5 大人の男女の歳の差10歳以内は同い年らしい
2話同時投稿です。
「明日、公園行くぜ!」と内藤からメールが来た。
これは、「俺は明日、近所のセッタガイア公園で香奈とまったり過ごす予定だよ」というお知らせ。誘いではない。「俺達はそこに居るよ」というお知らせなので、俺の予定などは一切関係はない。ちなみに小山内も内藤や俺の予定は一切関係ない流れで、同じく明日はセッタガイア公園に行くらしい。
待ち合わせではなく、それぞれが自由に行動していて一緒になったら遊ぼうぜという、縛りのない休日の予定。行っても行かなくてもどっちでもいい。何時に行って何時に帰っても良い。
俺は遥を誘って行ってみようかと思った。2週間前に劇場で再会をしてから、毎日何となくメールのやり取りはしているが会ってはいない。
数日前に「なんか駅で全然会わないね」と来たメールに「利用時間が違うんじゃ仕方ないだろ」と返してしまい、送った後で俺の返事が素っ気なさ過ぎたんじゃないか?と気になった。
もしかして会いたいねっていう意味だったか?なんて勘繰ってみたが、すぐに「それもそうだ〜」と笑顔の絵文字付きで返って来たので、なんだ、言葉通りで別に含みはなかったのかと思った。俺の返事も冷たいとも思ってないのだろうと、ほっとしたというか寂しい気もしたというか。
正直、俺は顔を見て話したいなと思っていて、遥の叔母さん、アキコさんの希望で撮る事になった遥(とアキコさん)と一緒に写っている写真を、何度となく眺めて過ごしていた。
あの時は全く気付かなかったが、送られて来た写真を見たら、遥がそっと俺の腕に両手を添えていた。そして口元は嬉しそうに緩やかな弧を描いていた。反対側でがっちり俺と腕を組んでいるアキコさんのインパクトが強いので目立たないが、間違いなく嬉しそうに見える。
こんな顔を見ると、俺はもう許されたんだろうか?と思ってしまうのだが、その考えを採用するのは危険だという自分の声もする。
「リオンと一緒にいると辛くて無理」という言葉の謎が解けていない。
あの頃は「辛くて無理」だったことでも遥が大人になるうちに全然気にならなくなってしまったのか。または、俺が知らないうちに「辛くて無理」だと感じさせる俺じゃなくなっていたのか。いや、距離を保っているから不快感を与えていないだけかもしれない。
答えを問い明らかにすれば、もっと気軽に関われるんだろうが…。何でこんなに臆病になってしまったのか。いや、そうじゃないな。俺はずっとこんな風だ。あれこれ考えているうちにタイミングを逃す系か。
まあ、タイミングを逃したから、俺を裏切っていた絵里と一緒にならないで済んだって事もあるけど。
慎重と臆病が交差する男、俺。
偶然ではなく、意図して会おうと誘って良いものか?うん、良いんじゃないかな?嫌だったら断られるだけだしな。そう、嫌だったら断られるだけなんだ。嫌じゃなくても都合が悪かったら断られるわけだ。友達なんだから「公園行くけど来ない?」とさらっと言えば良いのだ。
内藤に何時から何時くらいまで公園にいる?とメールで聞いてみる。すると電話が来た。
「おう、俺達は大体昼前から夕方までかな。敷物持って行って本読んだり居眠りしたり自由に過ごす予定。小山内は昼過ぎじゃないかな」
「そうか。実は遥先輩を誘ってみようかなと思ってさ」
「おお、いいね!何?お前らやっぱり復活したの!?」
内藤には4月に駅で再会した事しか話してなかったが、どうやらとっくに連絡先を交換して何度か会ってると思っていたらしい。
「そうじゃない」
先日舞台を観に行った時に会場でまた偶然に会った事と、それが再会2回目で、その時に連絡先もらったので、それから何となくメールのやり取りをしている事を話す。
観劇の日は、俺が送ったメールに「連絡ありがとう!さっき撮った写真送るね!」と返事が来て、それに俺が「サンキュ」と短く返事をした。
帰宅して軽く筋トレしてから風呂に入り、干し忘れた洗濯物を洗い直して干した頃、遥から「おやすみ」と来て、俺も「おやすみ」と返した。そうか、そろそろ寝るのか…なんて思い、俺も横になってぼんやりしているうちに眠ってしまった。
そして翌朝、遥の「おはよう」のメールで目が覚めたのだ。それからほぼ毎日そんな感じだ。
一通りの話をし終えた時、内藤が言った。
「で、本当のところ、お前はどうなん?」
「どうって?」
「遥先輩と毎日メールやり取りしててさ、こう気持ちが高ぶるとかそういうのはないの?」
「まあ、日々にハリは出ているかな」
「嬉しいってこったな?」
「そうだね。数年ぶりにウキウキはしてる、と思う。実は一昨日服を買った」
「…それは、浮かれ始めたな」
「2年ぶりかな。服を買おうと思った自分にびっくりしたよ」
「お前も色々あったからなあ。遥先輩の事だけじゃなくてさ。だからオシャレしようって気になったのは良かったと思うよ。何て言うかここ数年のお前は、作ってからラップしないで放置しておいた高級サンドイッチみたいだったもんなあ」
何それ?パサパサになってたって事?
