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誕生日を祝われた翌朝、アレクシーと私は今、庭で鍛錬をしている。

「今日は何しようか」

今日には一度この城を発つものと思っていたが、荷馬車の到着が午後になるためもう一泊出来るらしい。

これも私以外は既に承知済みだったようだ。


『フレッドに何か希望があればな』

間もなく帰国する従兄にも、最後に想い出を作ってやりたい。昨日祝ってもらったお返しの意味も込めて。


「ピクニック なんてどうだ?アンナが喜びそうだろう?」

いい場所に心当たりがあるというアレクシーに任せようか。

『そうだな ここの涼しい夏が名残惜しそうだったから 思い切り満喫させてやろう』


朝食の席でアレクシーが伝えることになった。

「いいねー!僕は賛成!」

「俺も行きたい」

「ありがとうアレクシー 私も楽しみです」


「ピクニック!一度行ってみたかったんです」

アンナが嬉しそうに声を上げた。

「アンナ様 初めてのピクニックですか?」

「はい なかなか機会がなくてまだ一度も ありがとうございますアレクシー様」


「よし!決まりだな クリス準備を頼むぞ」

「お任せくださいませ」


「アンナさんの初めてのピクニックを共に経験出来て嬉しいですよ」

フレッドも嬉しそうだ。良かった、今日もいい日になりそうだ。




距離も近いので二台の馬車に分かれて乗る。アンナとフレッドも加わってのくじ引きを取り仕切るのは勿論イクセルだ。


馬車は緩やかな山道を、規則正しい振動を刻みながら進んで行く。

「着いたな ここからは歩きだ 何分もかからないから安心してくれ」

アレクシーの先導で先へと進む。一気に視界が開けたかと思うと、そこは一面真っ白に覆われていた。



「雪みたい」

「綺麗・・・」



「良かった 最高のタイミングだったな」

アレクシーも満足そうにしている。

見渡す限りのシロツメクサ。本当に真夏に雪が降ったようだ。



「もう少しだけ上に行こう」

そう言ってシロツメクサの絨毯を上っていくアレクシー。皆その後をついていく。


「この辺りでいいか 皆後ろ向いてみて」



振り返ると真っ白なシロツメクサの遠く向こうに太陽の光を受けて黒く輝く城、その太陽が零れ落ちてきたかのようにキラキラと黄金に輝く湖が見えた。

「うわー!凄いや!こんな景色見たことがないよ」

「ええ なんて美しい」


「いい場所だろう?小さい頃に一度だけ来たことがあったんだ スイーリは憶えていたか?」

「いいえ兄様 初めて来たと思っておりましたわ こんなに美しい場所があったのね」

「ダールイベック領もいいところだよな」



私達が景色に見惚れている間に、敷物を敷き日除けを立てて着々と準備は整えられていた。

即席のテーブルの上にクロスが広げられ、グラスや皿が並べられる。


「まぁ!これはブリトーね!」

「はい こちらにも王都の流行が伝わっておりますことをお見せしたいと思いまして」

ノシュールの港から始まったブリトーが、この地にもしっかりと受け入れられていることが嬉しい。昨日の晩餐ではアボカドも使われていたことを思い出す。


「でもよく見るブリトーの皮とは少し感じが違うな 黒っぽい気がする」

「さようでございます こちらは蕎麦粉を使用して焼き上げております ダールイベックへお越し頂いたからには是非とも蕎麦を召し上がって頂きたく ご用意致しました」

『蕎麦か 珍しいな』


ダールイベック領の北部は蕎麦の栽培が盛んだ。ダールイベックの蕎麦粉は質が良いことで有名で、近隣諸国からも人気が高いと聞く。残念なことにステファンマルクでは蕎麦はさほど人気があるとは言えず、ダールイベック領で消費される以外は輸出用となっている。


