最終話
「もしかして、、神、、か?」
リコは光の中の人物に呼びかける。
それは、リコをこの世界に送り込んだ、神だった。
【合格だよ、リコ。君は心から人のしあわせを願うことができた。約束通り、もとの世界に戻してあげよう】
「えっ!!」
リコは戸惑う。
そうだ、リコが現世に来た目的は、人を幸せにし、閉じこめられた甕の封印を解いて、外に出る事だった。
剣と魔法と魔物の織り成す、もとの世界に戻り、自由に生きるために。
だけど……
「神よ、ワシはここにいては、いかんのか?」
封印された甕の中は別段不自由はなかった。
それでもリコが外に出たかったのは、寂しさからだった。
一人がどんなに辛いか、思い知ったからだった。
その孤独から救ってくれたのは 倫也だった。
手を差し伸べてくれたのは、この世界の、、この街の住人だった。
【ここに、いたいの?】
神の問いに、リコは切なる思いで頷く。
【リコ、君の気持ちはわかるよ、人に対するその愛は素晴らしい】
「じゃあ!」
【だけど、、だけどね】
喜びかけたリコに、神がブレーキをかける。
【人の世で、タヌキは長くても10年しか生きられない】
「構わぬ!10年でも構わぬ!」
たとえ10年であろうと、倫也のそばにいたい。
何千年と倫也のいない月日を過ごすことは、苦しみしかない。
そんな哀しみをいだいて永き時を生きるくらいなら、短くても、満ち足りた人生を送りたい。
倫也の隣で――
好きな人の腕の中で最後を迎えられるなら、それは幸せな事ではないか?
しかし、すがりつくリコに対し、神は首を横に振った。
【君の願いは叶えてあげたい。だけど、神は命を奪うような事は出来ないんだよ】
「そんな……」
何千年と残っている命を10年とすることは、命を奪うことになると神は言う。
はじめて見つけた居場所なのに、それはリコの現実ではなかった。
交わることのなかった世界。
知るはずもなかった景色。
倫也の声も、息づかい、温もりも、
確かに存在するのに、リコの手には届かない。
それは、リコにとって、幻でしかなかったのだ。
【ごめんね、リコ】
「うっ、、ううっ、、」
リコの目から涙が溢れる。
恋しくて、切なくて、苦しくて、、
いっそ死んでしまった方がマシだと思えた。
人魚の姫が海の泡になったように、自分もこの世界で塵となり、風にしてくれたらいいのに。
そうすれば、倫也の姿は見えずとも、その姿を見ることは出来る。
倫也の髪をなで、耳にささやくことが出来る。
しかし、神はそれを良しとはしないのだ。
【帰ろう、リコ、君の世界へ】
突然現れた別れの瞬間。
「待ってくれ、少しだけ、、少しだけ時間をくれ」
【長引かせても辛くなるだけだよ?】
「お別れをする時間くらいくれても良いじゃろ!」
【……そうだね】
神はリコに一時間だけ時間をくれた。
ベッドに眠るトモヤを覗き込むリコ。
「トモヤ……」
ありがとう
ありがとう
ありがとう
その唇に そっと口づける。
さようなら、大好きな人。
次はきっと、普通の女の子になって 逢いに来るからね。
その時は、ずっと、一緒にいてね。
さようなら
さようなら
さようなら
リコのココロを動かした 初めての恋。
リコは 倫也の懐にもぐりこむと、倫也の胸に すりっ、と甘える。
目を閉じて――
倫也温もり
倫也の鼓動
倫也の匂い
倫也の安らかな息づかい
倫也の面影を記憶に刻みながら
リコはもとの世界へと消えていった。
◇
“ガチャリ”
「なんだ、いるじゃないの」
お昼過ぎ、松野は 倫也のアパートのドアを開け、佇む倫也を見つけた。
今日は倫也のバイトは休みで、昼から打ち合わせの予定で来たのだ。
「何回呼んでも返事はないし、ドアは開いてるし、、どうしたの?」
「ん?ああ……」
気の抜けたような倫也の返事。
覇気がないのはいつもの事だが、更に元気がないように見える。
「あれ?マイちゃんは?管理人さんと散歩?」
「……帰ったよ」
「帰った?どこに??」
「……山、なのかな」
「やまぁ?」
「狸だしね」
「……」
「なんだよ」
「……散々『犬』って言い張ってたくせに」
松野の言葉に倫也が少し寂しそうに笑う。
「だって、飼えないだろ、『狸』だったら」
“鳥獣保護管理法”
今の日本では、法律で定められていて、狸を家で飼うことはできない。
倫也はわかった上でおトキを丸め込み、おトキの地主という見えない圧力をもって、街の人を抱き込んだのだ。
「呆れた。あなたがタヌキだわ。街の人たちを化かして」
「違うよ。街の人達が化かされてくれたんだよ」
マイが来てから、倫也は街の人に声をかけられるようになった。
小学生くらいの子供に――
「マイ、元気?」
八百屋の主人に――
「良い栗が入ったんたが、先生、マイはつれてこねーのかい?」
肉屋のおばさん――
「これ、マイちゃんに、新作コロッケ。カボコロちゃんよ♪玉ねぎ入ってないから」
子供づれのお母さんに――
「今度あらためてマイちゃんに御礼させてくださいね」
倫也があまり話したこともない、知らないご近所さん達。
おトキの口添えがあったにせよ、マイは自らこの街に溶け込み、街の人もまた、マイを好んで受け入れたのだ。
そして、常に受け身の倫也の世界も 少し広くなった。
「どこかで迷子になってるのかもよ?探しに行かなくて良いの?」
「……いいんだ。昨日お別れを言いに来たからさ」
「お別れ……?」
倫也はキッチンを見る。
松野もつられてキッチンを見る。
そこには 焼きいもがポツンとひとつ、置いてあった。
「お前だったんだな、マイ……」
昨日の夜、倫也の夢に現れた女の子。
音の無い世界だったが、女の子がくちづけを倫也にくれた時、ふわっ、と、暖かいものが流れ込んできた。
甘酸っぱい、初恋の味のする口づけだった。
「惜しいこと、したかな」
「え?何?」
「いや……」
苦笑いする倫也に、また、自分の世界に旅立っているのかと、松野は呆れ顔だ。
「マイちゃんいなくなっちゃったけど、大丈夫なの?続き」
「ああ、なんとかなるさ」
倫也が書き出した連載小説――
それさ、冴えない男と、星降る夜に現れた、ちょとおかしな犬との物語だった。
『流れ星』~しあわせのかけら~
著:卯月 倫也
何気ない日常の中に起こるささやかな出来事の綴られた物語は、読む人の心を少しだけ幸せにしてくれる。
その小さなかけらは 回を重ねる毎に 読み手の心に蓄積され、癒しとなった。
そんな倫也の物語は、連載を開始すると、老若男女問わず、ジワジワと人気を伸ばし、増刷を繰り返し――
後に、ベストセラーとなった。
了
リコの現世での物語はここで終了。
長編小説『異世界(に行ったつもり)で糖質制限ダイエット』ではリコが封印されるところからと、異世界に帰ってからが読めます。
長編本編でリコのヤマンバが出てくるのは520話 女子旅 part2 ④ (ニュクテレテウス)からです。
このお話しは長編では542話と543話の間なので、その後のリコが、知りたい方は543話~ですね。
よろしければ、是非どうぞ。
次回、あとがき、あります。