第8話「謁見─聖王陛下のご尊顔」
我らが親愛なる大貴族、ホルスト様のおかげで、学園の上層部は大騒ぎになったようだ。
何の前触れもなく、いきなり国家元首との謁見をセッティングしろと言われたら、誰でも慌てるだろう。
そもそも、国家元首に謁見できるのは、一部の高位貴族に限られる。
ましてや、その誘いを、学園の生徒が受けるなど、大人たちからすれば異例中の異例。その準備には、いくらでも時間が欲しかったことだろう。
しかし、世は無常。
時は一瞬で過ぎ去り、ホルストの指定した時間が近づいている。
「で、今度は何なんだ? 王様のパーティに入れとでも言われるのか?」
「そんなわけないでしょ」
他愛ない言葉を交わす俺たちが集まったのは、学園長室──その隣りにある、控室だった。
この島中で最も大規模な建造物、学園迷宮の本校舎。
その中央部に位置する、高い塔の上階にあるそこは、限られた生徒しか立ち入りを許されない。
「フェリシア、君は聖王とやらに会ったことがあるのか?」
「まさか。ご尊顔を拝謁できるような身分じゃないよ」
興味本位な俺の問いかけに答えるフェリシアの表情も、若干、硬くなっている。
それは、ホルストが謁見のことを言ってきた時に見せた、あの目を剥くような様子と、関係があるのだろうか──緊張とも少し違う、何かの思いを抱いているような印象を受けた。
「俺が埋められていた迷宮は、その聖王が開拓したと言ったな。ずいぶんと年季の入った迷宮のようだったが──随分と長生きな王様なのだな」
「そうだね。でも、私達にとってはそれが当たり前──聖王様は、特殊な存在だから」
「特殊な存在? それは、どういう──」
「マクラグレン嬢、ならびに──執事の方。準備ができましたので、奥へ」
話の腰を折るように声をかけて来たのは、学園の職員。
会話の途中だが仕方ない。言うとおりに進む先は、学園長室だ。
そこには、緊張した面持ちの大人たちが集まっていた。
誰も彼もが正装し、一様に押し黙ってその時を待っているようだ。
「来たか。謁見の栄誉は、君らにとっては一生に一度あるか否かのもの。緊張するのも分かるが、くれぐれも、聖王様に、失礼のないようにな」
先に入室していた、存在自体が失敬なホルスト様から、ありがたいお言葉を頂戴できたので、俺は恐縮のあまり返事を控えることにした。
今日も、その隣に付き従っているメイドは、相変わらず俺を睨みつけたまま固まっている。これも無視しておく。
学園長室は、ホルストの配下やら、学園の幹部やら、総勢三十名ほどが詰め込まれても手狭とは感じないほどの広さ。
そこの壁際いっぱいに広がっているのは、幻像魔法により生成された、半透明の画面だ。
これを用いて、遠隔の地におわす聖王陛下と謁見を果たす──ということらしい。
「君、もっと間隔を詰めたまえ。そこは開けて──聖王陛下にご無礼のない配置を心がけよ!」
にやけ面で、ホルストは人員の配置まで細かく指図している。
謁見の主催者にでもなったつもりか、偉そうな指示は止むことを知らない。
全員、おとなしく従っている──公爵家の権力は、学園長の持つそれさえ超越するものらしい。
やがて納得したか、最初とほとんど変わらないような陣容に我々を押し込めた後、ホルストは配下に何か指示した。ようやく、謁見が始まるらしい。
「一同、控えよ。聖王陛下──ランスロット様のお成りだ」
ホルストの言葉に応じ、全員が一様に片膝を付いて、頭を垂れる。
渋々、俺も同じ動きを取り、ホルストの偉そうな宣言を、軽く聞き流す──
──今こいつは何と言った?
俺の聞き間違いか?
その名前──とても、聞き覚えが、あるのだが。
『面をあげよ』
──待て。
幻像画面から響いた、この声は。この若干、鼻につく喋り方は。
眼前の半透明な盤面に映し出された、向こうの景色。
白く塗り込まれた聖堂のような場所に置かれた、巨大な玉座。
そこに悠然と座す、一人の男──ご大層な王冠を戴き、真紅のマントに身を包む──
元勇者、ランスロットの野郎が、そこにいた。
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