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学園生活の二年目が始まった。進級したとてさしたる変化はない。強いて言うならクラヴァットの色が変わったくらいだ。それともう一つ・・・
「レオ様 お待たせしてすみません」
『いや こちらは座学だったからね 急がないでいいんだよ』
一年の間は午後の最終が実技と決まっていたが、二年生だけは反対なのだ。午後一番の授業が実技で最終が座学。なので授業を受けてそのまま私とベンヤミン、そしてヘルミは食堂へと来ていた。今やってきたのはスイーリとソフィアにイクセル。放課後に食堂で大集合している理由はメルトルッカ語勉強だ。
「ヘルミとソフィアは授業を受けているからわかるけどさ イクセルは何で毎回来るんだ?」
「うわー ベンヤミンはなんでそんなに冷たいんだよー 僕だって皆と一緒にいたいのに」
「だってイクセルが取ってるのホベック語だろう?」
「いいんだよー 僕もここにいたいの デニスも来ればいいのにねー」
「あー・・・
デニス兄は・・・忙しそうだからさ」
先日ベンヤミンからちらと聞いたが、知らないふりをする。きっと誰かが聞くだろう。
「三年生ともなるとお忙しいのですね お帰りも遅いのかしら」
「あ ああー違うんだスイーリ うん帰りは確かに遅いこともあるんだけれど・・・その・・・
恋人ができたみたい」
「「「まあ!」」」
久しぶりに令嬢三人の声が揃った。
「直接デニス兄から聞いたわけではないんだけどさ 多分そうだと思う」
「僕見たよ」
「えっ?!見た?」
予想外のイクセルの言葉にベンヤミンは裏返った素っ頓狂な声を上げた。
「うん いつだったかなぁー オリーブ色の髪の子だよね?帰りに偶然見かけたんだー」
「そ そうなんだ・・・オリーブ・・・」
どうやらベンヤミンには初耳だったようだ。
「それよりさ 始めようよ」
脱線のきっかけだったはずのイクセルに諭されてしまったので、勉強を始めることにした。
ベンヤミンとスイーリは週に二回家庭教師に授業を受けている。それでも、特にベンヤミンは不安なのだろう。こうして放課後に集まって勉強をすることになったのだ。
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『最近放課後の食堂で勉強するものが増えたな』
教室でもよかったのだが、スイーリ達が来にくいだろうと思い食堂で始めたのだ。私達が毎回使っている場所は不思議といつも空いているのだが、そこを中心に席が埋まるようになり、最近では食堂の半分近くが自習する生徒で占められているように思う。
「スイーリ様 ソフィア様~~~」
なにやらヘルミが二人とこそこそ話している。こんな時次に話し出すものは決まっている。
「なになにー?聞いてはいけない話?」
聞 か せ て !と顔に書いてあるのは勿論イクセル。
「俺が教えてやろうか」
ベンヤミンは当然と言った自信たっぷりな顔を浮かべた。
「凄いや ベンヤミンにはわかるの?」
「まあな 一年も過ぎれば当然わかるよなヘルミ」
「ええ ベンヤミン様」
『何の話だ?』
「これだよイクセル」
ベンヤミンが相変わらず自信満々の表情で告げる。
「どれだよーわかんないよ」
「ですからレオ様は そろそろご自覚なさった方がよろしいかと」
『え?』
「そうだよいい加減気づけよ レオがここで勉強するようになったから人が集まってるの」
「ベンヤミン様 正しいですが少し不足しておりますわ」
「不足?」
「これも何度も申し上げているはずですが・・・
レオ様とベンヤミン様 そして今年からはイクセル様もいらっしゃいますから お三方の揃う姿を拝見するために集まっているのですわ」
「俺も?」「僕も?」
二人が同時に声を上げる。
「ヘルミ様のご苦労がよくわかりましたわ」
ソフィアが感心したような声を漏らした。
「一年間大変ご苦労されたのですね」
スイーリまでが同情している。
「ありがとうございます お二人がご入学されて私もようやく肩の荷が半分下りた気がしますわ」
「問題児扱い・・・」
がっくりと肩を落として項垂れたベンヤミン。
それを見ていて突然腑に落ちた。
今まで私がこの国の王子だから近づきたいと思われるのだと思っていた。そうではなかったのだな。ここがゲームの世界で私が攻略対象の筆頭だからだ。おそらく他の対象にこの二人も入っているのだろう。どこまで行ってもゲームの中の歯車のひとつ、足掻いてみせたところで一片のピースに過ぎないのだと言われているような気がした。
(くそ・・・面白くない)
『ありがとうヘルミ ようやくわかった 私がひとつ行動する度に注目される理由が それはどうすることもできないのだな 諦めて受け入れるしかないということなのだな』
「レ レオ様?!」
「レオ 何もそこまで思いつめなくても」
『いや思いつめてはいない やっと理解できたというだけだ さあこの話は終わりにして勉強にとりかかろう』
「う うん・・・」
「僕はまだちょっとよくわからないけれど・・・」
『受け入れろイクセル 考えても無駄だ』
「そ そうなんだね・・・わかったよ」
『ヘルミたちにも迷惑をかけてすまない だが場所を変えたところで同じことの繰り返しだ 次からもここで構わないか?』
「は はい!勿論構いませんわ」
「どうしたんだレオ いきなり開き直ったな」
『さっきも言っただろう ようやく状況が飲み込めた それだけのことだ』
《諦めは心の養生》
「え?それは何?」
『メルトルッカの言葉だ《諦めは心の養生》失敗はさっさと忘れるのが身のためだ という意味だ』
〈〈〈諦めは心の・・・?〉〉〉
『《養生》だ』
「不思議な言葉ですね」
〈諦めは心のようじょう〉
『うん』
《不撓不屈 衣帯不解》
〈ふ ふと・・・〉
『《不撓不屈》これは決して諦めない 絶対にだって意味』
〈〈ふとーふくつ〉〉
『うん そう もうひとつは《衣帯不解》ひとつのことだけに集中するってこと 着替えすらもせず働き続けるということだ』
〈いたいふかい・・・〉
「レオ どうして今それが出てきたんだ?」
「レオ何始める気?怖いよ」
『さあな 急に思い出しただけだよ』




