[131]
『やはりパルードから何か連絡でもあったのか・・・』
今日の宿泊地のはずだった町に着いたのが一時間ほど前、最後はかなりスピードも出ていた。そこで馬を替えて一時間足らずでまた出発だ。
「どうして?パルード?」
イクセルののんびりした声が返ってくる。
『私には何も報告がないからな 他にこれほど急ぐ理由が思い当たらない』
「うーん違うんじゃないかな だってフレッド様は普段と違う様子はなかったよ?」
『・・・確かにそうだな』
休憩で立ち寄った先程の町で昼食を取ったが、焦っているようにも見えなかった。「もう出発なのかい?」なんて言っていたくらいだからな。
「僕は楽しみだなー ダールイベックのお城早く見てみたい レオも初めてでしょ?」
『ああ 初めてだ そうだな楽しみだな』
ようやく百年を少し過ぎた若いノシュールの城を除いて、残るステファンマルクの三つの城はどれも歴史が深い。ダールイベックはどんな城なのだろう。湖に面しているというその城の姿を想像する。
『早く見てみたいな』
「だよねー 騎士達も安全に走らせているんだしさ 僕たちは楽しみに待とうよ」
『そう言うことにするか』
「そうそう そう言うことだよ」
なんだかイクセルに上手いこと丸め込まれたような気がしないわけでもないが、まだ見ぬ城への期待の方が勝ったようだ。
『それはそうとヘルミとソフィア 揺れは平気か?イクセルも馬車酔いするのだったな まぁイクセルは平気そうだが』
休憩前のスピードほどではないが、今もやや速足気味だ。
「ありがとうございます 私は平気です」
長年長距離移動をこなしていたソフィアは、馬車の揺れにも慣れているようで、悪天候の冬道でも酔い知らずだったことを憶えている。
「私も大丈夫です 身体が成長したおかげか酔いにくくなりました」
「僕のこともちょっとは心配してよー でも僕も平気だよ」
『そうか それなら良かった』
同じ速度で駆けているスイーリ達も大丈夫だろうか。アンナも以前は馬車酔いしていたことを思い出す。
「何も言ってこないから大丈夫なんじゃないかなー レオは心配性だね」
イクセルに先回りされてしまった。
『まだ何も言っていないぞ』
「でも今から言うところだったでしょー えへへ顔に書いてあったよ」
むぅ。反論できない。
「・・・あれは
見えてきたのではないでしょうか?」
ソフィアが示す方向に目を向けると、遠くの方に僅かに塔の先のようなものが見えてきた。
『あれか!』
「あれかなー!」
アレクシーかスイーリが同乗していれば聞くことが出来たのだが、二人はくじ引きの結果今は別の馬車に乗っている。
『しかしダールイベック領は広いな まだ当分着きそうにはないか』
「ちっとも近づいているように感じませんものね」
城らしきものを見つけてから一時間は経っただろうか。ようやく全貌が見渡せる距離まで近づいてきた。
まるで湖の上に浮かぶかのようにそびえ立つ城。鏡のように輝く湖面に映る姿は言葉を失うほど美しかった。
『素晴らしいな』
「はい なんて美しい―」
背後に山を持ちその間に広がるように町が形成されている。湖の側で道は向きを変え、湖を半周するように続いていた。
「青空が落ちてきたみたい」
「本当だねー とっても静かだよね 魚はいないのかな」
「漁をされている方も見かけませんね」
いつの間にか馬車は速度を落とし、ゆっくりと歩かせている。
「よさそうな町だね 僕ここに住んでみたくなっちゃったよ」
『美しい町だな』
道は湖から少しずつ離れていき、町の様子がわかるところまで近づいてきた。門までもうすぐだ。
事前に門は開けられてた。馬車は止められることなく真っすぐに町の中へと進む。そのままゆっくりと城門まで向かった。
『凄いな こんなに早く着くとは思わなかった』
「湖を散策する時間もありそうですね」
「皆で見に行こうよ!」
『そうだな ここにはもう一度寄ることになっているから 今日は湖を見に行こう』
