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王都から目指した時と反対側からの眺めは、かなり異なる顔をしていた。
王都側からではわからなかった、山が城の両側へ広く裾野を伸ばしている姿が印象的だ。それはまるで湖と城が背後の町を、そして山が王都を守っているかのように見える。
『王都から来た時は美しさに圧倒されたが こちら側から見るととても頼もしい城だな』
「なるほどな レオの目にはそう映るのか」
そう言われると気になる。
『デニスにはどう見えている?』
「俺?そうだなー山のおかげで冬は雪が多そうだな とか?」
デニスのその返答にスイーリが笑っている。
「ふふふ その通りですわデニス様 本邸の町は王都に比べて雪が多いと思います」
「今日はたくさん船が出ているな 漁をしているのか?」
「本当ですね 先日は一艘も見ませんでしたのに」
そうだった。ヘルミの言う通り、初めてこの湖を見た時は船が一艘も出ていなかったのだ。確かイクセルが魚がいないのだろうかと不思議そうにしていた気がする。
「あの日は皆さんお休みをされていたようですよ」
スイーリが種明かしをしてくれた。
「王都からレオ様や皆様がお見えになると聞いて、綺麗な湖をお見せしたいと漁師の方々がその日の漁を早くに切り上げたと聞きました」
『そうだったんだ』
漁を休んでまで歓迎してもらえていたとは知らなかった。船が浮かんでいようと、この美しさが陰ることは全くないのに、と喉まで出かけたが口にするのは止めた。
それだけこの町の人々はこの湖を大切に、そして誇りに思っているということか。
『改めていい町だな ありがたいよ とても美しかった』
「ええ 初めて見た時の衝撃は忘れられませんわ」
「今日はきっと湖で獲れたマスが頂けると思います サーモンに比べると少し淡泊に感じるかもしれませんが こちらも美味しい魚なのですよ」
後半部分はデニスに向けて語りかけていたようだった。言い終わる頃には少しだけ笑いを堪えていた気がする。
「目の前の湖で獲れたものが頂けるなんて素敵ですわ」
「マスは王都では滅多に見かけないものな 俺も楽しみだ」
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『間に合ってよかった』
陽が湖の向こうへと沈みかけている。マスも旨かったが、これを見ながら風呂に入るのが何よりも楽しみだった。と言うことはロニー以外には絶対に秘密だ。
辺りを赤く染め、少しずつ少しずつ沈んでいく様子を飽きることなく見続けた。
太陽が沈み、名残のように残っていた淡い光もとうとう消え辺りはすっかりと暗くなった。
テーブルの上には丁寧に洗われた貝殻が、平たい籠の中に積まれている。
『ありがとうロニー 無理したのではないか?急がなくていいと言ったのに』
「いいえ 伺ったのが晩餐の準備が終わる前でしたのでまだ厨房にございました ゴミを漁ってはおりませんよ」
『そうか それなら良かった』
ロニーに頼んで厨房で出た貝殻をいくつか分けてもらったのだ。
「港の市場でも貝をご覧になっておりましたね」
『ああ いくつか持ってきたがここの貝の方が良さそうだな』
港から持ち帰った貝を思い出しながら、目の前にある貝を手に取る。
『この町の漁師と会えるだろうか この貝のことを聞きたい』
「かしこまりました 明後日でよろしいでしょうか」
『ああ 時間は合わせるから漁を優先するように話をしてくれ』
「承知致しました」
明日はアレクシーとスイーリにこの町を案内してもらう予定だ。時間があればもう一度湖を見に行きたい。
本邸の町は城同様に、独自の発展を続けてきたようだ。
まず第一に大抵の店の入り口には五~六段の階段が設けられている。
『随分と入り口の位置が高いな
・・・もしかして冬のためか?』
「正解 冬はさ この段がすっかりなくなるんだ」
アレクシーの説明に皆が驚いて階段を二度見する。
「ここまで雪に埋もれるの?」
「ああ埋まる 雪が積もり出す前に囲いを立てて建物を守るんだぜ」
『王都に比べ相当雪が多いみたいだな』
王都も当然冬の間は白一色なのだが、そこまで積もったのは見たことがない。
「これで驚くのはまだ早いぞ」
アレクシーがさらに脅しをかけてきた。
「なんだよーもっと積もるって言うの?この町の人達はどうやって冬の間過ごしているんだよー」
どれだけ積もると言うんだ。冬の間中雪かきだけで終わってしまいそうだ。イクセルではないが、どうやって生活しているのだろう。
「ここでは見られないから 後で案内するよ 皆驚くぜ」
「ここでは見られない・・・どういう意味でしょうか?」
「まさかまだ雪の残っている場所があるとか・・・」
「そんな?!今は八月ですわ!」
「でも僕 ダールイベック領ならあり得る気がするよ」
「それはないだろう 山頂を見ろ雪がないじゃないか ここに残っているはずがない」
デニスの言葉に令嬢達とイクセルが山を見上げる。ようやく落ち着いたようだ。
「そんなに気になるなら今から見に行くか」
全員が二つ返事で同意した。
馬車に乗り、十分程経っただろうか。アレクシーの乗る前の馬車が止まった。ここで降りるらしい。
皆辺りをキョロキョロと見回す。ごく普通の民家が並んでいるように見えるが―
『えっ?』
「なに?レオどうしたの? えええっ?」
声をかけてきたイクセルも、私の視線の先にあるものに気がついて絶句している。
「ま まさか・・・」
「アレクシー様 あの扉は・・・」
民家の二階部分に扉が付けられている。
「そう 冬はあの扉から出入りするんだ この辺りは特に雪が多くてどの家にもついてるはずだぜ」
「信じられん・・・」
「はい・・・ 私も信じられませんわ・・・」
「驚いただろ 雪かきする人手のあるところはいいけどさ 一日中雪かきだけしているわけにはいかないからな だから最小限で済むようにこうした工夫がされてるんだ」
なるほど。だから城や、店が立ち並ぶ中心地にはなかったのか。
『そこまで豪雪地帯だとは知らなかった 冬場の暮らしは厳しそうだな』
「それがさ 想像するほど大変でもないみたいだぜ 長年ここに人が住み続けてるってことは何か理由があるんだろうと思うよ」
「なるほどな」
「そこまで雪が積もる様子も見てみたくなりますね」
「ヘルミはなかなか勇気があるな」
デニスは興味がないのか。私も見てみたいけどな。
「ここはこのくらいにして移動しようぜ」
「あの 王都側に砂浜があったと思うのですが 行ってみませんか?」
『アンナ 私も行きたいと思っていた』
「じゃあ!湖に行った後お茶にしようよ!アンナちゃんもスイーツが気になるでしょ!」
「はい!頂きたいです」
「決まりだな」