「蕎麦も旨いぞ うちの邸ではよく出てくる 王都で人気がないのは残念だけどな」

アレクシーによると蕎麦は、王都のダールイベック邸でも日常的に食べられているらしい。

『この山一つ隔てるだけで かなり食文化が違うんだな』

「その通りだぜ この山のせいで王都からも遠いしな」

『私はここで生まれたかったよ』

思わず本音が零れた。


「レオがそこまでダールイベック領を気に入ってくれたとは嬉しいな 俺は王都生まれでここへは遊びに来る程度だったけどさ 褒められるって嬉しいもんだな」

『運河の完成が待ち遠しいよ きっとこの町には何度でも来たくなる』

ここからだと建設中の運河の様子がよく見える。近い未来、そこを船が通り過ぎていく様子に思いを馳せる。


『ダールイベック領は広い ここと港でもまた違うのだろうな』

「そうだな 港はノシュールとも感じが違って ダールイベック独特だと思うぞ それより俺は南部の町が楽しみだ」


話しをしている間にすっかりテーブルの上も整ったようだ。

「お待たせいたしました」


「素敵!素敵だわ!」

アンナが歓声を上げる。

テーブルには数種類のブリトーの他、人参のサラダ、ディルとポテトのサラダ、アスパラとコーンとチキンのサラダ、サーモンのグラタンに夏野菜のピクルス、そしてデザートのいちごのマリネにチーズのタルト、スイカやメロンは大きな木の器にどっさりと盛られていた。


ベリーの入ったアイスティーやリンゴジュース、白ワインも並ぶ。

思い思いに飲み物を手に取った。

「それじゃー乾杯するか」

「「「「乾杯」」」」「『「「乾杯」」』」



「わー!このブリトーとっても美味しい!これ絶対レオが好きなやつだよー きのことチーズがすっごく美味しい!僕はこっちの方が好きかもしれないなー」

早速ブリトーを手に取ったイクセルは大絶賛している。


「俺もこれ凄く好きだわ」

デニスも蕎麦粉のブリトーが気に入ったらしい。でもデニスが食べているブリトーはサーモンだよな。


イクセルに勧められたきのこの入ったブリトーを齧る。

『旨いな』

「だよねー!僕蕎麦粉をお土産にしようかな」

『ポリーナに食べさせてやらないとな』

「そうだよそうだよ!ポリーナも喜ぶだろうなー」

周りがクスクス笑っていることに気がついていないイクセルは、ポリーナのことを思い浮かべているのだろうか、とても満足そうな顔をしている。



「なんだ 皆蕎麦も普通に食べるんだな」

アレクシーは意外だとでも言いたそうにしているが、表情はとても嬉しそうだ。



「スイーリ様 私蕎麦粉は初めて頂きましたが とても美味しいのですね」

「スイーリ様は普段どのように召し上がっているのですか?」

令嬢たちも皆この味が気に入ったようだ。スイーリを囲んであれこれと質問している。

「私は朝食で頂くことが多いですが スイーツにも合うのですよ いつかお茶会でご用意致しますね」

「嬉しい!楽しみにしていますわ」







「そうだ ポリーナに四つ葉のクローバーをお土産に持って帰ろうかなー」

イクセルがしゃがみ込んで葉を探し始めた。


「私も見つけたいです」

「私も探してみますわ」

皆次々に葉を探し出す。




「なかなかないね そうだよね 滅多に見つからないから幸運のお守りなんだもんね」

自分に言い聞かせるように呟くイクセル。


『あった』

ふと足元を見ると、確かに四つ葉のクローバーが一本。しゃがんでそれを手折った。


「えー!どうしてだよー!なんでそんなすぐ見つかるの?しかもレオ立ってたよね?」

イクセルが納得できないとばかりに訴えてくるが、見つけてしまったのだから仕方ない。

『自分の足元にたまたま生えていたからな』

「そんなー!立ったまま見つけるなんておかしいよ! 僕こんなに地面の近くにいるんだよ」

『・・・頑張れ』

イクセルの理不尽な抗議は無視して、今摘んだばかりの葉を渡しに行く。



『フレッド 幸運と約束のお守りだって』

「私にくれるのかい?」

『フレッドの約束が果たされるようにさ』

「ありがとう 嬉しいよ その時が来るまで大切にする」

『ああ 必ず来るさ』

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