4 ポッキーをくれた彼女は女神様の使徒かもしれない
3話目と同時投稿です。
無事に用を足した俺は、何となくロビーで立っている。
話し掛けようとは思っている。だが、あちらは誰かと一緒なわけだし、あまり早く話し掛けに行ってもなあと理由をつけて、開演5分前の鐘が鳴るまで待っていようと決めたのだ。
ロビーで歓談するお客を眺めながら小腹が空いたなと思っていると、すっと後ろからポッキーの箱が出て来た。しかも俺の好きな極細ポッキーだ。
え?
何だ?と思って右後方を見ると、「食べない?」と俺を見上げる遥がいた。不意打ちに驚きながら「お、おお」と言う。
そのまま動きを止めている俺にポッキーを近付けて「ん?」と首を傾げる遥。「あ、どうも」と封が開いている方の袋から一本もらってポリポリと齧る。
「リスみたい。ほら、もう一本お食べ」
餌付けする人間そのものの言い方で更にポッキーを勧められ、俺はリスみたいなのは遥だと思いながら、小腹も空いていたし好きなものだったし、何よりも今日のラッキーアイテムだし、「どうも」とだけ言って今度は二本まとめて取ってポリポリ齧る。
「リオン、誰と来たの?」と遥が聞いて来た。
「俺?俺は一人で来てる。友達が出ててさ」
「ふーん。デートじゃないんだ?友達ってどの人?」
「ふふふははははは!って笑ってた奴」
「あの男の人か。ふーん」
「遥さんは?」
「私はね、叔母と来てるの。叔母はトーキオに住んでて母が遊びに来るはずだったんだけど、緊急事態宣言が出ちゃって母が来るのやめとくって。奢るから代わりにあんた来なさいって叔母に言われて、ほぼ強制みたいに連れて来られたのよ」
そうか、あの女性は叔母さんなのか。
「びっくりしたよ。休憩になって叔母さんがトイレ行きたいって言うから立ち上がって後ろ向いたらさ、リオンが通路に出て行くのが見えて、え!?って思った!」
ああ、見られていたか。てか、まあ気付くよな。
「…俺は開演前に気付いてた」と言うと、「えー!声掛けてくれればいいのに」と言いながら、またポッキーを勧められる。いただきます。小腹空いてます。
「掛けようと思ったんだよ。でも、そしたら開演になっちゃってさ。幕間に声掛けようかなって思ってたんだけど、叔母さんじゃないけど俺もトイレに行きたくて慌てて出たからさ」 ポリポリ。
「そうなんだ。そっか、良かった無視じゃなくて…」
「ボクは遥さんを無視なんかしませんよ」
「そっか、そうだよね」
ふふふと笑う遥。俺はもう一本ちょうだいとポッキーをもらって食べた。
「あれから全然会わなかったね」
「そうだね、もう1ヶ月経ってるね。正直さ、もっと簡単に会うと思ってたんだよ。それが全然会わないから、実際はそんなものなのかなって思ってた。だから、今日はびっくりしたよ。元から今日のチケットだったの?」
「多分そうだと思う。叔母さんは3月くらいに買ったみたいよ」
「俺はさ、本当は二週間位前の予定だったんだ。でもほら休演になったでしょ?それで日程変えて取り直してもらって今日になった」
「じゃあ、日程の変更がなかったら会わなかったんだ」
「ね、すごいよね。しかも極細ポッキーが出て来るとはなあ」
「何?」
「今朝の夢でさ、女神様がポッキー持ってたんだよ。それで今日のラッキーアイテムって思って、友達にもポッキー系のお菓子をしこたま差し入れた」
「え、じゃあ私、女神の使いかな!?なんちゃって」
「そうかも。小腹空いてたしポッキーで助けられましたよ。ありがとうございます、美しい女神の使徒様。もうちょい頂戴」
「箱ごとあげるよ、リス君」
「昔、これを両端から食ったよなあ」
「っう、うん。…そういう事もあったね」
「…あ、ごめん。変な事言った」
やばいやばい。つい思い出すままに口にしてしまった。
上手く行ってた時は俺達もそういうラブラブな事をしたんだ。でも、やっぱりそういう話題は気不味いみたいだ。俺も自分で言って驚いたし、気をつけよう。
「使徒様、そろそろ席に戻った方が良いんじゃないかな」
「そうだね。戻ろうか」
うん、大丈夫だ。良い感じで話せていると思おう。
「リオン、髪の色戻したんだね」
「ああ、この前会った時は黒かったっけ?あの時はちょっとね。初のカラーリングをしてみたけど、伸びて来ると面倒臭いもんだね。あの後、元に近い色に戻してもらったよ」
「その方がリオンらしくて良いよ。なんて言うの、ガイジンか?って感じで」
「うるせえ。ガイジンちゃうわ!あ、俺この列だから」
「うん、じゃあまた後でね」
手を振って席に戻って行く遥。叔母さんがこっちを見ていて、俺と目が合うと会釈をしてくれた。俺も軽く会釈をしてから、座っている人の前を「すみません」と言いながら席に戻る。
こっちを見ていた叔母さんの目は遥に似ている。叔母と姪だから当たり前かもしれないが、何となく、遥が年を重ねたらあんな感じになるのかなと思った。
遥が「また後でね」なんて言うから、俺は多分、終演後にロビーでうろうろしてしまうんだろう。どうしよう、連絡先を聞いても良いだろうか?それとも、俺の連絡先を教えて、良かったら連絡してと言えば良いのか?
