【短編版】兵士Bの僕が勇者パーティの中核を担うに至った経緯
目を開けると知らない空があった。
「いててて、一体なんだったんだ?」
完全な不意打ち。突如起こった爆発により跳ね飛ばされたようだ。
どのくらい気絶していたのだろう。
生い茂る草木が緩衝材の役目を果たしたおかげか、大した怪我はなさそうだ。
爆発の直撃を免れたのも大きい。
遠くの方で、剣のつば迫り合いが聞こえる。
まだ、戦闘中のようだ。
――早く行かないと!!
僕は傍らに転がっていたフルフェイス型の兜を拾い上げると音を頼りに走り出した。
開けた場所に出た。なだらかで分かれ道のない緑道だ。
我がプルトニア王国の首都プルトニアから隣のベルトラの村まで勇者ご一行を護送する。
何回かこなした事のある簡単な仕事。
のはずだった。
現場には荷台だけが残されていて、馬は逃げてしまったのか姿形もなかった。
荷台のそばには3人ほど倒れている。
1番近い、同僚だった兵士に声をかけてみる。
「おい。大丈夫か?」
「…………」
返事がない……。抱き起こすと血がしたたり落ちた。
彼を丁寧に横たわらせると、他二人も確認してみる。
「…………」
「駄目か」
すでに手遅れのようだ。
傍らには、一般兵が持つ無骨な槍が転がっている。
現状、手ぶらなのに気が付き、それを拾い上げる。
勇者パーティは勇者を含めて5人だったはず。
勇者と2人の姿が近くには見えない。
聞こえていた戦闘音も途絶えてしまっている。
臨戦態勢のまま周囲を見渡すと、
「た、頼む……。見逃してくれ」
大きく、ただ焦ったような声が聞こえてきた。
声のした方に行ってみると、林道の端の斜面を下った所、
襲撃者と思われる男と尻もちをつく形で命ごいをしている男がみえた。
男の横には横たわっている別の男。出血量から察するにもう手遅れだろう。
そして、命乞い男の後方に同じく倒れている女が一人。
今回の勇者様だ。
見たところ外傷はなさそうだ。気絶しているだけかも。
息を殺して様子を伺う。まだこちらには気が付いてない。
「標的は勇者だからな。正直、他の奴らに興味はない」
「だったら……」
「お前は仲間じゃないのか? 簡単に差し出すのか?」
「ああ、昨日組んだばかりの短い付き合いだ。命とは天秤にかけられない」
「最低な奴だ。勇者パーティーになるとかなりの恩恵を受けると聞いている。打算だけでついてくる仲間なんて、勇者に同情するよ」
「なあ、頼むよ。そこに転がってるから好きにしてくれて構わない」
尚も命乞いをする男。見てられないな。
手に持っている槍を振り上げる。
ズッシリと重い。
そのまま、
「うおりゃあー!!」
声を上げて振り下ろしながら、重力に任せて跳び下りる。
下にいる敵めがけて。
ガキッ!!
不意打ちだったが、寸前で避けられてしまった。
地面に叩きつけた槍をすぐに構えなおす。
だが、相手も咄嗟の回避行動だったため、すぐには反撃に転じてこなかった。
「まだ生き残りがいたのか?」
襲撃者は極めて冷静に言い放った。
「大人しくしていれば、命だけは助かったものを」
「一応、護衛を任されているので。おめおめと逃げ帰れませんよ」
とりあえず、命乞い男と襲撃者の間に立って構えなおす。
「おい! 勇者様を連れて逃げ……」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」
おいおい。マジかよ。
アイツ一人でさっさと逃げやがった!
