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朝食後、マルムベルグ卿から三人の騎士を紹介された。この町に滞在の間の案内役を務めてくれるそうだ。
『よろしく頼むよ 今日はまずパルード街へ行こうと思うんだ』
「はい お任せください」
「パルード街は大変歩きやすい街です 迷われる心配もないでしょう」
『そうか それは有難いな』
二台の馬車に分かれて乗り込む。ここからは半時間程度の距離らしい。
『フレッドがパルード街へ行きたいと言うのは意外だったな』
「そうかい?他の国でパルードの民がどんな街を作っているのか興味があったんだよ レオも留学したらきっとその気持ちがわかるさ」
『そういうものなんだな』
今はフレッドの気持ちをそこまで理解出来ていない。まもなく帰国するフレッドだ。郷愁にかられているというわけでもないのだろう。
到着したその街は、入り口から既に別世界だった。
眩しい程真っ白な塗り壁に、夏の空よりも濃い青と生い茂る森のような緑、そして太陽のように力強い黄色。原色が洪水のように押し寄せてくる。
右の店も左の店も、そのまた隣も・・・見渡す限りの看板に書かれている文字と、そこら中から聞こえる活気ある声も、全てがパルード語だ。
何もかもが初めて目にするものばかりで圧倒されていると、フレッドが解説をしてくれた。
「ここはパルード南部地方のもの達が作った街のようだね この色使いは南部の特徴なんだ」
『とても力強いな 何と言うか・・・生命力に溢れている』
「そうだね とても情熱的な街として有名なんだよ レオが気に入りそうだ」
フレッドが言った通り、この街を見た瞬間からとても惹かれるものがあった。
『フレッドがこの街に来たいと言ってくれてよかったよ』
「私も期待以上だったよ 想像していたよりもずっと大きいね 見応えありそうだ」
『アンナと見て回るか? 後で合流しよう』
「いいのかい?では厚意に甘えさせてもらうとしようかな」
暫し二手に分かれて散策することにした。
「まるで異国に来たみたいだねー 船に乗らずにパルード旅行が出来るなんて思ってもみなかったよ」
「イクセルの言う通りだよな 一歩踏み入れた瞬間からステファンマルクじゃないみたいだ」
「パルードへ行ってみたくなりますね 街並みがとても可愛らしいですわ」
どの店先にも花が飾られている。そのほぼ全てに飾られているのが向日葵だ。ステファンマルクではあまり見かけない花だからなのか、殊更に異国情緒を醸し出していた。
「店 入ってみようぜ」
最初に入った店は、オリーブを扱う店だった。ありとあらゆるオリーブ製品を置いているようで、ピクルスやオリーブ油と言った食品から、石鹼やバスオイル、クリーム、更に木工品まで取り揃えてある。
「イラシャイマセー」
陽気な若い男性が笑顔で応対する。深い赤色にクリーム色や黄緑の羽が描かれた派手なシャツを着ている姿はどことなしか既視感があった。
「フレッド様みたいだね」
「ふふ 本当ですね」
イクセルの囁きに店員は嬉しそうに答えた。
「ホント?フレッド様ミタイ?嬉シイネ!」
これにはイクセルも驚いたようだ。
「えっ?フレッド様を知ってるの?あ・・・そうだよね 知ってて当然だよね」
店員は満面の笑顔のままイクセルに向かって答える。
「ワタシ ソノ人知ラナイ デモ多分トテモカッコイイ男性ネ」
一拍置いて全員が大爆笑した。
「皆サン ドチラカラ?パルード好キ?」
「俺達は王都から来たんだ パルード大好きになったよ」
「ワーォ!嬉シイ 私モ皆サンノコト大好キ ユックリ見テッテネ パルードノオリーブハ世界一ダヨ」
思い思いに店内を見て回る。
何種類かあるバスオイルを手に取ってみた。どれもとても香りがよい。
『これにしようかな』
「イイネ!コレ入ルト ワタシミタイ ツルツルニナルネ」
『二本ずつもらうよ』
「二本デイイ?王都コレ トテモ高イ コノ店オトク」
『そうか それならもっと買おうかな』
皆やり取りを聞いてクスクス笑っている。
結局三種類のオイルを五本ずつ買った。
皆もオイルや石鹸を買っている。令嬢達はハンドクリームが気に入ったようだ。
「毎度アリガトゴザイマシタ マタオ待チシテマス ヨイ旅ヲ」
『ありがとう』「ありがとー」「ありがとうございます」
店を出ると誰からともなく笑い出した。
