9.「木剣の愚」を犯すことなかれのススメ
追手を振り切るため、パルスキーの町から少し離れる。魔女姉さんこと、シルフェさんと俺は、パルスキーから3時間ほど離れた川辺でようやく落ち着いた。
移動中シルフェさんは、青い顔でうな垂れ終始無言だった。お漏らしのことを少しでも弄ろうものならば、「お前を殺して、私も舌を噛んで自害する!!」とか、いわれそうな大変重い雰囲気だ。
まぁ、きっと、漏らしたままだと気持ち悪いからかな、と思い直し、着替えたいし洗いたいんだよね、と思うことにした。
川辺で、一旦着替えて、今はいている、ズボンとパンツを川で洗濯したら?の意図で、俺の着替え用の予備のズボンを渡したら、真っ赤な顔になり、なんとか聞こえる小さな声で
「ありがとう」
といってきた。
シルフェさんが、俺と離れて、川の方へ洗濯をしにいっている間、俺は火をおこし、温かい飲み物を準備する。同時並行で、シルフェさんの周りに追手や魔獣がいないか検知魔法を発動。もちろん、シルフェさんに気づかれないよう隠匿魔法も展開した。
シルフェさんは、エクスが言うには、魔素の練度が高い魔法師だから、本人自信も警戒しているだろうけど、ズボンとパンツを洗っているところだから、スキだらけだろうと少し心配になった。
騎士の情けで守ってやろう。俺は騎士ではないけど。
1時間くらいしたら、シルフェさんが、洗って乾いたズボンを履いて戻ってきた。乾燥の魔法を使ったみたいだ。
「ズボンを貸してくれたこと感謝します。洗って返します。」
丈はともかく、サイズは大丈夫だったようだ。俺としては、そのまま返してくれた方が、後日匂いを、、、、と考えた瞬間、左目がビリっとしびれ、殺気と電撃の気配を感じたので、思考を急ぎ止め、とっさに思いついた格好よさそうなシルフェフを言う。
「次会う時まで預けておきます」
「ありがとう。君は優しい子だね」
どういう意味で受け取ったのかわからないけど、好意的に受け取ってくれたようなので、曖昧に頷いておこう。
シルフェさんへ温めたお茶を無言で渡し、とにかく一息入れさせる。
堅い表情でまだなにかを考えているようだったので、こちらも無言を通す。
正直気まずい。空気も固い。
シルフェさんが半分くらいお茶を飲んだところで、覚悟を決めたように、口を開いた。
「アルフレッド殿。気を悪くしないでほしいですが、今回の契約の件、魔法で縛らせてもらえないだろうか。もちろん、私もパルスキーでの集めた証拠もすべて渡すこと、エクリン家のことはもとより、パルスキーで見聞きしたことを口外しないことを魔法で縛るつもりだ」
魔法で契約を縛る。
主に、貴族間や商人間で、契約時の内容に強制力を持たせ、不履行にならないために魔法を両者にかける。もし破ろうとしても、契約者の了解がない場合は、非常に強い激しい不快感(胸痛)を感じ、契約を破ることができなくなる。
パルスキーの町の状況のことを、俺は俺でシルフェさんを魔法で縛れないものか、と移動中に考えていたことなので、渡りに船な状態だ。でも、いくら、嫁入り前の年頃の娘だからといって、失禁しただけで、そこまで、思いつめた顔して、魔法で契約を縛ろうとするものなのかと、正直、違和感を持った。
うーん。理由を突っ込んで事情を聞くか、一旦断ってなにか条件を引き出すか迷ったが、まぁ、そこは乙女の秘密ということで、聞くのをやめることにした。
「俺は約束したからには、今回の件は、記憶から消すし、口外ももちろんしないが、それでも気になるのならば、契約で縛ることも厭わない。好きにしてくれ」
あえて、抑揚なく答える。
どうでもよいが、俺が家名をもっていることが分かったからなのか、シルフェさんの口調がやけに丁寧になった。
俺の返事を聞いて、覚悟を決めたように、事情を説明してくる。
「もし今の私の、、、、その、、、、状況のことが、王宮に伝わったら、第三王女殿下に、いや、第三王女殿下と第二王女殿下に対して、私が自害したとしても、償いきれないのです」
あれ?思った以上に重たい話だぞ。
シルフェが、身の上話を話し出す。
「私は、下級官吏の娘で、本来であれば、第三王女殿下の専属魔法師など、とてもなれない身分なのです。魔術大学校の同級生だった殿下と知己を得ていたので、卒業を期に、私をご自身の専属魔法師に推薦してくだったのです。」
