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第5話「撃退─入学式と黒龍」

 龍を追うすがらの通路は案外、長い。


 暗がりに沈む通路を駆ける途中、龍が衝突して出来たと思しき凹みが随所に見られたが、本体は居ない。


 この先──彼女が言っていた、入学式の会場にまで到達した恐れがある。


 ようやく通路を抜け──そこは、緑の生い茂る屋外だった。

 まるで広間のように、木々の避けた草地が広がっており、その中央付近に、龍が居た。


 その掌中には、いまだ彼女が掴まれている。


 そして、龍と彼女を取り巻く、大人数も目に入る。

 殆どは少年少女で、皆、突然の出来事に面食らっているようだ。


 黒龍は、少女を掴み上げ、咆哮している。

 そこへ向け駆け込み、彼女の状態を確認する。


 思った通り、負傷はしていない。しかし、締め上げられる息苦しさに閉口しているようで、その額にはいくつもの玉汗が浮かんでいる。


 俺は人混みをひととびで乗り越えると、龍の正面に立つ。

 そして手をかざし、彼女の〈身体強化〉──とくに腕力を重点的に高めてやる。


 自分を囲む魔力の外骨格の、密度が変わったのが、彼女に見えるだろうか──俺の心配をよそに、彼女は両腕に力を込めて、少しずつ閉じた龍の(てのひら)をこじ開けていく。


 「う──あぁッ‼」


 叫びを上げたと同時に、龍の掌が弾けて開く。

 何とかに拘束を脱した彼女は、自身に食い込んでいた龍の爪を蹴りつけ、ひらりと跳躍して俺の横に並んだ。


 呼吸も荒く、疲労とダメージは明らかだが、今かけるべきは、いたわりの言葉ではない。


 「勇者になりたいなら──まだ、やれるな?」


 彼女の目の色が変わる。

 返答する余裕はないようだが、大きく頷いたのを見て、俺も戦闘続行を決意した。そして黒龍もまた、俺達に敵意に満ちた視線を叩きつけてくる。


 「おい、あいつら、何なんだ⁉ 受験生なのか⁉」

 「いやいや、受験生が龍と真っ向から戦えるはずないだろ!」

 「それにしても、龍にとっ捕まって、自力で脱出するとか……ありえなくね⁉」


 歓声なのか野次なのか分からない声が、周囲から上がり始める。

 見せ物になるのもあまり面白くはない──早めに結論を出した方が良さそうだ。


 「君、名はなんと言うんだ?」

 「……フェリシア。フェリシア・マクラグレン」

 「了解だ。俺はアムル。よろしく頼む」


 「……やっぱり、あなたは、アムル・アル・ラシードなんだね」

 「先程も『やっぱり』と言っていたな。君は、俺を知っているのか?」

 「それは──」


 一瞬そらしたフェリシアの顔の向こう。

 黒龍が尾を振りかぶったのが見える。身体加速はまだ解除していない。俺は瞬時にフェリシアの背中側へ回り込むと、叩きつけられたそれを両腕で受け止める。


 黒龍の怒りが増しているのか、先程よりも遥かに強烈な一撃。


 魔力の外骨格に食わせてもまだ余る衝撃に、腕と背中がギシギシとひしぐ感覚には慣れているが、決して気持ちいいものとは言えない。


 俺は歯を食いしばりながら、振り返ってフェリシアを見やる。


 だが、居ると思った場所に、彼女は居なかった。魔力の軌跡を追うと、フェリシアは、俺の受け止めた龍の尾を駆け上っていた。


 その付け根あたりで、跳躍。またも、龍の額めがけて剣を振り下ろそうとしていた。

 未熟ゆえか──だからこその意地か。賢さはまだまだのようだが、そこはいいだろう。


 賢さ《それ》は、賢者おれの分野だ。


 フェリシアの揺るがぬ闘志に裏打ちされ、今一度振りかぶられたその剣めがけて、俺は力を込める。

 同時に、いくらかの爽快感が胸中をよぎった。


 ランスロットめ、見るがいい──今この瞬間、この刃は、お前のものではなくなる。


 彼女は、黒龍に向け振り下ろした自分の剣が、突如、光を帯びたのに気づいただろうか。


 刃渡り一メートルにも満たない、典型的な片手剣。その刃を取り巻くように生じた光は、ひと回りも、ふた回りも大きい長剣と化して、一気に黒龍へと叩きつけられた。

 

 人だけでなく、道具にも強化バフが出来てこその賢者だ。その真髄、威力を実証する実験台となった黒龍は、耳をつんざくような咆哮と、濃い赤色の血液を吹き出した。


 額を割られ、黒龍は今一度飛び上がって吠えた後、背中から転倒した。それが引き起こす震動、そして苦悶の叫びが、俺達にとっては勝利の証となる。

 

 着地したフェリシアは、なお構えを解かない。その目線は、暴れまわる黒龍を射止め続けている。


 しかし、黒龍は突如動きを止めると、翼を広げた。そのまま一度、翼を強く打つと、自身の体長の何倍をも飛び上がった。


 一瞥──名状しがたい強烈な視線を、フェリシアに浴びせかけた後──黒龍は、額からの流血を散らしたまま、何処かへと飛び去っていった。

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