第9話「復活─せっかく斃した奴ですが」
フェリシアの言っていたのは、そういうことか。
たしかに、この上ないほど──俺にとっても、奴は特殊な存在だ。
『ホルスト。まずは謁見の手配、ご苦労』
「はっ──身に余る光栄」
『ヴァイシャルト公爵家の国家運営に資するところ、大である。余も感謝の念を禁じえぬ』
「もったいないお言葉!」
下らないやり取りを、俺は黙って聞いている。
幻像の向こうには、あいつ一人しかいない。
俺は遠慮なく、その見慣れた澄まし面を睨みつけている。
理由は不明だが、その外見は、あの頃とほとんど変わっていない。
生きていやがったのか、あの野郎──。
言葉にできぬ思いを視線に乗せても、ランスロットのボケ野郎は俺と目を合わせようともしない。
『マクラグレン子爵令嬢、フェリシア。活躍は余の耳にも届いている。魔界眷属を撃退したとのこと──大儀であった』
「は──」
返答の声音は、感情を押し殺しきった、きわめて平坦なものだった。
まるで子犬のようだったホルストの態度とは、正反対──なにか聖王に対し、今にも叫び出したい衝動を抱えているのは、もはや確定的と思えた。
『黒龍は、どのようであった?』
「脅威と感じました。彼の助力がなければ、私は謁見の栄誉に浴することもなかったと存じます」
よどみなく喋るフェリシアが手で示した先には、俺がいる。
『そうか。謙虚は成長の祖──引き続き、勉学鍛錬に精励せよ』
「は──」
最後まで、凪の水面のような態度と表情を貫いたフェリシアから目線を外し──ようやく、その顔が正面に来る。
『して──君の名は?』
俺と目を合わせたランスロットは、薄ら笑いを浮かべていた。
確実に、俺が俺だと分かっている──このランスロットは、やはり本物なのだろう。
「──寡聞にして、至尊なるお方にお伝えし奉るべき名を有しておりません。わたくしはあくまで、単なる執事にございます」
ランスロットは本物。それが確信できたので、俺もそれなりの対応をとる。
誰がいまさら、名乗ってなどやるものか。
場の空気が凍りつくのが分かる──王の言葉を受け流すなど、非礼の極みだ。
しかし、それを打ち砕くのは、ランスロットの大きな笑い声だった。
『なるほどな、影に徹するというわけか。それも良いだろう──だが、名を表さねば、称賛を受けることも出来んぞ』
「仰るとおり──挙げた功績にも関わらず、それを評価されないどころか、すべてを取り上げられるようなことがあれば──さぞかし、辛いことでしょうな」
狼のように犬歯を見せつけて、俺は皮肉の言葉を叩きつけてやる。
ランスロットは、何も返答せず、ただ冷たい微笑を浮かべたままだった。
『──今日、諸君らを集めた理由は、他でもない。魔界眷属の出現について、余の考えを下知せんが為である』
次のセリフを奴が吐き出した時、すでに俺から視線は外れている。
ランスロットは聖王の仮面を付け直したようだった。
『撃退された黒龍──諸君らも内心、その動向について懸念していることだろう。魔界眷属は、魔王の下僕。その指図なくば、この人間界に侵入することも無いはず』
「──それでは⁉」
興奮した様子のホルスト、その叫び声が消え入ったその時、ランスロットはゆっくりと口を開いた。
『当然、想定すべきであろうな──魔王の、復活を』
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