて安心したのか、ようやく背もたれに背中を預け、耳の後ろをぽりぽりと掻き始めた。
「えへへ なんだか照れくさいや そういうことなら何か楽しい話しをしないとね」
『気負う必要はないぞ いつも通りでいい』
昔からそうだった。イクセルがいると知らず知らずのうちに場が和む。意図的にその立ち位置を担ってくれているのかと考えたこともあったが、そうではないと今は知っている。
これも持って生まれた唯一無二の才能、だろうな。暇を持て余す馬車の中だけの話ではない。イクセルには何度も何度も救われてきた。本人が気がついていないものも含めて。
そう考えると、イクセルにはまだ一度も恩を返していないように思う。イクセルが助けを必要とする時は、必ず協力する。いつか私に恩を返す機会を与えてくれよ。
「楽しかったね ダールイベック領の広さは知っているつもりだったけど 実際に回るととんでもない広さなんだってよくわかったよ」
「これでも全ての町を回ったわけではわけではないのですものね」
「レオが今年の夏に来るって決めてくれて良かったなあー おかげで皆で楽しめたもんね」
『フレッドも見送れたしな』
「また・・・またいつか旅をしようよ」
『そうだな 次もきっとあるはずだ』
「次は船にも乗りたいですね」
「そうだよー!次は船にしようよ!レオがメルトルッカへ行く時には運河が完成しているよね?僕 港まで見送りに来ようかなー」
「それは素晴らしい考えですわ!ソフィア様もお見送りに行きませんか?」
ベンヤミンとソフィアは三年近く離れて過ごすことになる。ベンヤミンが決めたこととは言っても、ソフィアが港まで見送りに来てくれたら私としても有難い。
「ええ 私もお見送りに行かせて頂きたいと思います」
「決まりだね!レオー皆で見送りに行くよ!楽しみにしててね」
『随分と先の話だぞ 来てくれるのは嬉しいが 決めるには少し早すぎないか?』
「いいんだよー 楽しみはいくつも用意しておかないとさ!」
『ありがとう その時は雪の本邸が見られるな』
「そうですね どんなに美しいのでしょう 立ち寄れないのが残念ですわ」
「えー!寄ろうよ!レオだって寄りたいよね!」
『だから決めるのはまだ早いだろう 何年先かわかっているか?』
馬車の組み合わせは一章の頃から実際に毎回あみだくじで決めています。なかなかレオとスイーリが同じ馬車に乗ってくれません。




