第4話「決意─私は勇者になりたい」
「……勇者になりたいのか?」
俺の問いかけに、龍から目線を外さぬまま、ゆっくりと頷く少女。
勇者という言葉を耳にして、俺は、何も思わないでは、ない。
だが、つとめて冷静に、自分を落ち着かせつつ、ついに前脚までを振り落とし始めた龍をいなし続ける。
「勇者になりたいからこそ……入学をする必要が、あるということか」
「その通り。最短で、唯一の道だと思ってる」
「了解した。では──君の入学試験を手伝おう。二度と、あんな勇者が生まれないようにな」
宣言した瞬間、俺は、ほんの少しだけ、体内の魔力に火を灯す。予想通り、それは、全盛期を遥かに超える強さで、俺の全身から迸った。
身体に巻き付いた、かつての装備の残骸──ボロ布と呼んで差し支えないそれまで吹き飛ばさないように注意しながら、俺は少女に手を差し向けた。
〈身体強化〉、〈動作加速〉──彼女に付与したのは、剣士にとって欠かせない、基本的なものだ。
「これが──強化魔法⁉」
「そうだ。一応、魔力は見えるようだな。安心した。では──行くぞ」
言いながら、俺は〈動作加速〉の倍率を上げる。
彼女は今、耳の詰まるような感覚に戸惑っているかも知れない。
景色がほぼ停止し、埃の一粒でさえ煌めいて見え──黒龍の、鋭い爪がゆっくりと迫り来るのも、よく観察できるに違いない。
少女は、自分に向けて降ってくる黒龍の爪を、はっきりと視認している。
少しは慌てるかと思ったが、その利き手と思しき右手が、腰に帯びていた剣を鞘走らせるのを見て、俺は少し安心する。
何事も、話は早いほうが良い。
〈身体強化〉の効果は、魔力の外骨格を形成、常人と比較にならない筋力や防御力を与えることにある。
抜き放たれた少女の剣は、残像さえ引きながら黒龍の爪と激突し、拮抗の火花を散らした。
そのまま、動作加速の効果に乗せて、何度も振り下ろされる黒龍の爪を上手く迎撃している。
いい剣筋をしている。
身体も上手く使えている。何より──向かってくるものへの恐怖が、少ない。
恐れが無いわけではなく──正しく恐れ、己を律する術を、既に身に付けている。勇者志望というだけあって、覚悟と能力は秘めているようだ。
全体重をかけて落とされたであろう、黒龍の両掌を風のようにくぐり抜けて──彼女はついに、黒龍の額に、全力の一太刀を見舞った。
硬い金属音──それは、彼女の剣が弾き返された音だった。黒龍の、うねる鱗の映える額には、傷一つ無い。
各種の吐息を操る龍は、頭部の甲殻が全身の中で最も硬く、斬撃で挑むべきではない。
常識とは思っていたが、そもそも龍の処し方、戦闘の経験をこれから積んでいく若人には、一言の忠告はあっても良かったかも知れない。
これは、俺の反省点だろう。
少女の表情に浮かぶ驚きと焦りは、自身の剣が通じなかったことから来たものか。
問いかけようにも、彼女は既に、取って返してきた龍の掌に掴み取られていた。
咄嗟に、彼女に付与していた〈身体強化〉を強めたので、負傷することはないと思うが──問題は、黒龍が彼女を掴んだまま、通路の奥へと走り去っていってしまったことだ。
あの黒龍は、どうも人間との戦闘経験があるようだ。強化魔法にも射程がある──術者と引き離し、彼女の強化を解除するつもりなのだろう。
もっとも、術者が俺である以上、簡単に解除などさせない。
自分で付与した強化は、自分で解除する。すなわち安全に戦闘を終えることが、賢者たるものの大原則だ。
俺は、自身にも〈動作加速〉を施すと、黒龍のあとを追った。
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