「素材は最高で食えば間違いなく旨いのに、パンの外側が乾いて反り返っちゃてさ、ちょっと残念だなって感じな。ちなみに詳細は言えないが田中は今、乾いてひび割れた上にカビが生え始めた餅のようになっている」
「え?え?田中、何があった!?」
「遥先輩来ると良いな」
「いや、田中に何があったの?」
「…まあ、後で本人に聞くと良いよ。俺からは言えない。絵里ちゃんの件で暗くなっていたお前には話してくれたかもしれないが、遥先輩に再会したお前に話してくれるかどうかはわからないけどな。
それより遥先輩、俺は来ると思うぞ。お前が誘えばすごく喜んで来ると思うよ」
えええ、なんか田中がすごく気になる。
「と、とにかく誘ってみるよ」
「おう。明日会えるのを楽しみにしてるぜ。もし、断られたら田中に電話してやって」
「あ、ああ」
どっちにしても、俺一人でも昼頃に行くよと言い、それから俺は遥にメールをした。
『明日、内藤とその彼女と小山内と公園で遊びます。内藤たちは昼前に行ってるらしい。特に時間は決まってないので、もし良かったら遥さんも来ませんか?俺は昼頃に行こうかなと考え中』
メールを送信してすぐに「行く!」と笑顔とハートマークが付いた返信が送られて来た。
ハートマークか…。女の人は何気なく使うらしいが、メールにハートマークが付いて来ると男は都合の良い解釈をしやすいぞ。以前、妹にも言った事だが気を付けた方が良いと言わねば…と思っていると、遥から電話が掛かって来た。
初の音声通話だ。ただの電話なのに出る前に妙に緊張してしまう。
電話に出ると、「もしもし?メール見たよ。声掛けてくれてありがと!」と元気で明るい。内藤達だけでなく小山内も来ると言うと、久しぶりに会うのが楽しみだと喜んでいた。嬉しそうで良かった。やっぱり皆に会いたいんだなと、誘って良かったと思った。
遥がお弁当持って行く?と言うので、そう言う話は出ていないが持って行っても良いんじゃないかなという事になり、俺がおにぎりを作り遥がおかず担当と言う事になった。タコさんウインナーと卵焼きをリクエストしながら、デートみたいじゃないかと自然に笑顔になる俺。
セッタガイア公園は駅から歩いて20分もかからないが、遥は3年住んでいて行ったことが無いのだと言う。それでは、と11時30分に駅前で待ち合わせをして一緒に行く事になった。益々デートみたいじゃないか。
おにぎりの具のリクエストはあるかと言うと、ツナマヨと明太子が食べたいと言う。電話を切ってから冷蔵庫を見ると明太子がない。俺はちょっと浮かれた気分で、散歩がてら駅前のスーパーに買い出しに出かけた。
ついでにドンキdeホッテでラケットとボールのセットと柔らかいフリスビーみたいな物を買ってしまう。遊ぶ気満々だ。写真を撮って「これ買ったから持って行く」と送っておいた。
内藤と小山内にも俺達が弁当を持って行く事と、遊具を持って行くと伝える。すぐに内藤から香奈ちゃんが「サンドイッチ作る!」と張り切っているとメールが来た。遥に会えるのが楽しみだと。小山内は「まかせてー!」とだけ送って来た。何を任せろというのか??ま、いいか。
翌日、待ち合わせ場所に来た遥は、白いTシャツにGジャンを羽織り、黒い細身のパンツにスニーカー。さわやかで綺麗なお姉さんだ。ゆるふわポニーテールと揺れるピアスが良い。実に良い。付き合っていた頃よりも綺麗になったなあと思う。
「やる気だねえ」と言うと、「ラケットとボール持って来てるんでしょ?運動しやすい格好で来たよ。負けないよ!」だそうだ。
俺もTシャツにジーンズだ。多分みんなそんな感じだ。レジャーシートに座って弁当を広げるご近所ピクニックだ。
自販機でポカスウェットを買って歩き出す。晴れて良かったねと話しながら、さっきから気になっている遥のTシャツの襟元から覗く金色の鎖を見る。あれは俺が昔あげたネックレスではないのか?よく似た違う物か?金の鎖なんてみんな似た様な物か…。
