6. 倫也 (里芋の煮物とつくね汁とおにぎり) ★★◎
挿絵、料理写真挿入(2022/2/8)
挿絵一枚目は使いまわしでスミマセン。
卯月倫也(30)
売れない小説家。
コンビニでバイトしながら、を小説を書いている。
初めて書いた小説が新人賞をとり、編集者もついているが、その後あまりパッとせず、短編がたまにアンソロジーにのったり、他の小説家が開けた穴埋めに呼ばれたりする程度の、泣かず飛ばずの状態だ。
一応この町から出た著名人ということで 近所の人からは“先生”と呼ばれていたりする。
(先生なんてガラじゃないのにな)
人づきあいがあまり得意じゃない。
親しくしているのはこのアパートの管理人のおトキと、編集者の松野くらいだ。
それよりは好きな本の中に没頭していたい。
一日中本を読んで過ごしていられれば幸せだ。
倫也はタバコとおにぎり、ドッグフードをコンビニ袋にさげ、家へと向かう。
ドッグフードは 最近飼いはじめた犬のためだ。
流れ星の降った夜に 倫也の部屋に迷いこんだ犬
動物は好きだ。
子供の頃に犬を飼っていた。
両親は忙しく、夕方にならないとかえってこない いわゆる『鍵っ子』で、倫也は部屋にこもって本ばかり読んでいた。
そんな倫也に、外に出るようになればと、母が知り合いからもらってきたのだ。
散歩に行くのが倫也の日課になった。
相変わらず本ばかり読んでいたが、主人の気持ちを知ってか知らずか、倫也にそっと寄り添うような賢い子だった。
公園で遊ばせている間に本を読み、時間を忘れる倫也に“帰ろう”と 呼びに来てくれる。
学校から帰ると、いつも玄関に待っててくれる。
一緒に寝ると、その温もりは、倫也に安心をくれた。
だからあの日、流れ星の落ちた日に 犬を見つけた時、なんだか懐かしい暖かなものがわいてきて、そのまま飼うことにしたのだ。
ふわふわと柔らかなぬくもりに、懐かしいケモノ臭さ。
自分以外の存在の安心感。
暖を求めて倫也にすり寄ってきて可愛いく思える。
倫也はその日、久しぶりに 熟睡出来た。
“チャリッ”
玄関のドアをあける。
鍵の音が聞こえたのか、待っていたのか、ドアを開けると飼い犬『マイ』が ちょこんと倫也を見上げて出迎えてくれた。
「ただいま」
『ただいま』なんて久しぶりに発したなと思う。
“キャン”
『おかえり』、そう返事をするかのように答えるマイ。
倫也はマイの頭をひと撫ですると、ドッグフードを与えるためにキッチンへと入った。
すると――
(あれ?)
コンロには鍋がかかっていて、煮物と汁物が用意してあり、その脇には、、
(おにぎり?)
ぼよんと梅干しの埋まったおにぎりが大迫力で鎮座している
(???)
一体、誰が……
(おトキさんかな)
昼間、おトキとマイがコンビニを覗いているのを見かけた。
倫也のかわりにおトキが散歩に連れていってくれたのだろう。
おトキなら管理人だから、鍵は持ってる。
もしかしたらマイが部屋で鳴いていて、様子を見に来てくれたのかもしれない。
おトキには 世話になっているから、荷物運びや電球交換なんかをたまにやるが、その時にご飯をご馳走になることもあったし……
倫也はドッグフードを小皿に入れ、マイに置いてやると、おトキが作ったであろう夕食をありがたく頂戴した。
「いただきます」
まずは煮物に手をつける。
里芋とさつま揚げといんげんの彩りが美しい。
さつま揚げは冷蔵庫にあったし、いんげんは実家から送られてきて冷凍庫にずいぶん前からあった(←使う気なし)
“はむ、もぐっ”
ほっくり、ねっとり、里芋。
知ってる味、おトキのあじつけだ。
(うまいな)
ほんのり甘く、柔らかな舌触り。
里芋はが味が染みすぎてなく、中心部は里芋本来の味がする。
口の中に絡み、のど元をとおり、まったりとした幸せが胃の中に落ちて行く。
さつま揚げからダシがしみでているのがまたいい。
いんげんは彩りだけじゃなく、いい意味で青臭く、歯応えもあり、それがアクセントになっている。
コンビニ弁当に入っている煮物とは違う、家庭の味。
次に倫也は 汁物に手を伸ばす。
手でにぎったのがわかる、ごろんと不格好な鳥肉団子が入っている。
“ズズ、、”
あったかい。
柔らかなダシの中に鳥の旨み、ネギの甘み。
(おトキさんの庭のネギかな)
太いネギはトロリと甘く、青いとこまで入ってる。
そして、鳥つくねは、、
“ホロッ”
少しゆるめで、箸ですぐに崩れた。
ひとくちの大きさのつくねを 口に入れる。
“ふわん、ほろっ、、”
(!!)
