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「アレクシー兄様 お話しがあるのですが」

王宮から戻った私は、そのまま兄様のお部屋を訪ねました。

「おう お帰り 楽しかったか?入れよ」


兄様のお部屋で二人きりで向かい合います。

「レオは元気にしていたか?って聞く必要もないか あいつは常に元気だからな」

兄様の軽口に返答することなく用件を伝えます。


「兄様 お願いがあるのです ベンヤミン様とお会いしたいのですが同席していただけないでしょうか」

何かを察したのでしょう、理由を尋ねられることもありません。

「わかった 今から手紙を送る 明日どちらかの邸で構わないか」

「ありがとうございます はいお願い致します」

「戻ったらすぐ知らせるよ まずは着替えてくるといい」

「はい そう致します」


お部屋に戻り着替えを済ませました。

ノートを取り出し一度開きましたが、それを閉じて元の場所へ戻します。


机の上にはレオ様から頂いたバードフィーダーと可愛い木彫りの小鳥。

お忙しい視察の合間にお土産を探してきてくださったのです。

赤い屋根のついた小さな可愛らしいバードフィーダーと、それにぴったりな小鳥です。これはレオ様が視察先で見かけた野鳥なのだそうです。手のひらにすっぽりと収まるほど小さな鳥で、本物の様に精巧に作られているとおっしゃっていました。いつかこのバードフィーダーにも遊びに来てくれるかしら。明日にでも庭に吊るしましょう。




あれからもう一度ベリーを摘みました。私が籠を落としてしまったのです。レオ様と二人でラズベリーを籠いっぱいに摘んでお城へ戻りました。


カールさんは私たちの帰りを待ちわびていたそうで、レオ様がバスケットごとベリーをお渡しになると大喜びで厨房へと消えていきました。


その後はパイが焼けるまでお庭で過ごすことになりました。



森での出来事などなかったように振舞うレオ様が痛々しくて、代わりに私が泣いてしまいそうでした。

お城には多くの方が仕えていて、レオ様の周りにもいつもたくさんの方がお仕えしています。でもその中にレオ様のお心に寄り添える方はどのくらいいるのかしら。

ご両親であられる国王陛下と王妃殿下さえ、きっとレオ様の本当のお気持ちはご存じないのでしょう。



『座ろうか』

花壇の前に置かれたベンチに並んで座ります。


しばらくそうして花を眺めていました。



『忘れて』

花壇を見つめたままぽつりと呟かれました。


『スイーリはとても記憶力がいい だから忘れることはないだろうけれど


 それでも忘れてほしい

 酷く後悔しているんだ


 一番見せてはいけなかったのに・・・


 スイーリにだけは見せたくなかった』



「はい!綺麗に忘れますね」とお答えすればよいのでしょうか。そうお答えすれば、きっと目の前のレオ様は笑ってくださるでしょう。でもレオ様に嘘はつきたくありません。それにレオ様も私が忘れることはないとわかったうえでお話しになっているのです。


「忘れなくてはいけませんか」



「大好きな

 とても大切なレオ様の心を少しでもお守りしたい そう思ってはいけませんか」


『スイーリの重荷になるようなことは言うべきではなかったんだ

 自分でけりをつけなければならないことだとわかっているんだ それなのに・・・

 

 済まないスイーリ』




----------

翌日ベンヤミン様がお見えになりました。

「おはようアレクシー スイーリも一緒だったんだな」

「急で悪かったなベンヤミン」

「おはようございます ベンヤミン様 お越しいただきありがとうございます」

「どうした?ただ俺と茶が飲みたいってわけではないんだろう?」

「ああ 用事があるのは妹だ 俺もまだ何も聞いていない」


お茶の用意が済んだらカリーナたちには退出してもらいました。

「ベンヤミン様 レオ様に何があったのかご存じでしたら教えてはいただけませんか」

核心から質問しました。ベンヤミン様と兄様の顔色が変わります。


「なんで・・・?あ ごめん質問で返したわけではないんだ

 レオのやつまだ・・・ちょっとだけ待って」

ベンヤミン様も少しだけ混乱しているのでしょうか、お話しになるのを待ちます。


「ドゥクティグ卿のところへ視察に行ってさ 初日はいつもと全く変わりなかったんだ 何ヵ所か視察に回って晩餐で卿の家族も紹介されてさ おかしな様子は全くなかったと思う・・・


