第6話「学園─300年後の世界で」
波乱の入学式から、一週間。俺は、まだ学園の中に居た。
抜け出そうにも、他に行くあてもなく。
第一、周りの何もかもが、俺の記憶とすっかり変わっていたのだ。
どうも、あれから──三百年もの時間が経過しているらしい。
俺がかつて帰り着き、そして裏切られた場所──王国の首都が置かれていた、この地域一帯は、地形変動で巨大な島となっていた。
かつての面影は、ほとんどない。
あの壮麗だった首都に成り代わるようにして、大規模な学園都市が建立されている。
さらに、それを取り囲むように、数知れぬ洞窟、山岳や河川、樹海など様々な地形が生じており、まるごと迷宮と定義されているようだった。
学園迷宮の名はここから取られたものと推察できる。
通貨は王国の流通貨幣を共有しているようだが、この島単独で経済圏を構築するほどの活気がある。
迷宮内から採取されるレアアイテムの取引を主軸に、依頼をこなし金を得るなど、生徒による冒険者的な活動も盛ん。露天商活動も容認され、協同組合も数多い。
すっかり変わってしまった母国──三百年という時間は、大きい。
いくら俺でも、寿命を遥かに超える時間、眠り続けるというのは現実的でない。やはり、あの拘束具が、何やら一枚噛んでいたのだろう。
欠片だけは拾い上げてきたので、いずれ解析してみようとは思うが──過ぎ去ってしまった時間が戻るわけではない。
ましてや、あのランスロットの大馬鹿野郎の行方も、まだ調べていない。
時間の流れを考慮すれば、導かれる結論は、一つしか無いのだが。
あのクソ野郎、勝ち逃げとは──実に趣味が悪い。
「ボロ布から着替えたんだ、アムル。制服──意外と似合ってるね」
唐突な背後からの声にも、俺は慌てない。
「ああ、ありがとう。俺としては、あのボロも気に入っていたんだがな」
彼女も俺も、学園の制服を身に纏っている。
入学式から一週間、昼食はこうして学生食堂に集まるのが日課になりつつあった。
「ちょっと遅くなったけど、入学証書。ちゃんと貰ってきたよ。ほら」
彼女が差し出したのは、丸められた上質紙。
そこには、達筆で記された文言と、学園長のサインが鎮座している。
フェリシア・マクラグレン子爵令嬢。
入学式における貴殿の功績を認め、S級特待生として入学を許可する。
また、その特権として、学園内における執事一名の帯同を認める。
ここに書かれた執事というのは、他でもない、俺のことだ。
そもそも、俺は入学試験を正式に受けたわけではない。
黒龍の撃退後、紆余曲折あって、俺の立場は、貴族令嬢たるフェリシアの執事ということで決着していた。
俺もその処遇には納得している。
繰り返しになるが、他に当てもない。
それに、新たな相棒を鍛えるのに、この迷宮は都合のいい環境だ。
正式な許可のもとに留まれるなら、言うことはない。
「ここ、座ってもいい?」
「どうぞ遠慮なく」
俺たちが同席に就いたことで、今までヒソヒソと聞こえていた噂話の音量が、一気に上がる。
──あれが噂の執事君? 意外と可愛い顔してるのね。
──かわいいって言えば、フェリシアちゃんだろ? 地方貴族の出身らしいぜ。
──正式にパーティを組んだって聞いたよ、あんな強いの同士くっつかれちゃうと、かなわないなぁ……。
──ホントホント! 黒龍と戦ってるところ見た⁉ すごかったよね──
「顔が赤いぞ」
「……うるさいな。こういうのには、慣れてないの!」
「勇者を志すなら、慣れろ。この程度を気にしていたら、キリがないぞ」
俺が呟くと、彼女は小さな咳払いをひとつ。
トレイに乗せて持ってきたパンとサラダに、おずおずと手を付け始めた。
その微笑ましい様子を眺めながら、俺も自分の昼食に手を付けようとした、その時。
「……フェリシア・マクラグレン嬢。だね?」
その高圧的な声は、やや遠く──テーブルのふたつやみっつは離れたところから
響いてきた。
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