「パルードってとっても楽しそうだね 行ってみたくなっちゃったなー」
「とても陽気な国なのでしょうね」
「この分だと 皆とんでもない量の土産を買っちまいそうだな」
美しい焼き物の店や、繊細な寄せ木細工の店に立ち寄りつつ通りを歩いていると、向日葵畑のようにびっしりと花に覆われた店の前でフレッド達と合流した。
「ちょうどよかった 今からこの店に入ろうと思っていたのですが 皆さん一緒に入りませんか?」
「はい!ここは何の店なのですか?」
「パルード南部の民族衣装を扱っているようです 見たことありますか?」
「まぁ!見てみたいです!」
「どんな衣装なのかしら?」
令嬢達は初めて目にする衣装に期待を膨らませている。
店に足を踏み入れると、壁に沿ってぎっしりと衣装が下げられていた。普段このような既製の衣装を手に取る機会のない令嬢ばかりだ。新鮮な驚きで目を輝かせている。
〈いらっしゃいませ ようこそー〉「イラシャイマセー」
パルード語とステファンマルク語でにこやかに話しかけてきたのは、民族衣装を身に着けた女性だ。
「アー 試着 デキマス 気ニナル見ツケタラ 声カケテクダサイ」
色とりどり。ない色はないのではないだろうか。あらゆる色柄のドレスが並ぶ。
「アーチョト待ッテクダサイ オ客様ミンナ細イネ ソッチ大キイ コッチノ方タブンチョウドイイ」
反対側の棚へ移動する。
フレッドはアンナが選ぶのを手伝っているようだが、気がつけばベンヤミンもぴったりとソフィアの隣に張り付いていた。だがそれに気がついているのかいないのか、ソフィアは全くベンヤミンを気遣うことなくヘルミやスイーリと楽しそうにドレスを見ている。
『これはちょっとポリーナには早いな』
ソワソワしかけていたイクセルにそう言ってやると、「そ そうだよね!」と少しだけ慌てた素振りを見せた。買うつもりだったらしいな・・・。
それぞれ目当ての一着が決まったようだ。
アンナは無地のモスグリーンをベースにからし色やレンガ色などの花柄を合わせたドレス。
ソフィアはピンクのグラデーションにこげ茶の差し色が効いたドレス。
ヘルミは金青で同色の織柄が入ったドレス。
そしてスイーリは淡いベージュと濃紺で何種類もの違った柄を組み合わせたドレスを選んでいた。
試着部屋から楽しそうな声が漏れ聞こえてくる。
一度店の女性が一人出てきて何枚かの布を見繕うと、それを持って再び部屋へ戻って行った。
そうしてようやく着替えが完成したようだ。
「トテモ綺麗デス 大変身デスネ」
先に出てきた店員が満足げな表情を浮かべながら私達に説明をする。
「ドレス ショール ヘッドアクセサリーデ 完成シマス 美シイデス」
四人が順に出てきた。少し恥ずかしそうにしているのは珍しいデザインだからだろうか。
「このようなラインのドレスは着たことがなくて」
「緊張しますね」
「オ客様 トテモ綺麗デス 背筋伸バスト更ニ綺麗ナル」
上半身から膝上にかけて、体の線に沿うような細身のシルエットのドレスは膝から一気に花が開いたように何枚ものフリルが華やかに広がっている。確かにステファンマルクでは見かけないシルエットだ。
アンナとスイーリはドレスと対になっているショールを、ソフィアはグリーンにピンクの花柄の刺繍が刺してあるもの、そしてヘルミはミルク色に同色の刺繍が施されたショールを羽織っていた。
〈とても可愛らしいわ 素晴らしく似合っているわね〉
〈私のお気に入りをこんな可愛らしい方に着ていただけて嬉しいわ〉
店員達の方がすっかり満足しきっているようだ。
「皆さんがよく似合っていて可愛らしいと褒めていますよ」
フレッドも満足そうな笑みを浮かべながら、店員の言葉を伝えてやっていた。
〈あの黒髪のお客様 イレネ姫のようだわ 私一度だけお見かけしたことがあるのよ 大層美しいお方だったわ〉
〈パルードの黒鳥姫ね!〉
それ・・・母上のことではないのか。
「レオ 顔赤いぞ」
アレクシーがわざわざ顔を覗き込んで来る。
『気のせいだ』
「今王妃殿下のこと言っていたよな 王妃殿下とスイーリの」
そう小声で言いながら含み笑いを浮かべるアレクシー。そうだ、アレクシーはパルード語がわかるんだったな。
『スイーリと王妃殿下は似てない 心外だ』
「そうムキになるなって どうせ深い意味なんてないんだ 髪色が似ているから言ってるだけさ」
カラカラと笑っている。なんだか腹が立つな。




