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「レオ様 ダールイベック邸より至急の使者が参りました」


自室で資料を見ていたところに急な知らせが入った。

『ダールイベック?すぐ通して』

何があった?ダールイベック家に関わることなら私ではなく陛下のところへ行くはずだ。悪い知らせではない。そう心を落ち着かせる。


使者が一歩入るなり深く頭を下げる。

「王子殿下にご挨拶申し上げます」


『用件を聞こう』

「はっ!アレクシー様以下お二方 至急御目通りのご許可を賜りたいとのことでございます」

『わかった すぐ来て構わないと伝えて』

「かしこまりました 失礼いたします」



『こんなこと今までなかったな 何があったんだ・・・後二人連れてくるとも言ってたな 誰だ?』

ロニーは一瞬何か言いたげな表情を見せたが、すぐにそれを消しいつものように淡々とした顔を作り直した。

「どちらでお会いになられますか?」

『そうだな・・・ここで構わない』

「かしこまりました 出迎えて参ります」

使者が戻ったのはつい今しがただ。そうすぐには来ないだろう。


と思っていたが、半時間もかからずして到着したようだ。

「レオ様 お見えになりました」

『ああ アレクシーどうした?

 ベンヤミンとスイーリも一緒だったのか 入って』


目が合うなりアレクシーが息を呑んだ気配がした。ベンヤミンも目を瞠ったかと思えば視線を泳がせている。

「突然済まなかったなレオ ここレオの部屋?」

『そうだ 重要な話でもあるのかと思ったからここにした』

「・・・」



長椅子を勧める。スイーリとベンヤミンが少し離れて長椅子に座り、アレクシーは一人掛けの椅子に腰を下ろした。

茶の支度をしていた侍女たちが出ていき、ロニーがそれぞれのカップに茶を注ぐ。

注ぎ終えて出ていこうとしていたロニーをアレクシーが引き留めた。

「ロニーもここにいてくれないか」


二人が私を見る。頷くと「かしこまりました」と私の斜め後ろ、アレクシーから顔が見える位置にロニーは控えた。


急いで駆け付けたわりに何も話そうとしないアレクシー。

『どうした?珍しい組み合わせだな メルトルッカの話か?』

それでも何も言い出さない。なんだ?特に用と言うわけではなかったのか・・・?!




