第1話「牢獄─勇者ランスロットの裏切り」
長き戦いの果て、ついに魔王を討伐して、ようやく国に帰ったその日。
自分の寝床が、暗い牢獄の中に用意されていただなんて、誰が想像できる?
「……悪いな、アムル。これには深いワケがあってね」
鉄格子の向こうとこちらで、明暗はくっきりと分かれていた。
俺は暗闇の中、手錠と足枷に縛られ、汚れた麻布に尻を落としている。
「ランスロット──お前は本当に、相棒の扱いってものが分かってないな」
まさしく対照的に、松明の光の中で、俺が吐き捨てた言葉を受け取ったのは、ランスロット。つい先程まで俺の相棒だった男であり──勇者という称号を持つ、裏切り者だ。
「たしかに君は、私にとって欠かせない相棒だったよ。君が居なければ、魔王を斃すなど絶対に無理だった。だからこそ、こうするしかないんだ」
「手柄を独り占めにしたい──か? そんなガラじゃないと思ってたがな」
「危険性は、すべて排除しておきたいのでね。そういうガラではあっただろう?」
松明の逆光になって、よく見えなかったが、きっと今、ヤツは笑っている。
「魔王を討伐した勇者は将来、国王の候補にさえなりうる英雄だからな。邪魔者を消しておきたい気持ちは、分からんでもない」
「そうだろう? さすがは我が相棒、話が早い──その聡明さに免じ、これ以上の苦痛を与えることはしない。この牢獄の中で、安らかにに逝ってくれ」
ランスロットの言葉は、脅し文句というわけでもない。
このままでは、ヤツの言う通りになってしまうだろう。
俺の尻に敷かれた、床の麻布を汚しているのは、俺から流れ出た血なのだから。
魔王との戦闘で、俺は傷ついていた。
充分すぎるほど取り揃えたはずのアイテム類は使い果たしていたし、頑丈だった装備もボロ布同然だった。
そんな状態で、腐っても勇者と称される剣士に、背後から不意打ちをかけられたら──結果は見えている。
加えて、手錠や足枷にも、特殊な効果が付与されているようだった。
いくら力を込めて──魔力を体内から呼び起こそうとしても、この拘束具に全て吸収されてしまう。
そうでなければ、こんな牢獄、目の前のクソ野郎ごと吹き飛ばしてやれるのに。
「その拘束具は、魔王の城で君が見つけたものだ──覚えているだろう?」
「ああ、はっきりとな。重過ぎるから、その辺に捨ててやったが……まさか、こんな効果があったとはな」
「君に隠して持ち運ぶのは難儀だったが、内心では小躍りしていたよ。これでようやく、王国史上最強と称された賢者──アムル・アル・ラシードを、封殺する手段を手に入れたとね」
「そこまで買われてたとは、気づかなかったな。俺も、人を見る目がなかったようだ」
精一杯の皮肉も、ランスロットは無言で受け流す。
憎き裏切り者に、もっと罵詈雑言を投げつけてやりたかったが──段々と、意識が薄れてくる。
座っていることさえできなくなり、頭を床に打ち付けてしまったが、その痛みさえ、はっきりと分からない。
「くたばりやがれ……裏切り者のクソ野郎」
やっとの思いで捻り出した、何の捻りもない罵詈雑言も、届いたのかさえ分からない。
こんなところで、俺は終わるのか。
自分が救った王国が、世界が、どうなっていくのかも見られずに。
自分を裏切ったヤツが、英雄として祀り上げられるのを止められもせずに。
舌打ちをすることさえできず、俺の意識は虚しく途切れた──
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