付き合い始めた時に、既に誕生日が過ぎていた遥に、「ちょっと遅れたけど」と俺がプレゼントした、7月の誕生石であるルビー(極小0.2ct)が付いた細い金の鎖。
バイト学生18歳の限りある財力で買える品から、どれが良いかとすごく悩みながら選んで贈った。
遥は、たった3ミリの濃いピンクの石を「嬉しい」と喜んで、あの頃いつも着けていた。
あんまり襟元ばかり見てるのもどうかとは思ったが、つい覗き込む様に見てしまう。努力の甲斐あってか、ちらっとだが石が見えた。あのルビーだ。
ちょっと遥さん、それは俺があげたやつですよね?まだ持ってたのか。そして、何で今日着けてる?
大した意味は無くて、懐かしい顔ぶれに会うから昔に戻った気分で着けて来ただけかも知れない。そもそも俺があげた事を忘れているのかも知れない。…いや、いくら何でもそれはないよな。
正解がわからないままに俺は口を開いた。
「ポニーテール、いいね」
…違うだろう、俺。
「この年でポニーテールはアウトかな?」
ふふっと遥が舌を出して笑う。アウトなものか。可愛いじゃないか。
「ポニーテールに年齢制限はありません。似合うよ」
「そう?ありがと。大人ポニーテールだよ」
そか、大人ポニーテールか。ふわふわ感が良いね。じゃなくて、ネックレスを話題にしろ、俺。…いや、後にしようかな。うん、後にしよう。
「リオンはセッタガイア公園によく行くの?」
「俺は住んでない時もたまに来たよ。イベントがあったり友達の展示会が近くであったり。あと公園の近くにちょっと好きなカフェがあってさ。ガーデニング用品とかアンティーク家具なんかを売ってる店がカフェもやってるんだけど、結構楽しめるんだよ」
「そこ知ってる!友達にケーキが美味しいって聞いた事ある。テーブルとか椅子もアンティークの売り物だって」
「そそ。最初はこのテーブル値札付いてるけど良いのか?って思ったけど、でも使うものだからこういう販売の仕方も良いなって思うようになったんだよね。お茶飲みながらテーブルの値段見てちょっと贅沢な気持ちになったりさ」
「いいなあ」
「行く途中で寄ってみる?」
「いい?行きたい!」
「じゃ、行こう」
遥に合わせてゆっくり目に歩く。女の子に合わせて歩くなんて久しぶりだ。
作って来たというおかずが入ったトートバッグを俺が持ち、遥が日陰になるようにしながらてくてく歩いて、途中の店や建物を見ながら「ここのカフェは知り合いがやってるんだ」「来たことある!のんびり出来る店だよね」などとたわいも無い事を話す。
なんか昔に戻ったみたいだなと、遥の着けているネックレスを盗み見ながら思った。
さっき話したカフェは残念ながら休みだった。当然ガーデニング用品やアンティークが置いてある階もしまっていた。「また今度だな」と言うと「そうだね」と遥の笑顔が返ってくる。
また誘っても良いのかと思いながら公園に着くと、噴水のある辺りに内藤達がいた。もっと奥でシートを広げてまったりしているのかと思ったら、予想外にベンチに座っている。
挨拶をして香奈ちゃんに遥を紹介した所で、内藤が「お、小山内だ」と電話に出た。内藤が話している間に香奈ちゃんが「今日、すごく人が多いでしょ?ちょっとゆっくり出来ないねって言ってたら、小山内さんが車で来るからキノタ公園の方に行こうって」と説明してくれた。
確かに人が多い。そんなに広くはない公園だから仕方ないのかもしれないが、これならキノタ公園に行った方が良さそうだ。
「小山内が着いたらしいぞ。行こうぜ」と歩き出す内藤の後をついて行く。公園から少し離れた場所に大きな車が停まっていた。運転席には小山内ではない女性が乗っていて、小山内は助手席でヘラヘラ笑っている。
