[112]
インクを買ってきたのはいいが、毎日顔を見ることが出来るようになったため手紙を書く機会が減ったことに気がついた。気がつくのが遅すぎるだろう・・・
まあいい、明日手渡ししようと便箋を用意した。今日聞きそびれたことがあったのだ。
真新しいインク瓶の蓋を開けて、ペン先を浸す。
そして今日のスイーリの顔を思い浮かべた。
何年経っても初々しさを失わないスイーリ。すぐに真っ赤に染まる頬を見ているとつい揶揄いたくなる。
今日出かけて良かった。スイーリのおかげでささくれかけていた心が凪いでいく。
どうしてこんなにも制服デートを待ちわびていたのだろうな。何か理由があったはずなのに、それが何だかわからない。でもそんなことはもうどうでもよかった。
スイーリに伝えたことも本音だ。学生同士でいられるのもあと二年、今できること、今しか出来ないことを存分に味わっておきたかった。
手紙は後に残る。スイーリが手紙を残しておくのか、すぐに処分する方なのかはわからないが、なんとなく全て残しているような気がする。だからこそ手紙には後ろ向きなことは書かないようにしようと思う。
《宵蛍》このインクの色だ。そう言えばスイーリと蛍を見たことはまだなかった。来年一緒に見よう。
いつも先の約束をしておきたかった。特に来年のための約束はひとつでも多くしてやりたい。約束をするということが、どこまで先の不安を和らげる力になっているのかはわからない。
これは自分にも言えることだった。心変わりする心配などは全くしていない。だがどうしても抗えない力が働いているような薄気味悪さを感じることはあった。
来年一年を二人で乗り越えさえすれば、その先は自由だと信じている。大丈夫だ、持てるもの全てを使ってでも乗り越えてやるさ。
そんなことを考えながら手紙を書く。
でもな・・・留学のために懸命に勉強しているスイーリの邪魔ばかりするわけにもいかない。ただ会いたいと誘うことは気が引けた。
そうだ、レノーイを紹介しようか。
ペンを置いて早速レノーイの部屋へと向かった。
----------
朝、馬車を降りたところで運よくスイーリと出会った。
『おはよう スイーリ』
「おはようございます レオ様
昨日のインクを早く使いたくてお手紙を書きました それをお渡ししたくて・・・」
ここで会えたのは偶然ではなかったようだ。
『ありがとうスイーリ 実は私も書いてきたんだ』
そう言って手紙を交換する。
「ありがとうございます こんなに早くお返事がいただけるなんて思ってもいませんでした」
嬉しそうに笑って封筒を抱きしめている。
『私も驚いている 嬉しいよ』
『行こうか』
「はい」
並んで校舎へと向かう。常に視線を向けられることにも慣れた。その理由が解った今となっては気にもならない。
教室の前までスイーリを送ると、自分の教室へ向かった。
教室の中はまだ人影もまばらだ。
「おはようございます レオ様」
『おはようビル ビルはいつも早いね』
「朝は集中できるような気がして いつも図書館へ寄ってから来るのです」
『そうだな 私も朝は一日で一番集中できるよ』
席に座り手紙を開く。スイーリの手紙にも、毎日会えるようになったのに便箋とインクを買ってしまったことが書かれていた。そして最後には週末の誘いも。
封筒に戻して鞄の奥へとしまう。それを見ていたらしいベンヤミンが
「おはようレオ なんだ?誰からだよ?」
なんだその顔は?完全に誤解しているだろう。
『おはようベンヤミン スイーリからだ 今朝渡されたんだよ』
「なーんだ それなら納得」
『何が納得だ』
「だってレオ 朝から喜色が溢れ出てたし」
『き・・・
放っといてくれ』
「相変わらず仲いいよな いいことだ」
『なんだ?ベンヤミンたちも上手く行ってるだろう?』
「まあね 仲いいよ 俺たちも」
ベンヤミンとソフィアが喧嘩をしたという話は聞いたことがない。ベンヤミンはソフィアに夢中だからな。年々それが強くなって行ってる気がするが、きっと本人は気がついていないのだろう。
『そうだ話は変わるが 日曜の午後は空いているか?』
「うん?ああ まだ約束はしていない」
『・・・
スイーリに私のメルトルッカ語の教師を紹介する予定なのだが ベンヤミンも来るかと思ってな いやデートがあるなら無理はするな うん来なくていい』
「行くよ!行く行く!絶対行く!」
『いいんだぞ 無理はしなくても』
「もーなんだよ仕返しのつもりか?行きたいです!呼んでください」
『わかった でも来るのは夕方で構わないよ 日中はレノーイも用事があるらしいんだ』
「うん ありがとう じゃー昼間はソフィアの買い物に付き合ってくるわ」
 




