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「レオ様 ダールイベック副団長がお見えです」
この時間ヴィルホが部屋を訪ねてくるのは珍しい。
「殿下突然申し訳ありません ご報告いたしたいことがございます」
今朝も会ったばかりだというのに何事だ。
『騎士団で何かあったのか?』
「いえ・・・私事で大変恐縮でございますが 先日濃藍の石を贈りました」
『結婚か おめでとう』
「ありがとうございます それに先立ちましてリリエンステットを名乗らせていただくことになりました」
『リリエンステット侯爵 重ねておめでとう 式はいつ頃なのだ?』
「次の五月を予定しております 殿下にもご臨席賜りたく」
『慶んで参列させていただくよ』
「ありがとうございます」
『早朝の鍛錬も終わりにしないといけないな』
「いえ 私は今後もお相手させていただくつもりでございます」
『新婚のものを早朝から引きずり回すような真似をするつもりはないよ』
「・・・はい」
『七年間ありがとう ヴィルホのおかげで成長することができた』
「私のほうこそありがとうございます せめて五月まではお相手させてください」
『うん頼む』
「その後は
我が弟に引き継がせていただいてもよろしいでしょうか」
『それは有難い アレクシーが了承してくれたらそのようにしてほしい』
「あれは間違いなく飛びつくでしょう 明日にでも私が追い出されかねません」
『早朝に毎朝寮から通うのは大変だろう 卒業後で構わないさ』
アレクシーの騎士科と私の本科卒業は同じ年だ。卒業後アレクシーは私の専任騎士へと名乗りを上げるだろう。勿論私も任命するつもりでいる。幼い頃よりのその約束があったから、私は今日まで専任の騎士を一人も置いてこなかった。一番最初に任命するのはアレクシーだ。
「一年以上お相手を務めるものがいないのはよくありません 後任の件は改めて検討させていただいてよろしいでしょうか」
『感謝するよヴィルホ 全てヴィルホに任せる』
「かしこまりました 後日改めてご報告に伺います」
『ようやくヴィルホも身を固めるのだな ヴィルホはいくつになるんだったか』
「姉が同じ学年でございましたので 来年で三十になられるかと」
『えっ・・・オリヴィアはもう三十か』
ヴィルホが辞した後のロニーとの会話で、つい聞いてはならない話まで聞いてしまった気がする。
・・・・・
婚姻年齢が高いと言われるステファンマルクでも三十まで独り身は珍しい。ましてヴィルホは高位貴族も高位貴族、筆頭公爵家の嫡男だ。同じく公爵家嫡男のケヴィン、デニスたちの兄であるデルリオ侯爵には既に娘が誕生している。
ともあれめでたい。明るい話はいくつ来てもいいものだ。
『来年もいい年になりそうだな』
「そうですね 来年もきっと穏やかなよい一年でしょう」
私にとっては次の秋からが学園生として過ごす最後の一年だ。卒業してしまえばロニーの言うような穏やかな年と言うのもこの先暫くはないかもしれない。
ほぼ三年王都を離れるのだ。その前に済ませておかなければならないことを、早めに片付けて行かなければ。
『ロニーにも長く王都を離れさせてしまうからな その前にまとまった時間が必要であれば遠慮なく言ってくれ』
「ありがとうございます 今のところは準備のために半日ほど頂ければ充分でございます」
『ロニー それは休暇とは言わない 一週間でも十日でも構わないからな それ以上は・・・困る』
「嬉しいお言葉でございますね それだけでひと月分の休暇に値致しました」
なかなか休みを取ろうとしない従者にも困ったものだ。
『ロニーに倒れられるわけにはいかないからな・・・』
何気なく言った正直な気持ちだったが、意外とこの言葉が一番響いたらしい。
「健康には自信がございますが レオ様のお気持ち有難く受け取らせて頂きます」
『うん ロニーにはこの先ずっといてもらわなければならないからな 休みはしっかり取ってくれよ』
「かしこまりました レオ様が休暇をお取りの時は私もお休みを頂きます」
・・・まだまだ従者の方が一枚も二枚も上手のようだ。