「殿下は王立大学ではなく、魔術大学校にいかれていたのですね」
「ええ。殿下は元々魔素に恵まれていらしたので、魔術の知識を深めたいとご希望されたそうです。殿下は、学生時代から魔術への造詣が深く、自分の専属魔法師には、魔素が洗練されている者にしたいとおっしゃっていました。本当ならば、公爵家のご関係の方が就任するはずだったのに、私の魔素が気に入ったとおっしゃってくださり、私を無理にその席に押し込んでくださったのです。当然、公爵家や門閥派の貴族の方々から、身分違いだと多くの反対があり、最終的に、第三王女殿下は、実の姉である第二王女殿下のお力もお借りくださって、無理を通してくださいました。王位継承権がより高い第二王女殿下が、私の人物保証をし、問題があった場合の責任のすべてを負うという条件を門閥貴族達に約束してくださっているのです。私が専属魔法師に就任するとき、私は命を捨てて、両殿下のために死力を尽くすという誓いを国王陛下の前で立てました。でも、いざ目の前に死が迫ったときに恐怖してしまい、こんな、、、、醜態を、、、、さらしてしまいました。」
魔女姉さん、すごくまじめの人だな。
死にそうな目にあったなら、失禁や脱糞ぐらいしてもおかしくないと思うよ。
父上なんて泥酔すると5回に1回の頻度で、寝ながら失禁していたことを思い出す。翌朝、必ず、母上に子供みたいに叱られていたことを考えると、少し考えすぎではないかと思ってしまった。
「私が醜態をさらしたことが王宮に伝わると、私の身元引受人である第二王女殿下の王権争いに影響を及ぼしてしまいます。公爵家や門閥派の貴族たちは、この件を騒ぎ立て、第二王女殿下と第三王女殿下は、身を捨てるという誓いを破り、死の恐怖で醜態を晒した人物を登用する、というミスを犯した。人物眼がなく、国を率いるにはふさわしくないと吹聴するはずです。そんなことになってしまったら、私一人が自害してお詫びしたとしても、とても償うことはできないのです」
シルフェさんは、体面を非常に気にする騎士ではなく、実を貴ぶ専属魔法師なのだから、たかだか、失禁ぐらいで醜態というのは大げさな。それに失禁一つで政争が片方に傾くことなど本当にあるの?という心の疑問が届いたのか、シルフェから低い声でつぶやいた。
「そのくらい王権争いは苛酷で熾烈で卑怯な騙しあいなのです。私など想像もできないほどに。」
俺にとっては、次期国王の王権争いなんて雲の上の世界の話だから、どちらが国王になってもよいのだけど。我はただ、自分の道、小役人を目指すのみ也、と。
でもシルフェさんのこんなにも真剣な眼差しから目を逸らしてはいけない。
「小役人のススメ」の一説に、「木剣の愚」というものがある。
相手が真剣で挑んできたのに、そのことに気が付かず、こちらは、半ば遊びのつもりで、木剣で挑んで、切り殺されてしまったという故事からきているそうだ。相手が真剣な時には、真剣で対応しないと大けがする、ということを注意しているので、こちらもシルフェさんへは真剣に答える。
立ち上がり、右腕を胸に押し当て、貴族式の礼をとる。
「アルフレッド・プライセンのその名を懸けてここに誓う。今回のことは、我が記憶から消し、たとえ主君の命令があったとしても、シルフェ・アンダーソン殿との約定に従い、口を閉ざす。もしこの約定が果たらされないときは、わが命を持って償おう。もし今契約魔法で縛ることをシルフェ・アンダーソン殿が望むならば、その意思に従おう。」
シルフェさんを真剣に見返し、我が名に懸けて誓った。貴族にとって名を懸けて誓うのは、大変に重い。パン無駄の貴族の三男だとしてもだ。
約定が果たされないときは、名を地に落とすことになり、自害して償う、または相手に殺されても文句は言わない、ということと同義となる。
シルフェさんは貴族式の誓いをみて、
「アルフレッド殿。本当にありがとう。ありがとう。ありがとう、、、、」
シルフェさんは涙を目にためながら、何度も何度も「ありがとう」とつぶやいていた。
その姿をみて、パルスキーからこの川辺は移動しているときに、空気を読まずに、シルフェさんの失禁をイジらなくて本当によかった。「木剣の愚」の故事を、この川辺で再現して、小僧の刺殺体と若い女性の自殺した変死体を生み出すところだった、と一人安堵していた。