足元はふら付きながらも驚くような速さでその場を立ち去ってしまった。
「勇者パーティが聞いてあきれるな」
「それに関しては、同感です」
「勝手に強者感を出してる所悪いが、護衛の兵士一人で何が出来る」
「見た目で判断している時点でたかが知れますよ」
言ってはみたが、まあ、無理はない。
全身鎧の槍を構えた男。
これはプルトニア王国の一般兵の正装である(槍も含めて)。
向こうにしてみれば、どう考えてもモブがしゃしゃって出てきたようにしか見えない。
「まあ、いい。死んでもらう!」
一気に間合いを詰めて、獲物の短剣で切り付けてくる。
軌道をよんでかわすが、すぐさま返す手で切り付けてくる。
回避が間に合わないので、小手ではじくと、
バキッ!!
到底、短剣では聞かない音が聞こえる。
後ろに跳び退いて距離をとる。
相手も小手で弾いた反動で状態を崩したのか、すぐには仕掛けてこなかった。
「モブ兵士の動きじゃねーな」
「それはどうも」
答えながら、小手を見ると短剣を弾いた部分がごっそり削られていて肌色が見えた。
「『防具破壊系』の魔法でもかけてあるんですか?」
「ご名答」
なるほど。短剣でどうやってフルアーマー状態のやつと戦うのかと思っていたが、そういう事か。
「次で決めさせてもらう」
そういうと構え直す。必殺の一撃が来そうだ。
ちらっと勇者の方を見る。やはりただ気を失っているだけのようだ。
さて、どうしよう。
実は、槍術なんて初歩の初歩しか習ってない。
武芸学校の必修以外は選択しなかったから。
なのになぜ、槍を拾ったのか?
習慣とは恐ろしい。
とりあえず、全力で避けよう。
槍を構えながらも避ける事に集中する。
次の瞬間、フルフェイスが飛ぶ。
その衝撃から体も後ろに吹っ飛ばされた。
相手はその手ごたえに勝ちを確信したようだ。
まあ、生きてるんだけど。
ただ、避けようと思っていたのに避けれなかったのは負けといえば負けだ。
上体をそらすのが間に合ってなければ、首ごとフルフェイスが飛んでいた。
――やれやれ、僕もまだまだだな。本気出すか。
立ち上がった僕はおもむろに鎧を脱ぎだす。
襲撃者はフリーズしている。
Tシャツに短パン姿になった僕に、やっと声を上げる。
「な、なんの真似だ!」
「ん? いや、脱いでるんです」
「いや、そういう事じゃない!」
面倒くさいな。いちいち説明するのか?
さてと、後は……。おっ、いいのが落ちている。
僕は剣を拾い上げる。装飾の見事な宝剣だ。
勇者のパーティーメンバーが使っていたものだろう。
貴族様はやはり良いものをお持ちだ。
「鎧を脱いでどういうつもりだ? まさかそれで勝てるつもりか?」
「急に小物感がでてきましたね。この鎧、重いんですよね」
「は?」
「この程度、鎧有りで切り抜けたかったんですけど」
「?」
「そもそも、この鎧は兵士にとって制服なんで、おいそれと脱げないですし」
「ふざけてるのか? 命のやりとりで」
――確かに意味不明だろうな。
それで死んだらどうすんだって話。
そんときゃ、そん時で、自分はそこまでの奴だったって事で納得するしかない。
ポリシーのようなものだから。
さて、仕切り直しだ。いい感じに相手もかっかしてきているだろう。
「お前何者だ!?」
「うーん。身分的なもので言うと見た目通りですよ」
「そんなモブ兵士がいてたまるか!」
「まあまあ、落ち着いてください。そして、ついでに依頼人を教えてくれませんかね?」
「誰が教えるか!!」
相手が構え直す。
これ以上は話していても無駄と思ったのだろう。
こちらももう出し惜しみはしない。
これで決める。
張り詰めた空気が場を支配する。
シュン!