 なのに翌朝は明らかに変だったんだ

 珍しく朝食に遅れてきてさ・・・

 レオっていつも来るの早いだろう 王宮で一緒に勉強していた頃からレオはいつだって先に来て俺達を待ってた だから珍しいなと思って待ってたんだけど・・・」

そこでベンヤミン様は口を噤んでしまいました。


「どう変だったんだ」

兄様が代わりに聞いてくださいます。

「真っ青でさ・・・

 いや真っ青と言うよりも生気がないって言った方が正しいかな なのに口調はいつもと変わらないんだ すごくちぐはぐで壊れちまったのかと怖くなった」


「一晩でか 夜に何かあったのか?ベンヤミンは一緒にいなかったのか?」

「晩餐の後は部屋に戻った レオもその後は出歩いていないはずだ 朝は五時から庭で鍛錬していたと聞いたけど それだってレオにしたら珍しいことではないだろう?」

 

「・・・そうだな」


「ここから先は俺の予想も混ざるけれど」と前置きをされて、ベンヤミン様は続けられました。

「タチの悪い本でも読んだのではないかと思ってる 東の国の宗教学のようなことを話していた」


「宗教学?!」

兄様が少し驚いた声を上げました。ええ私も驚いています。

「レオがそんなものの影響なんて受けるか?」

「俺だって信じられなかったさ でもあの時のレオは明らかに変だったんだ

 ・・・そうだ スイーリ!スイーリは何故俺に聞こうと思ったんだ?スイーリも何か気がついたからじゃないのか?」


次は私がお話しする番です。でもすべてをお話しするつもりはありません。レオ様は私に話したことを後悔なさっているのです。それを兄様達に話すわけにはいかないわ。


「私は昨日王宮でレオ様とお会いしたのですが


 ・・・上手く話せるかわかりませんが 最後まで聞いてください」

「わかった ゆっくりでいいから話してほしい」

「そうだ 慌てなくていいぞ」


「全てはお話しくださいませんでしたが ご自身の何もかもが信じられなくなったとおっしゃって・・・

 私とても驚いてしまって あのようなレオ様は初めてで 思わずレオ様らしくないと考えてしまって


 その時気がついたんです レオ様らしさってなんだろうと・・・そうやって私がレオ様を追い詰めていたのではないかと思いました レオ様はいつも迷いがなくお強くて 私レオ様に頼ってばかりで・・・

 レオ様にも弱音を吐きたい時があって当然なのに そのことに昨日まで気がつけなかった」


「俺も言った」

「何を言ったんだベンヤミン」


「レオが急に変なこと話し出すからさ レオらしくないって言った

 あの時は 目が覚めたって言ってたから俺安心したのに・・・」

「いや・・・俺だってその場にいたら同じこと言っただろうさ」

兄様の言うことは尤もです。ベンヤミン様を責めることが出来る人などいません。


「その後はさ 元気になったように見えたんだ 町を散策して 昼はレオもちゃんと食べてた 土産を選びに行ったりもしてさ もしかしたらいつもより静かだったかもしれないけど レオは元々はしゃいだりする方じゃないからな 俺には普通に見えてた


 でも・・・全然普通じゃなかったんだな」



「私 お救いしたいんです

 救うなんて大それているかもしれませんが このままレオ様をお一人にしておいたらいけない気がするんです レオ様はご自身でけりをつけなくてはならないとおっしゃっていました でもそれをただ待ってはいられません 待っていたらダメなんです」


「わかった 考えようスイーリ」

「ああ 俺達がレオを取り戻してやらないとな 本当のレオらしさをさ」


「スイーリ お前の言う通りだ 俺達が知らないうちにレオのあるべき姿みたいなものを作り上げてたんだ それをあいつに押し付けていたんだな・・・

 俺も今まで弱音なんてレオが見せるわけないと思い込んでた 俺はあいつにぶちまけたことあるのに」

言い終わるか終わらないうちに兄様が立ち上がりました。


「今から行こう 少し待っててくれ レオに連絡する」

レオ様への連絡を指示する為兄様が出て行かれました。すぐに戻って来られて私達と共に座り直します。

「まずは俺が話す 二人は一度直接レオと話をしているからな」

「わかった 頼むよアレクシー」

「兄様 お願いいたします」


「いざとなったら張り倒してでも取り戻してやるさ」

「・・・出来るのか?」

「ああ 非礼だ不敬だなどと気にしてる時ではないだろう」

「いや・・・

 返り討ちに遭うんじゃないかと思ってさ・・・」


「・・・手を貸せ ベンヤミン」

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