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昼食の後は、アンナが楽しみにしていたスイーツ店に立ち寄った。
国が変わると、同じような菓子でも見た目が大きく違っていたりして、見ているだけでも楽しい。
アンナを中心に令嬢達がどれにしようかと頭を悩ませている。
『アンナ 騎士達にも差し入れがしたい 選んでもらえるかな 邸のもの達にもこれを土産にしようか』
「はい!お任せください」
アンナはパルードの菓子にも詳しくなったようだ。菓子の名前を見てどういう味なのかをスイーリ達に説明している。
『フレッドが教えてやったのか?』
「え?ああ残念ながら殆どはエマ達から習ったようだよ 私よりうんと詳しいからね」
『なるほど 似たような名前で覚えにくそうなのに しっかり理解できているのは流石だな』
「好きこそものの上手なれ だね」
そう言いながら目を細めてアンナの様子を見守っている。
『確かにな』
それから花束を買って、街の外れの教会へ向かった。
「これがパルードの教会」
眩しく華やかだった街並みとは趣の違う、石積みの素朴な教会だった。唯一の装飾と言ってもいい凝ったレリーフの丸窓が特徴的だ。
年月を経た木の扉は開け放たれていて、そこからゆっくりと中へ進む。
内部も簡素で飾り気のない作りをしていた。左右に木の椅子が並び、最奥の祭壇にはパルードの信仰の象徴、サイベーレ神が祭られている。
フレッドは花束をひとつ献じて祈りを捧げた。
教会の裏手の墓地へと向かう。
ステファンマルクで生涯を終えたパルードの民が眠る場所だ。中には一度もパルードの地を踏むことなく、この国で生まれそして旅立ったものもいるだろう。彼らはステファンマルク人として生きたのだろうか。この国は彼らにとって良い国であったか。寄り添うことはできていただろうか。
少しだけ自分に重ねてしまった。
彼らは、彼らの祖先は望んでこの地を目指しやってきた。そして戻ることも決して不可能ではなかった。それでも自らの意思でこの国を選び、この地に根を張り、子孫を残して逝った。この国に生きた証をいくつも残して。
私もそうありたい。帰ることが出来ないからではない。自ら望みこの国で生きていきたい。この国に足跡を刻みつけたい、私がここで生きたという証を。
顔を上げると、そっと肩に手を置かれた。振り返るとベンヤミンが私のことをじっと見ていた。
「随分長く祈っていたな」
私の置いた花束の横に自分の持っていた花を置くと、隣に並び軽く手を合わせる。
「骨を埋めてもいいって思えるくらい この国を愛してくれたってことだよな」
前を向いたままそう呟いた。
「そうだろ?レオ」
今度はしっかりと目が合った。逸らさず真っすぐに見据えられる。だから私もそれを正面から受け取って、そして返した。
『ああ 違いない』
ベンヤミンの顔がふっと緩む。
「よし!行こうぜ 皆待ってる」
墓地の入り口で皆がこちらを見ていた。早足でベンヤミンと二人合流する。
「レオ ベンヤミン そろそろ邸に戻ろうかって話をしていたんだがどうだ?」
『そうだな パルード街は充分見て回れたよ 私は満足だ』
「うん 俺も! 一度戻ろうぜ」
来た道を戻りかけたところでフレッドが立ち止まり振り返った。
「皆さん今日はありがとう 一度は訪れたいと思っていたこの街に来ることが出来たのは 皆さんのおかげです この教会にもどうしても来たかったんだ レオ私を誘ってくれてありがとう」
『フレッド 私もこの街に来れて良かったよ フレッドと共に来ることに意味があった気がする』
「俺達もフレッド様とご一緒出来て光栄でした」
「パルードのお話しも沢山聞かせて頂けました ありがとうございました」
「では邸に戻って続きの話でもしましょうか アンナさんが選んでくれたパルードの菓子も沢山あるからね」
ニッコリ笑うとアンナの手を取り再び歩き出した。
邸に戻りサロンへ向かうと、既に様々な菓子が並べられていた。テーブルを整えていた侍女達が皆手を止めて頭を下げる。
「お土産を沢山頂戴致しました 私共にまでお心遣い感謝致します」
「珍しいお菓子を有難うございました」
この町に住んでいてもパルードの菓子は珍しいものなのだな。
『パルード街へはあまり行かないのかな?』
「はい 私は一度も」
「私も行ったことはございません」
『そうだったのか 街並みも美しくて良い街だったよ 機会があれば遊びに行ってみるといい』
「はい!必ず行きたいと思います」
「私も行ってみます!」
勿体ないな。でも案外近くにあるとその貴重さに気がつかなかったりするものだよな。
「レオーお待たせ!」
「お待たせして申し訳ありません」
『私も来たところだよ』
皆が揃ったところでアンナに菓子の説明をしてもらうことにした。
「パルードのお菓子は アーモンドを使ったものがとても多いそうです 今日も沢山頂いてきましたが 日持ちの利くものは後にして 今日はクリームやフルーツを使ったものを出して頂きました」
アンナが一番おすすめだというアーモンドのパイが、全員の皿に乗せられた。
「最初にこれだけは召し上がって頂きたいです アーモンドがとっても風味豊かで一度食べたら忘れられない味になるはずですわ」
『うん 旨い』
見た目の素朴さとは裏腹に、口に入れた途端に広がるバターの香りと、アンナの言うように風味豊かなアーモンドの香ばしさが繊細に絡み合っていて、とても味わい深い。
「アーモンドの菓子っていうからさ ゴロゴロしたのが入ってるのかと思ってたけど違うんだな」
「アーモンドを挽いているのか こんな使い方もあるんだな 旨いよ」
そうだ。ステファンマルクではせいぜい焼き菓子の飾りに一粒丸ごとだったり、刻んだものを散らせて使われる程度のアーモンドだが、パルードでは小麦のように挽いて使われるのだな。
『カールにも覚えてもらいたいな』
「レオ様 私もパルードのお菓子を色々知りたくて フレッド様から本を頂いたのです それを訳して邸の料理人に作ってもらっているのですよ」
『そうか アンナは実際に何度も食べていたんだな いいことを聞いた 私もカールに書いて渡してみるよ』
いい勉強だな、アンナの場合パルード語を学ぶことは決して苦痛ではないだろうが、特に好きな物事に関することだと理解や習得も早いのだろう。ちらっとフレッドを見ると、ニコニコとアンナのことを見つめている。どうやらフレッドの案のようだ。
「僕 お店にいた時からこれが気になってたんだよー」
「ふふ イクセル様 それはふわふわチーズではないと思いますわ」
「いいのいいの ・・・わ!これもアーモンドの味がするよ」
こうしてフレッドと過ごす最後の一日は、菓子の話を中心に穏やかに過ぎていった。