茶を一口飲み、ようやくアレクシーが口を開いた。

「レオ 何があったんだ」



『・・・・・』何故アレクシーが。


「寝ていないのか?その顔では誰だって異変に気がつくぞ


 レオ 俺達では足りないか?助けになりたいんだ」




「視察に行った日の夜に一体何があったんだ 頼む 話してほしい」




いいのだろうか・・・差し出された手を掴んでも。許されるのだろうか。この世界の異物である私が。


ああ、心配している目だ。こちらを見ている六つの瞳。全て心から私のことを心配しているとわかる。きっとロニーも同じ目をしているのだろう。




『おかしな話だ・・・くだらないと思うかもしれない』

「おかしくもくだらなくもないさ レオがこれだけ苦しんでいるんだろう 俺達にも重要な話なんだ わかってくれ

話してくれ・・・お願いだ」



『・・・



 ・・・・・

 これは視察とは関係ない その少し前に気がついたことだ』


「うん 聞かせてくれ」



『とても重要な

 私を形作っていたはずの記憶が・・・すっぽり抜け落ちていた


 そのことに気がついたのは今年の夏・・・つい最近だ


 何故思い出せないのかも 忘れたものが何だったのかもわからない

 でも決して忘れてはいけないことだったんだ


 おかしいだろう?何も覚えていないのにそれが大切だったことだけはわかるんだ

 凄く・・・


 凄く不安で恐ろしい』





長い沈黙が続く。

やはり話すべきではなかった。昨日縋るようにスイーリに話してしまったことをあれだけ後悔したというのに、また同じことを繰り返してしまった・・・



「今さ」

アレクシーがぽつりと話し始めた。

「俺にとって重要で 忘れてはいけないことって何かなって考えてた」



「初めて剣を握った日のことは憶えている とても緊張したし嬉しかった 誇らしかったんだろうな」


「スイーリが生まれた日も憶えているな 凄く小さくて俺が守ってやるんだって思った 俺もまだ小さかったのにさ」


「レオと初めて会った日のことも憶えている 二つ下だと聞いていたのに俺より背が高くてさ―」

ベンヤミンも頷いている。

『ああ 憶えている 殿下は背が高いのですね 俺が小さいのかな  確かそう言った』

「そうだよ ちゃんと俺の大事なことは憶えているんじゃないか」

『当たり前だ 全てなくしたわけではない ほとんどのことはちゃんと憶えているさ』


「それって俺と何が違う?」

『えっ』

「俺だって何もかも憶えているわけじゃない 大切なことも大切だと気がつかないまま忘れてるかもしれない それって誰にだってあることだろう?」




「レオがそこまで悩むほどの記憶だ 俺が軽率に言えることではないのはわかる でもさ それが今のレオに必要なものだとしたら忘れはしなかったはずだ 以前は重要だったかもしれない だけど今のレオにはそれ以上に大切なことがたくさんあるって そう考えてもらうことはできないか」


何も言えなくなった。アレクシーの言う通りだったからだ。

少しずつ前世の記憶が薄れていたことに気がついていながら、気にも留めていなかった。いつ完全に消えたのかもわからない。その程度のことだったのか。失ったと気がついたから慌てているだけで、本当は大切でもなんでもなかったのか・・・



前世の私が何者だったかなど、今の私には全く関係がない。犯罪者ではなかった、胸を張って生きてもいい人間だと信じることさえできればそれで充分だ。

前世の記憶よりも大切なこと・・・そうだ当然だ。今の私には大切なものがたくさんある。

いいのだろうか。ベンヤミンが言ったように前世のことはきっぱりと忘れて、この世界で生きて行っても。ここだけが私の生きる場所で、この世界に必要とされている。そう思っても・・・いいだろうか。



「レオを形作っていた大切なものだと言ったよな それって完全にレオの一部になったから わざわざ切り離して記憶しておく必要なくなったんじゃないのかな」

ベンヤミンの発想はいつも独特だ。思いもよらぬ方向から私の欲しい言葉を与えてくれる。


「だってさ レオ何も変わってないじゃないか そりゃ今はちょっとめそめそしてるけどさ ずっと俺達が知ってるレオのままだよ あ!成長してないって意味じゃないぞ」


『・・・酷い言われようだな でも



 その通りなんだろうな きっと・・・』


ささくれ立って塞がれていた心の中が、少しずつ剥がれ落ちて行くような気がした。



「どうやらもう大丈夫そうだな」

アレクシーが背もたれに背を預け、すっかり冷めてしまった茶を飲み干した。

「来た時とは全然顔色が違うよ 良かった」


『心配をかけて済まなかった』

「いいんだよレオ 俺達が心配したいんだ だけどな もし・・・もしもまた何かに悩んだときは ここまで拗らせる前に打ち明けてほしい 俺達に言いにくければ妹にだけでもさ」


スイーリはここへ来てから一言も言葉を発していない。

『スイーリありがとう スイーリと二人のおかげだ』

「いえ・・・私は何もできませんでした」

『スイーリが二人を連れて来てくれたのだろう?ありがとう 心配かけてごめん もうあんな情けない姿を見せたりはしないよ』


「情けなくなど・・・そんなことありませんレオ様」

『ありがとう

 昨日スイーリが言ってくれた言葉も嬉しかった もう安心して


 いや安心してもらえるようしっかり立ち直ってみせるよ』



そこでアレクシーは、両手で自分の膝をポンと叩くと静かに立ち上がった。

「それじゃ俺達は帰るとするよ レオ!まずはゆっくりと休め」

『わかった そうする』

「レオ様 失礼いたします お手紙書きますね」


『スイーリ ベンヤミンもありがとう』

「おう・・・じゃー次は新学期 かな」

『そうだな また学園で会おう』

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