「紹介は後で、取り敢えず乗っちゃって」と運転席の女性が仕切る。「大きい人は2列目に座って。一番後ろ狭いのよ」という言葉に「あ、じゃああたし達後ろ行こうか」「そうだね」と香奈ちゃんと遥が動く。内藤と俺は言われるままに2列目に乗る。小山内はヘラヘラしている。
乗って走り出してから紹介されてわかったが、車は運転している女性の持ち物。そして彼女は小山内がアプローチをしていてやっと良い返事をもらったという職場の先輩…というか、上司だそうだ。成る程、指示し慣れてるわけだと妙に納得してしまった。
俺達は小山内の彼女、未来さんの指示の元、キノタ公園の広い芝生の良い場所でシートを広げ、持って来た弁当を並べ、あれこれ言いながら楽しいピクニックをしたのだった。
未来さんが「ごめんね。なんかあたし偉そうに仕切っちゃってるよね」としょぼんとする一場面があり、小山内が「俺は未来ちゃんのそういうしっかりした所に惹かれたんだから良いんだよ!」と言い、見つめ合う二人の何とも言えない甘い雰囲気がこちらまで広がって来た。こういうのを当てられるというのか。
未来さんは俺たちよりも5歳以上10歳未満の年上だそうだ。
小山内が「年上の女性って素敵だよな」と俺に言うので、俺は「そうだな」と言って小山内の肩をポンと叩いた。
それを見た未来さんが「大人になっちゃったらね、男女の歳の差10歳以内は同い年なのよ」と笑った。そして「だからあたしと剛志くんも同い年ね」と。
目からウロコだ。そうか、大人になってしまった俺達にとって、10歳以内は同い年。もちろん人によるだろうが、でも、確かに遥との2歳違いも以前よりも気にならないのは事実。
「うん!」とヘラヘラ笑う小山内の甘えっぷりがちょっと気持ち悪かったが、この二人は何と言うか良いなと思った。小山内、すごい人好きになったな。
「未来さんって素敵だね」
遥が小さい声で俺に言う。素敵というか剛毅というか、でも何だか良い感じの人だと思い、「そうだね」と俺も囁く。
これから俺達にとって歳の差というのはどんどん気にならなくなって行くんだろうか。でも多分、俺が精神的に大人にならないといけない気がする。そうじゃないと、遥が本当には甘えられないかもしれない。甘える振りをさせないように、無理をさせないように、本当に力を抜いて寄り掛かってもらえる様に、俺がしっかりしたいと思った。
と、そこで、まだ俺達がどうなるかなんてわからないのにと気付いて笑ってしまう。俺は何を先走っているんだ。
でも、このままずっと友達だったとしても、俺は遥が頼れる相手でありたいのは変わらないんだから良いか、と思おうとして、「このまま友達」という言葉に酷く抵抗を感じて驚く。
このまま友達だったとしても良い…というのは嘘の言葉だと気付く。嘘の言葉がザラザラと嫌な感触で俺の鳩尾辺りを滑り落ちる。俺はこれを受け入れたくはない。
ああ、そうか。俺はこのまま友達でいる事は嫌なのか。
自分がまた遥を好きになっているのは薄々知っていた。だがそれだけではなく、俺はまた遥に俺を好きになって欲しいと望んでいるんだ。自覚してしまった。急に目が覚めたみたいな感覚だ。
現実的に遥に好きになってもらうのは難しいのではないか。難しくても、頼りになる男になりたいのだからへたれてる場合ではないのではないか。今の俺が遥にとって、一緒にいて辛くなるような男ではないと思ってもらうにはどうしたら良いのか。そもそも、遥は俺の何がそんなに辛かったのか。
あれ?またそこか?そこのループか。
俺が重大な覚醒をしている間に、内藤は遥の作って来たタコさんウインナーをばくばく食っていて、いよいよラスト一個に手を伸ばしていた。
「内藤!何をしている!?」
そう言って慌てて奴の手を払い「俺のだぞ!」とキリッと言って、ラストタコさんウインナーを口に放り込んだ。そして、無意識に遥を抱き寄せいていた俺に、内藤がキョトンとした顔で「…うん、知ってる」と言って頷いた。