そんな事を思っていると、さっきは一度も振り返らなかった遥が、くるっと振り返り手を振った。前を向いたかと思うとまた振り返り手を振る。二回目は叔母さんも一緒に手を振っていたので、俺も二人それぞれに小さく手を振った。
向きをちょっと変えながら小さく振る自分の手の動きが視界に入り、なんだか天皇家の方々みたいだなと思ってロイヤルな気分になった時、会場が暗くなり開演となった。
後半の舞台は落ち着いて観て楽しめた。前半の記憶がほぼ無いが、まあ知ってる内容でもあるので特に困らず。
やがて舞台が終わり、ロビーで立っていると遥に声を掛けられた。叔母さんも一緒だ。「ちゃんとご挨拶しないと」と付いて来たらしい。大学の時の後輩だと言ってあるんだろうなと思い挨拶をする。
「こんにちは。大学でお世話になりました、後輩の神林です」
「あら、日本の方なの!?リオンさんって聞いたからフランスかどこかからの方かと思ってたわ。日本語の舞台観に来るなんてすごいと思ってたのよ。やだ、ごめんなさい!遥の叔母です。アキコって呼んでね」
アキコさん。明るい叔母さんだ。どこからフランスが出て来たのかと思ったが、確かにリオンはフランス名っぽいか。
「神林黎音なんです。父が日本人なので国籍は日本なんですよ。でも見た目は完全に母に似ちゃったから、あんまり日本人ぽくはないですよね。母の兄にそっくりだってよく言われます」
はははと笑うと、叔母さんがちょっとうっとりなさる。
「そう、お母様は美人さんなのね。背が高くて素敵ねぇ。あそうだ、一緒に写真撮ってもらおうかしら。いい?リオンさんは独身?遥とはずっと親しくしてるの?」
「ちょっと、叔母さん」
写真を撮ろうからの立て続けの質問。このマイペースな感じ、知っている。母さんに似ているぞ。つまりオバサンだ。叔母さんはオバサン。良いじゃないか。
「独身です。写真良いですよ」
「あら、いい?じゃ、ちょっと遥、撮って」
「もぅ、…リオン、ごめんね」
「全然いいよ」
そして並んでにっこりパシャ。
「ありがとうね。ああ素敵。姉さん達に見せなきゃ。遥もほら、一緒に撮ってもらいなさいよ」
「私も?なんで!?」
「いいから、ほら並んで。すみません!ちょっと写真撮ってもらえます?」
叔母さんが劇場スタッフに声を掛ける。あ、叔母さんが撮るんじゃないんだ。一緒に入るんだ…。まいいけど。
笑顔で感じよく応えてくれるスタッフ、流石だ。そして3人でパチリ。
「良い写真じゃない。ねえちょっと、あなたたちお似合いなんじゃない?」
「叔母さん!」
「もうねえ、遥ももうすぐ30になるのに全然良い話がなくて、皆で心配してるのよ。リオンさんが遥をもらってくれたら嬉しいわぁ。私も甥って言って連れ回せるし」
「叔母さんっ!?」
「あはは。俺で良かったら甥になりますよ」
「あらそう!?良かったじゃない、遥。お婿さん見つかった!やった!姉さん喜ぶわよ!」
「ちょ、叔母さんいい加減にして。リオンも、のらないの!」
怒られた。顔を赤くして怒っている遥。
すみません。面白い叔母さんだからつい。
「そんなに怒ることないじゃないの。ねえ」
「ははは…すみません」
「もう帰るよ、ほら。…リオン、叔母さんが変なこと言ってごめんね」
「…いや、こっちこそ軽いノリでごめん」
「リオンさん、うちは本当にもらってくれて良いからね。本当に本当にね、これからもよろしくね。また会いましょうね」