フレッドを見送るため、明日にはここを出発する。本格的にこの町を散策するのは、領内を回り終えた最後の予定だ。
跳ね橋が下ろされている。橋を渡り門をくぐった正面に堂々と構える城。手入れの行き届いた庭の間を馬車は滑るように進んで行く。
ノシュールの城は王城を模して造られたものだが、ここダールイベックの城は独自の姿をしている。
何と言っても一番の特徴はその色だろう。この城の外壁は黒い。そして黒い石壁と引き立てあうかのような淡い銀色の屋根瓦。何本もの尖塔、小塔が無骨に見えかねない黒づくめの城を驚くほど閑雅に綾なしている。なんとも'ダールイベックらしい'城だ。
『この城は冬に見ても美しいだろうな』
「そうですね 銀世界に佇む紫黒のお城 とても見てみたいです まさにダールイベックのためのお城という感じがしますね」
城の前には大勢の使用人が到着を待っていた。
「殿下ようこそダールイベックへ お待ちしておりました」
クリストフェル=レードルンドと名乗った家令の案内で城の中へ入る。
『予定より早くついて悪かったね 今回は短い滞在になるがよろしく頼むよ』
「お部屋の準備は整っております ダールイベック自慢の景色もお楽しみくださいませ」
『ああ 後で湖を見に行こうと思う』
私達に遅れること数分、フレッドとアンナ、そしてスイーリ達も到着した。
「フェデリーコ殿下 この度はお立ち寄りいただけましたこと誠に光栄でございます」
「何度か湖の向こうからこの城を見ました とても美しいね ここに来ることが出来て嬉しいよ」
「有難いお言葉 精一杯おもてなしさせていただきます」
「アレクシー様 スイーリ様お帰りなさいませ」
「久しぶりだなクリス 変わりなかったか?」
「はい
全てご指示のままに」
二階の部屋に案内された。窓の外いっぱいに湖が広がる。はるか遠くに水平線が見えた。
『海みたいだな』
「はい これほど大きいとは想像しておりませんでした」
ロニーも湖の大きさには驚いたようだ。
『それにしても早く着いたな』
乗り慣れない速足の馬車で身体が凝り固まった気がする。腕や首を回していたら扉を叩く音がした。
「レオ もう出られるか?」
デニスだった。早速湖へ向かうらしい。
『ああ 行こうか』
アレクシーの案内で城の外に出る。
「湖もさ 悪くないだろ?」
「間近で見ると まるで海のようですわ なんて広い・・・」
「この湖は冬でも凍らないんだ」
「「そうなのか?!」」
アレクシーの説明にデニスとベンヤミンが驚いた声を上げた。
「不思議だろ?だからこの城はこんな造りなんだろうな 凍った湖面を歩いて攻め込まれる心配がないからさ」
まー冬のステファンマルクを攻めてくる国なんてなかっただろうけどさ、とも付け加えた。
「ソフィア様は これでステファンマルクの全てのお城をご覧になったことになるのですね」
アンナの言葉を聞いて、ソフィアの方を見る。皆の視線も自然とソフィアに集まっていた。
「はい 夢が叶いましたわ」
ニッコリと嬉しそうに答えたソフィア。一生のうちにステファンマルクの四つの城を全て見ることができるものは、一体どのくらいいるのだろう。
「戻りましたらお父様にも自慢致しますわ」
筆頭侯爵家の嫡男であるソフィアの父ですら見たことがないようだ。
「ダールイベックのお城がこんなにも美しいと
ここに来れましたのもレオ様のおかげです ありがとうございます」
『私も皆と来れて良かった これからダールイベック領を回るのが楽しみだな』
「俺も本邸のあるこの町以外は 港に一度行ったことがあるだけだからな この領に何があるのか楽しみなんだよ」
アレクシーにとっても領地を回ることは未知の体験なのだ。
「僕達だってとっても楽しみにしているよ ノシュールに行ったときみたいにさ 新しいものが見つかるといいね」
「レオならまた見つけ出すだろうさ 俺はそう信じてる」
ベンヤミンのその言葉の本当の意味がわかるのは私だけだ。ありがとうベンヤミン。この世界に必要とされるものを今の私の目で見つけ出したいと、そう思うよ。




