表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/14

第7話「公爵─招かれざる客」

 その聞き覚えのない声に、せっかく動き出したところだった俺達の食事の手は止まる。


 金属鎧の重装が擦れ合う、ゴツゴツとした硬い音を響かせて。

 テーブルの横までまっすぐに歩んできた、その見知らぬ男の顔を目撃するなり、フェリシアの目つきが変わる。


 「私のごとき下級貴族の名など、わざわざご確認なさるようなことでもないと思いますが」

 「そうでもない。いつ何時も、挨拶というものは重要だ。そうは思わんかね?」


 「……ごきげんよう。ホルスト閣下かっか


 フェリシアは、うやうやしい動作で、貴族式の礼をホルストに捧げた。

 それを見下ろして返礼もせず、満足げな笑みを浮かべるこの男のことは──あまり好きになれそうもない。


 「誰だか知らんが、まだ相棒が食事中だ。後にしてくれ」


 俺は立ち上がって、男と目を合わせる。

 俺より頭一つ高い位置から注ぐその視線は冷たく、良い印象とは言い難かった。


 ──ねぇ見て! ホルスト様だわ!

 ──ヴァイシャルト公爵家のご長子か、マジモンの大貴族じゃん! 学園に居たんだ!

 ──お前、知らんかったの⁉ 最上級生(第6年次生)主席、学園最強の剣士、勇者候補の筆頭だぞ?

 ──そんな貴人が、学食に来るなんてことあんのかよ……。

 ──あの二人が目当てってことでしょ? ほんとに何者なわけ……?


 生徒たちのざわめきから、俺はこの男の概略を知る。

 『様』などと呼ばせるだけあって、偉そうな態度と装備をしている。


 おまけに、傍らには幾人もの従者と、メイド服姿の護衛まで従えている。

 恐れ入るというものだ──年の頃は、俺より少し上か。


 学園の新1年生は、初等教育を終え、入学してきた十五歳ほどの子らが多い。彼は第6年次生というから、二十歳を超えて少し、といったところだろう。


 「──ホルスト様の御前です。お控えを」


 立ったままの俺が不敬に映ったか、メイドからの尖った声と視線が俺に突き刺さる。


 鉄面皮という言葉がぴったりの、無表情で気配の読めない不気味なメイドだった。

 服装が制服でなく、メイドのそれであるということ以外は、食堂に集う若き生徒たちと大差ない見た目をしているのだが。


 しかし、俺は何も答えず、フェリシアを背にし、奴らから遮るようにして立つ。


 またしても睨み合いのようになったので、いよいよメイドが半歩を踏み出す──そこで、ホルストはメイドに向け、制止するように手を差し出した。


 「よい。優れた者には、相応の扱いをする」

 「は──」


 短い返事とともに、自分の背後へ下がったメイドを見もせず、ホルストは続ける。


 「先日の入学試験、話は聞かせてもらった。素晴らしい戦いぶりだったそうだね」

 「お褒めを頂き、恐悦至極きょうえつしごくに存じます」


 礼から直ったフェリシアは、俺の横に並び、静かな声で返答する。

 まさしく社交辞令といった風なその言葉にも、ホルストは満足げにうなずいた。

  

 「その功績をたたえ、君たちを我がパーティへ招くのも一興と思っているよ。光栄に思いたまえ」


 何となく、予想していた通りの言葉が降ってきたので、俺はうんざりした表情を隠さず見せてやった。


 「もったいないお言葉です。至上の喜びに存じますが、なにぶん弱輩じゃくはいの私どもでは、お役には立てないかと」


 「ハハハ──まあ、そう萎縮いしゅくしなくとも良い。未熟なものも率い、育ててこそ──我が勇者の器を証明できるというものだ」

 「……御意ぎょい


 フェリシアの苦々しい返答を聞いて、俺まで胸が悪くなってくる。

 明らかに、己が格上だと覆いかぶさってくるような態度には、好感を持てない。


 それに、こいつも勇者を目指しているのか──厄介な敵となりそうだ。


 やれ、誰が上とか、下とか──貴族社会の面倒事は、三百年経っても変わっていないようだ。

 もっとも、国が変わらぬように押さえる、重鎮じゅうちんとしての立場こそが貴族なのであり、彼らは使命を成し遂げ続けているのみ、といったところか。


 彼らの事情に、さほど興味はない。

 ただ、これ以上、無遠慮な衆目を浴び続けるのはごめんだ。


 「それで? その勇者になるかもしれない大貴族様が、わざわざお友達になろうと声をかけに来てくださったというのか? さっさと本題に移ったらどうだ」


 「言葉遣いに気をつけなさい」


 期待したのとは違う方向からの返答。

 そこには、無表情のまま──目だけを血走らせて俺をにらむメイドの姿があった。


 大貴族への失敬をとがめるのは理解できるが、このメイドからは何か──俺に対する個人的な感情があるように思えてならない。


 何のつもりなのか問おうと思ったが、そこにホルストが割り込んだ。


 「ノエル、控えていろ。誰が喋っていいと言った」

 「……御意」


 また一歩下がったメイドを押しのけるようにして、ホルストがさらに近づいてくる。


 「直接尋ねたのは、他でもない。王の勅命(●●●●)を読み上げられるのは、我ら公爵家の者だけだからだ」


 偉そうに胸を張った後、大声で宣言する。


 「フェリシア・マクラグレン、ならびにその執事。明日の朝、謁見えっけんを行う──聖王陛下(●●●●)からの勅命、確かに伝えたぞ」


 その名──聖王の名を聞いた瞬間、フェリシアの眼球がぐるりと動いた。


 目を剥くほどに見開き、ホルストを見やる表情は鬼気迫るものがあり──俺は、その反応に興味を覚える。


 フェリシアから一度だけ聞いた、その名──聖王。

 彼女は、その存在に対し、何か思うところがあるようだ。


 しかし、鈍感なホルストは、フェリシアが単に驚いただけと思ったらしく、高笑いを上げた。


 「心配せずとも良い、段取りはこちらで整える。聖王陛下は、君らには触れ得ぬ聖域におわすお方──遠隔にて拝謁はいえつたまわることになろう。詳細は追って伝える。ではな!」


 言うだけ言うと、ホルストは、来たときよりも大きな声で笑いながら去っていった。


 そっと横目で見たフェリシアは、まだ、目を剥いたまま。

 俺たちの昼食は、すっかり冷めきっていた。

お読み頂き、ありがとうございました。

面白いと感じて頂けましたら、↓の☆で評価をして頂ければ嬉しく思います。

ブックマーク、感想もお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