「ははは」
「もう!ほら、行くよ!!」
「はいはい。じゃあ失礼しますね」
「はい、お気をつけて」
気さくで面白い叔母さんだ。親族が仲良いんだろうな、なんて思っていると、「あの、すみません」とさっき写真を撮ってくれたスタッフさんに声を掛けられる。
「はい」
「こちらの方も一緒に写真を撮りたいと並んでいらっしゃいますので」
「は?」
見ると、知らないマダム達がスマホを持ってニコニコ待っていらっしゃった。なんで?
遥達と撮ってるのを見て、何か勘違いしたのではないか?と思ったが、キラキラした目で俺を見上げながら待っておいでなので、取り敢えず一緒に写真に収まりました。握手までした。
「頑張ってくださいね」と言われたので、「ありがとうございます」と言っておいた。
更に別のマダム達とも撮った。結局5組の方々と撮影をして、あとはお断りをした。そして劇場を出る時に、スタッフの方に「お疲れ様でした」と言われた。
外はもう真っ暗だ。風が気持ち良い。
さて、散歩がてら二駅くらい歩こうかと、どっちに向かうか考える。そして、帰り際に赤くなって怒った顔をしていた遥を思い出した。
思いがけずまた会えたというのに俺は失敗をしたのか。軽く叔母さんに話を合わせたが、遥は不快だったかもしれない。
俺は叔母さんの言葉に、ちょっとだけ、少しだけ本当にもらっても良いななんて思った。だが、ああいう話題は遥にとってデリケートな事だったのかもしれない。
あーあ、愛想尽かされたのはこういう所なのか。何だろう、デリカシーが無いって事なのかな…。
俺は劇場最寄りの駅とは違う方にとぼとぼと歩き出す。そこで後ろから声を掛けられた。帰ったはずの遥だ。
「…リオン!」
「あれ?どうしたの?」
「あのね…これ、渡しそびれたから」
そう言って遥は俺にメモを渡し、「叔母さんが変な事言ってごめんね、じゃあね」とだけ言って小走りに地下鉄の方に去って行った。
振り返りもせず走って行く後ろ姿を見送る。そして渡されたメモを見る。
え?
ドキッとした。
メモには遥の電話番号と、携帯とパソコンのメールアドレスが書いてあった。
これって…もしかして俺、連絡していいの?いや、連絡しろって事?え?
いや待てよ?あれか、内藤とか小山内とか、皆にも会いたいねって感じか?そうだよな。偶然会ったのが俺だから、俺に連絡先教えるしかないもんな。
うん、きっとそうだ。そう思っておこう。勘違いして舞い上がって嫌な思いさせたくはないし。
…とりあえず、俺の連絡先も送った方がいいか。うん、送るか。
そして俺はすぐに遥の連絡先を登録した。間違ってないよね?と何度も見直しながら登録をして、すぐに遥宛にメールを送った。
こうしてまた遥に連絡が取れる。一気に時が戻った、いや、埋まったような、ずっと閉じていた窓が開いて気持ちのいい風が入ってくる様な、そんな気がした。
俺は帰りに金のFramを買おうと決めた。女神に捧げる小さい花束も。
メールを送ってすぐに着信があったので、遥さん返事早っ!と思ったら、舞台に出てた友達からの「来てくれてありがとうございました!がんばりました!そんな頑張る俺を見ないでお前は客席の誰かを見ていた。知っているぞ」というお叱りメールでした。そうだよね、ステージから客席ってよく見えるんだよ。ごめんよう。