[120]
「そうなの?レオ 野外コンサートも聴きに来ていたんだね」
『ああ 聴かせてもらったよ まさかイクセルの独奏が聴けるとは思わなかった』
「そうなんだよ 僕もびっくりしちゃったよ」
学園オーケストラが毎年新体制になって初めてお披露目されるのが、学内向けのクリスマスコンサート、続いて翌日の野外コンサートだ。どちらも同じ曲が披露される。
初日フレッドが担当していた交響曲のチェロソロパートを、野外コンサートで弾いたのはイクセルだった。
『素晴らしかったよ こんなことなら陛下の隣で聴けばよかったと思った』
野外コンサートには専用の席がいくつか用意されているのだ。私にも良い席が与えられているのだが、今年はスイーリやアンナ、アレクシー達と同じ席で鑑賞するため席を辞退していた。その席にいなかったから、イクセルは私が来ていないと思ったのだろう。
「イクセル様のチェロ素晴らしかったです 私もあのオーケストラに加わりたいって強く思いましたわ」
「うん 待っているよアンナちゃん 来年はあの場所で一緒に演奏しようね」
「はい!私頑張ります!」
今年最後の茶会、残念ながら専科に先約のあったフレッドを除いて九人で集まっていた。
「ねえねえ 皆はもうクリスマスマーケットに行ったの?」
練習漬けでここ数ヶ月まともに休みがなかったイクセルが、クレメダンジュを片手に切り出した。
「俺はソフィアと行ってきた」とベンヤミン。
「俺も行ったな」とデニス。
「私も先日見に行きましたわ」とヘルミ。
『私はこれからだ』
「レオまだなの!?・・・あ でもレオはスイーリちゃんと二人で行くよね」
なぜだかしょんぼりとしている。
「イクセル様とご一緒したいというご令嬢ならたくさんいらっしゃいますのに」
「違うよーソフィアちゃん 僕は皆と行きたいの!」
『行こうか』
「いいの?レオ本当?」
『全員で行けるかはわからないが 私はいいぞ スイーリも行ける?』
「ええ ご一緒しましょうイクセル様」
「じゃー俺も行く」
「本当?アレクシー!嬉しいなー」
「俺達も行くよ な?ソフィア」
「ええ ご一緒致しますわ」
「それなら俺も行かないとな」
「デニスー!ありがとう!」
「もちろん私もご一緒致しますわ」
「私もです」
「わー!ありがとうみんなー!僕嬉しい!」
「皆でクリスマスマーケットを回るなんてノシュール以来だな」
「いつにしようか イクセルいつがいい?」
「えっ僕?僕が決めていいの?じゃー二十三日はどうかな?」
皆イクセルを向いて頷いている。
「決まりだな マーケットの入り口で集まればいいか?何時にする?」
スイーリとは二日後に回る約束をしている。例年だと半日かけてじっくり見て回っているが、翌週イクセルともう一度回ることを考えると、今年は早めに切り上げて移動しようか・・・後で相談してみよう。
----------
『おはようスイーリ 晴れてよかった』
「おはようございますレオ様 いいお天気になりましたね」
『スイーリと王都のクリスマスマーケットを回るのは初めてだね 変な気分だ』
「ふふ そうですね 私もレオ様とご一緒するのは少し不思議な気持ちになります」
マーケットへは毎年リカルドとアイリスとして遊びに来ていた。今年も最初はそのつもりでいたが、買い物を済ませた後は八番街で食事を取ることにした為、普段通りの服装で来ることに決めたのだ。
国中が楽しみにしているクリスマスだ。マーケットには貴族も多くやってくる。決して居心地が悪いというわけではないのだ。スイーリと屋台で串焼きを頬張ることができないのが少しだけ残念だけれど。
『さあ行こうか』
「はい!」
スイーリの手を取りゆっくりとマーケットの中を歩く。
決まりごとにはしていないが、毎年小さな置物を見つけては贈りあっている。初めての年はクリスタルの動物、翌年は磁器の人形、去年はあまりの小ささに驚いた木彫りのツリーだった。
「今年も素敵なものが見つかるといいですね」
『そうだね じっくり探そうか』
「はい 探しましょう!」
今年は入り口近くに大きなオーナメントの屋台があった。
『スイーリ 帰りにあの店でオーナメントを選んでもらえる?』
「はい!お任せください 実は毎年楽しみにしているんです」
