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新しい年が始まり数週間が過ぎた。休暇も開け、いつもの学園生活が戻ってきたところだ。

今日はベンヤミンとスイーリにメルトルッカ語の家庭教師が来る日だ。二人は週に二日、真っすぐ帰宅してメルトルッカ語の勉強をしている。


そして今私はデニスと八番街のカフェにいる。

「時間作ってもらって悪かったな」

『気にすることはないさ デニスとこうして二人で寄り道するのは初めてだな』

「そうだな・・・」


珈琲を二つ頼んで向かい合って座る。

「レオ 珈琲も飲むんだな」

王宮(うち)だとまず飲む機会がなくてさ たまに飲みたくなるとここに来るんだ ここの珈琲は旨い』

「不思議なものだな レオが珈琲を飲みたいと言えば毎日出てくるだろうに」

『・・・それもそうだな 考えたことがなかった』


プッ

デニスが笑う。

「なんかこう レオのそういうところ昔から変わらないな」

『どういうところだよ』

「なんて言ったらいいのかな 自分が持っている権力(ちから)とか影響力というものに無頓着すぎるところ?」

『・・・権力か』


「変わらなくていいと思うよ それがレオの良さのひとつでもあるんだからさ」

『デニスが言うんなら信じる』

「うん 信じといて」



暫く手元のカップを見つめていたかと思うと、ふと顔を上げて眩しそうに目を細めたデニスが話し始めた。

「・・・俺さ

 あー弟から何か聞いてるかもしれないけれど 今年入学してきた一門の令嬢と交際することにしたんだ もう三ヵ月になるかな」

『そうか いやベンヤミンは特に言ってなかった 恋人が出来たような気がする とだけ言っていたかな』


「そうなんだ・・・てっきり両親から聞いているかと・・・

 ノシュール領に邸のある子爵家の令嬢なんだけどさ 下に妹が一人いて二人姉妹 で俺達兄弟がまだ幼い頃から 将来どちらかを跡継ぎにほしいと言われてたんだって」

『そうか』


「まあいい子だよ 邸がある町も本邸から一日くらいの距離でさ 今なら王都まで二日の距離だ」

『うん』


「専科を卒業したらその家に入ろうと思う」

『そうか・・・』


少なからず驚いた。てっきりデニスは中央で官僚を目指すものとばかり思っていたからだ。だが公爵家の令息とは言ってもデニスは次男。継ぐものは何一つない。家同士の取り決めがあったにせよ子爵家を継ぐ話は決して悪い話ではないのだろう。しかし・・・


『ベンヤミンには話さないのか?』

「いつでも話せると思っていたらタイミングを逃してしまったんだ 隠しているわけではないよ」


『デニス


 ・・・気を悪くさせてしまったら申し訳ないが 一つ聞きたい』

「いいよ なんでも聞いて 今日はレオと腹を割って話をしたいと思って来たからさ」



『デニス・・・犠牲になろうとはしていないか?


 デニスが本心から望んでいるのなら 私はその決定を祝いたいと思う だが・・・』


話しながらも余計なことを口にしたかと少し後悔した。私にどうこうできる話ではない以上、軽率に口を挟むべきではなかった。


が、デニスは清々しい笑みを浮かべていた。

「ありがとうレオ なんとなくレオならそう言ってくれる気がしてた 気がついてほしいって俺が願っていたのかな」

『デニス?』


「うん 犠牲なんて重くは考えてないけどね 弟に譲ってやろうかなってさ

 ・・・少し長くなるけど聞いて?」

『ああ 話してくれ』



「俺たち兄弟はさ 幼い頃からレオと共に成長してきて ゆくゆくはどちらかが一生をかけてレオを支えていくんだって そう考えてきた 弟と直接この話をしたことはないけど あいつも同じように考えてきたはずだ


 もちろんずっと俺がレオを支えたいって思ってた

 弟がさ もしも打算でレオのそばにいたい 視察や留学に随行したいと言ったのだとしたら 俺は引くつもりはなかったよ でもあいつはそんなこと考えていない 兄弟だからわかるよ あいつはそんなやつじゃない だからレオ ベンヤミンのことよろしく頼むよ」




・・・私が引き金だったのか。

てっきりソフィアの存在が理由だとばかり。


私に言えることも出来ることもない。デニスが悩んだ末に出した答えだ。それを尊重することが唯一私に出来ることだろう。


『わかった・・・デニスが決めた道を応援するよ』

「うん ありがとうレオ 今日全部話せてよかったよ すっきりした

 そうだ 今度紹介するよ シビラ=オースブリング 俺の・・・一応婚約者かな?正式にはまだだけどね」


『・・・ああ!オリーブ色の髪にヘーゼルの瞳 あの子か! 確か妹はルイース?』

「よく憶えていたな!いや驚いた・・・!三年前に一度会ったきりだろう?凄い記憶力だ」

『あの時挨拶して以来だから向こうは憶えていないだろう 紹介してくれるのを楽しみにしているよ』

「レオを忘れるものがいるとは思えないが・・・今度帰りに会おうかスイーリも誘ってはどうだ?」

『そうだな 男二人に囲まれてはオースブリング嬢も居心地が悪いだろう 誘ってみるよ』



アンナに続いてデニスも自分の進むべき道を見つけ、歩き始めた。

イクセル、アレクシーも以前より信じた道を歩き続けている。


いや・・・私もだ。私も自分の進む道に従い歩み続けている。

今までの道は皆が同じ線の上にあったのだ。だから共に手を取り合うように進んでくることが出来た。だがこの先の道は一人ひとり違う。別の道を一人で進んで行かなくてはならない。

寂しいと感じてしまうのは、私の心がまだ幼い証拠なのだろうか。



「ちょっとだけ悔しいよ レオと同い年じゃなくて良かったなんて考えた馬鹿な自分がさ」

空になったカップの縁をなぞりながらデニスが呟く。


『デニス・・・』


「俺はいずれ王都を離れるけれど いつだってレオの力になる準備はしておく だからもし俺が必要な時は呼んでよ 田舎に引っ込んで鈍ったって思われないよう俺も頑張るからさ」


『ノシュールは田舎ではないさ・・・

 ありがとうデニス』


「なんて今すぐ行くみたいだよな まだ二年以上先の話だ レオとも後一年は一緒にいられるからな」

『ああ 別れの挨拶には早すぎるぞ』

「だよな しんみりしちゃったな 珈琲お替りしようか」

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