第3話「邂逅─少女との出会い」
俺の姿を見た、一人の少年が上げた声──人を魔物呼ばわりとは、失敬極まる。
腹は立ったが、改めて両手を見てみると、乾いた血と、埃と黴とで、全身の表面が妙な色に染まっていた。
突然、壁の向こうからこんなものが出てきたら、多少は驚くのかも知れない。
だが、同情の余地はない。失敬な叫び声は、龍をさらに刺激してしまったようだ。ついに、強い怒りの証である、咆哮を上げた龍に、少年少女たちはへたり込んでしまう。
「龍にアンデッドだなんて、ホント聞いてねえって‼」
「逃げ、逃げなきゃ! 入り口どっちだったっけ⁉」
「──みんな、慌てないで! 入学試験の合格条件は、入学式に辿り着くことでしょ⁉」
どうしたものかと困っていた俺に助け舟を出すかのように、凛とした声が、俺と対面する方向から響いた。
薄暗く伸びる通路、その奥から現れた少女が、声の主だったようだ。
陽光にきらめく金髪が、目に麗しい。
腰に帯びた長剣から、彼女は剣士なのだと分かる。年格好は、場にいる他の少年少女と似ているようだが、何とも堂々として動じない雰囲気は、独特のものだった。
「早く先へ進んで! この通路の向こうが、入学式の会場よ!」
「あ、ああ……ありがとう!」
口々に少女へ感謝を告げながら、彼らは奥の通路へと駆け込んでいく。それらとすれ違うように、少女はまっすぐにこちらへと駆けてきた。
「──やっぱり、ここにいた」
彼女から漏れたその小さなつぶやきに、俺は内心、驚く。
やっぱり──とは、一体? 問うヒマもなく、彼女は俺の肩を掴んだ。
「状態は──問題なさそうね」
俺の手や足を叩いたり、瞼を指で広げてみたり──なにかの確認を繰り返した後、彼女は安心したように呟く
「君は……一体?」
問いかけた俺の方を一瞬見やった後──少女の瞳が、ぐるりと何かを追う。
ちょうど同じ動きをしていた俺の目にも、龍の尾が、こちらに向かって振り落とされてくるのがはっきりと見えた。
肩口に衝撃──お互いを突き飛ばしあったと分かったのは、背中から地面に倒れ込んだ時だった。
竜の尾は、一瞬前まで俺たちが居た場所を粉々にしている。
彼女は軽やかに転がって体勢を立て直していたが、俺はしたたかに身を打ち付けてしまった。
その拍子に──手足の軽さを覚えたのは、気のせいではないらしい。
地面に激突し、砕け散った手錠、そして足枷から漏れ出したのは──莫大な、魔力だった。
俺を包み込んでくる、この魔力の波長は、間違いなく俺自身のもの。
そうか──吸い取られていた分を、取り戻せたということか。
しかし、この魔力の量、半端なものではない。全身の神経、血管が破裂しそうな苦痛が、何度も身体を駆け巡る。
ヤツに裏切られる前──魔王と対峙した、かつての全盛期でさえ、ここまでの量を蓄えていた自覚はなかった。
俺は一体──どれだけの時間、魔力を吸い取られ続け、拘束具は延々と蓄え続けたというのだろうか。考えると少し恐ろしくなるが、今は、横に置く。
少女が駆け寄ってくる。身の無事をうなずいて知らせるが、少女はそのまま俺に接近し──胸ぐらを掴み上げた。
それは、俺を支え、立たせるというより、何かの感情をぶつけるような仕草だった。
「……無事なの?」
「ああ、君のおかげでな」
「それなら……私と一緒に、戦って」
あまりにも鬼気迫る眼差しに、俺は気圧されそうになるものの──視界の端に映った黒龍は、その時間さえ与えない。
身体は、ようやく少し動くようになった。
今一度、叩きつけられる龍の尾を、俺は──片手で受け止める。
「嘘──⁉」
少女の驚く声が聞こえる。俺の事情を含め、色々と説明してやりたいが、それも、少し後になってしまいそうだ。
成龍が、全力で振り落とす尾の衝撃は、城塞をも軽々と突き崩すほど。それを俺が受け止められるのは、単純な理由──俺が、それよりも硬くなったからだ。
強化魔法は、戦闘における基本中の基本。。
ずいぶんと久しぶりの発動だったが、〈身体強化〉の効果は問題ない様子だ。
俺は、少しだけ片手に力を込め、竜の尾を握りしめる。すると、俺の指は、鱗の何枚かをもぎ取って、龍の尾に食い込む。
千切られそうな痛みに耐えかねたか、龍はすぐに尾を引いた。
俺は、少女と居並び、黒龍とにらみ合う形を取る。
「大丈夫? 龍に、思いっきり引っ叩かれてたけど」
「ああ、問題ない。それにしても、牢獄ではなかったのか、ここは?」
「牢獄? 違うよ──ここは、学園迷宮の第一層」
聞き慣れない言葉に、一瞬、戸惑う。
「学……ダン? 何だって?」
「学園迷宮。今は、入学試験の最中なの」
「……入学?」
「ここは何百年も前に、聖王陛下の手で開拓された迷宮。私達は、その上にある学園への入学希望者なの」
色々と耳慣れない言葉ばかりが並ぶが、俺とて賢者と称された者だ。大体の想像はつく。
「……なるほどな。で、君は逃げないのか? その……入学式、とやらに、遅れるわけにいかんのだろう?」
「ここで誰かが食い止めなきゃ、逃げ遅れる人が出るかも知れない」
「それをやるのが、君でなければならない理由は?」
「私にしか出来ないことを積み重ねなきゃ──勇者には、なれないから」
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