口の中でほろり、ほどける。
ふわふわなのに、噛むと鶏肉のつぶが むぎゅっと歯を押し返し、肉らしい噛みごたえと共に味が広がった。
やさしい、なのに、力強い。
「うまっ!」
思わず声が出る。
そして、笑みが出る。
箸が止まらず、倫也は二杯目をよそい、さらに口にする。
“はふっ、ごくん”
体があたたまり、力もわいてくる。
“はぁ~”
一気に二杯食べてしまって、顔をあげると、飼い犬のマイと目があった。
心なしか、機嫌良さげに見える。
(ドッグフード、食わないな……)
昼間おトキに何かもらったのかもしれない。
倫也は食卓に目を戻す。
おにぎり。
(何で、おにぎり?)
大きめのおにぎりに、大粒の梅干し。
梅干しも実家から送られてきたもので、担当編集者の『松野』がたまに差し入れ持って来た時に、うちで焼酎飲む時に出すぐらいだった。
松野は 大学の同期で、文学サークルの仲間だった。
倫也の作品を評価してくれている。
倫也が今も一応小説家としていられるのは、松野の後押しがあるからだ。
倫也はおにぎりを頬張る。
“あむ、、”
炊きたてご飯のおにぎりは、つぶが立ち、つややかで、米粒がしまっていた。
それは炊けたご飯にひと手間くわえてあるから。
ご飯は、炊きあがってそのままにしておくと、べちゃっとしてしまうだけでなく、上のご飯の重みで下のご飯がつぶれてしまう。
炊飯後は、10分程蒸らして、米の芯まで熱を入れたら、釜の縁をぐるりとしゃもじで一周し、釜から剥がしたら、真ん中に十字の切れ目を入れ、一画ずつ、そっと底にしゃもじを入れてほぐすのがいい。
素早く、一粒一粒に空気を当てる様にし、余分な水分をとばす『飯切り』だ。
『飯切り』をすると、余計な水分がとぶだけでなく、温度が下がることで 米の表面のデンプンがキュッと締まり、「照り・粘性・弾性」が引き出され食感が良くなるのです(←おトキより伝授)
『おひつ』に入れたごはんが美味しいのは、素材の木が 自然と水分、保湿調節をしてくれるからなんですね。
それと、やっぱり人の手で握られたおにぎりはおいしい。
何故だかわからないが、おいしいのだ。
(おトキさんにお礼言わないとな)
おにぎりを頬張り、顔をあげると、飼い犬のマイがトコトコと玄関の方に向かう。
(?)
また何か、おトキにあったのだろうか?
マイは玄関の手前のドアの前まで行くと、ぴょいっ、とドアノブまで飛び、くるり、器用に回して見せた。
“カチャリ”
開いたドアの隙間から 中に入る。
(……)
マイがドアの向こうに消え、暫くすると、“ジャーッ”という水音がして――
“カチャリ”
何事もなかったかのようにドアから出てきた。
(……トイレ)
マイは呆気にとられる倫也をよそに、トコトコっとクッションのそばまで行くと、置いてあるテレビのリモコンを踏み、電源を入れた。
“ピッ”
テレビの画面に お笑いタレントが映し出される。
クッションに座って、ドッグフードを片手にそれをお菓子のようにポリポリとつまみながら、画面はテレビにくぎづけだった。
背中を丸め、腹を出し、
腹の上にドッグフードを乗せ、手で支え、
脚と尻尾を前に投げ出し超リラックス。
「ぷっ///」
思わず吹き出してしまった倫也をマイが見上げる。
その堂々たる格好と言ったら、、
(オヤジ!?)
腹丸出し、ででんと脚を投げ出して座る姿はオヤジそのもの。
「あは///あはははは!」
倫也は久しぶりに声を出して笑った。
◇◆◇
次の日、倫也はバイトに行く前に昨日マイを散歩につれていってくれた礼を言いにおトキの部屋を訪ねた。
「あら、私の方がお礼言いたいくらいだわ、楽しかったもの。また連れ出していいかしら?」
「はい、助かります。それと、食事、ありがとうございました、美味しかったです」
「食事?」
夕飯の礼をいうと、おトキは自分じゃないという。
じゃあ、一体、誰が……?