『それは良かった 私も楽しみにしているんだよ』
いつか今までのオーナメントを全て飾ったツリーを見せてやりたい。それまで大切にしまっておこうと思う。後いくつ増えたら一緒にツリーを飾ることが出来るだろう。
オーナメントの屋台をゆっくりと通り過ぎる。王都のマーケットは毎年抽選で場所が決まる。オーナメントの隣がミトンの店の年もあれば、ジンジャークッキーを売っていることもあるし、今年の様に続けてオーナメントの店が並ぶこともある。
「あっここから別のお店みたいですね」
『大きな店だと思っていたら二軒並んでいたんだな』
流れに従って歩いていると、スイーリが不意に立ち止まった。止まった横を見ると、小ぶりのスノードームが並んでいる。他の店のものとは少し毛色が違って、白を中心にモノトーンや金銀など抑えた色使いが逆に目を引く。
『少し見て行こうか』
「はい!とても綺麗ですね」
「いらっしゃいませ どうぞお手に取ってご覧くださいませ」
スイーリは手前に置いてあった銀色のもみの木が控えめな光を放っているドームを手に取った。
「あら?ねじがついているわ?」
「はいお客様 私どものスノードームは全て土台がオルゴールになっているのでございます」
「まぁ!素敵だわ!」
「どうぞ音もお確かめください 底に曲名が彫ってあります」
『これにしようか』
「はい!レオ様どの曲がいいですか?」
『スイーリの気に入ったもので構わないよ』
ドームの中身も何種類かあるようだ。一つを手に取る。それにはグレーのガラスで出来たヘラジカが一頭入れられていた。
「レオ様はヘラジカになさいますか?」
『うん これにしようかな スイーリはじっくり選ぶといい』
「ありがとうございます もう少しだけお待ちくださいね」
スイーリはもみの木の色で悩んでいるらしい。最初に見た銀色のものと白いものを両手に持って見比べている。
「こちらに決めました 全部真っ白なのも素敵ですね」
ニッコリと笑って白いもみの木のドームを見せてくれた。
『うん いい感じだ』
あっさりと買い物が済んでしまった。早めに切り上げようとは言っていたものの、これで戻るのはあまりに味気ない。
『せっかく来たしツリーの下まで行こうかと思うのだけれど・・・』
「はい!まだ串焼きもいただいていませんし」
えっ?
『スイーリ・・・?私は構わないけれど ドレスで串焼きは・・・その 平気?』
はっとした顔をした顔をしたかと思うと、スイーリは躊躇いがちに言った。
「毎年これも楽しみだったんです はしたないでしょうか・・・」
そんな上目遣いでねだられて断れるものなどいるはずがない。
『よし!串焼きを選びに行こう 鶏がいい?』
「はいっ!ありがとうございます 嬉しいー!」
スイーリが串焼きをそれほど楽しみにしていたとは知らなかった。
串を二本と飲み物を買って移動する。
『スイーリはこれだったね』
温かいりんごジュースにスパイスの入った飲み物を渡す。
「ありがとうございます ショコラショーは来週まで楽しみに残しておこうかと思いまして」
『うん 今年もショコラショーの屋台は多いな 気になる店は見つけた?』
「レオ様それが・・・」
『ん?』
「どれも美味しそうで悩んでしまいそうです」
『はは・・・では一杯協力させてもらうよ 飲み比べよう』
「ありがとうございます!・・・その・・・これも毎・・年 楽しみで・・・」
『ん?飲み比べのこと?』
「はい・・・あの・・・レオ様と交換して飲むことが・・・」
どんどん声が小さくなり、最後には消え入りそうな小声になってしまった。代わりに頬が真っ赤に染まっている。
『しまったな・・・スイーリがこんなに楽しみにしていると知っていたら 今日も飲み比べをするんだった』
スイーリにジュースを買い、自分の分の飲み物はグロッグを買っていた。
慌てたようにぶんぶんと手を振りスイーリが訴える。
「いいえ!今日はこのジュースを沢山飲みたいなーって思っておりましたので はい!飲みますね」
プッ
『スイーリ そんなに慌てたら零してしまうぞ ではこれを飲んだら移動しようか 交換出来なかったお詫びに何か食べさせてやれるものがいいな』
赤い雛鳥のようなスイーリを想像しながら、たまにはこんなクリスマスも悪くないと思った。