風を切るような音がなる。
勝負は一瞬だった。
相手が崩れ落ちる。首元からは血を噴き……
刹那、何故か切り口より炎が上がる。
え? なんで? まさか他に仲間が……。
動揺している間に、襲撃者の体は炎に包まれてしまった。
ふと、手元の剣をよく見てみる。
「あっ……」
戦闘中という事もあり、しっかりと確認出来ていなかったが、この宝剣『延焼』効果が付与されている。
しかも永続だ。貴族様といえどなかなか手に入らない逸品。
やってしまった。こんな焼死体じゃあ、情報がほとんど得られない。
こんなはずでは……。
――まあ、とりあえず直近の危機は去ったのでよしとするか。
もう辺りが暗くなり始めている。
この辺りは王国から馬車をつかっても、3時間はかかるだろう。
襲撃ポイントとして都合が良かった訳だ。
1人で逃げた男、ラルクが王国に向かっているだろうから迎えは来る。
ただ、この時間だから明日になってからだろう。
アイツの事は良く知っている。
あの時の状況から自分以外は全滅って伝えるだろう。
辺りを見渡す。
諸々をこのままという訳にもいくまい。
改めて倒れている勇者に駆け寄る。
やはり、目立った外傷はなさそうだ。
触れるのを躊躇しつつも脈を図る。
しっかりと脈拍を感じられた。
――良かった。生きている。彼女だけでも救えてよかった。
彼女を担ぎ上げる。
今の今までじっくりと見る機会に恵まれなかったが、美人だと思った。
スタイルも出る所は出てるし、眼鏡はしているが、顔立ちの端正さはよく分かる。
キレイな黒髪のショートヘアーも良く似合っている。
――とりあえず、安全な場所へ……
この時間からの移動は厳しそうなので、ひとまず馬車の荷台のある場所に向かう。
荷台の中ならテントの代わりになるだろう。
そういえば、今回のパーティは勇者以外は男だった。
普段からいけすかない奴らであったが、こうなってしまうと少々同情する。
まあ、召喚する勇者が今回で5人目ともなると、お供の質も下がるというものだ。
勇者のパーティメンバーは、主に勇者召喚の責任者であり、この国の宰相を務める男。
オルクス・ヴィン・エストニアス
彼が希望者を募って、その中から決定する。
しかし、この選定は出来レースであり、まず庶民から選ばれることはない。
主に爵位を持っている貴族の家督を継ぐ立場にないものから選ばれるのである。
選民思想の根強いこの国では、家柄が最も重視され、あらゆる面で優遇される。
庶民が成り上がるというような機会はこの国では用意されてはいない。
勇者パーティに入るというのは、それだけでステータスであり、仮に途中で抜けたとしても『元勇者パーティメンバー』という肩書きがゲット出来るため、貴族の次男坊以降の者に人気があった。
しかも、勇者はそれぞれに『加護』というパーティメンバー全体にかかる強力な特殊能力を持っている事が確認されているので、パーティの生存率が高いのも人気な理由の1つであった。
なので、必然的に勇者パーティには貴族の子息が選ばれるのである。
正直、権力をかさに威張るだけの実力不足が多いため、個人的にはいい感情は持っていない。
庶民の出ゆえの嫉妬も少々……
閑話休題、勇者様はまだお目覚めにならない。
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ガバッ!
勇者が飛び起きた。
ちょうど、後片付けが済んで戻ってきた所だった。
辺りはもう暗くなっていた。
「気がつきましたか?」
「……あなたは?」
第一声。まあ、ただの護衛だから仕方ない。
ちなみに兜を含めて鎧はつけなおした。こっちの方が落ち着く。
「あなたとパーティの護衛を命じられていた兵士です」
「そういえば!? 襲ってきた人は!?」
「僕が倒しました。救援間に合わず、パーティはほぼ全滅ですが」
「そうですか……」
「あまり気を落とさないで下さい。あなたのせいではないし、彼らも覚悟の上でしょう」
そう言ってはみたが、実際はろくに覚悟などしていなかっただろうと思う。
ただ自分の立場に浮かれていただけに違いない。
「いえ、私の責任だと思います。加護もうまく働いていなかったようですし」
「勇者の力については分かりかねますが、誰も出発直後に襲われるとは思わないでしょう」
「そうかもですが……」
「ベルトラの村に行くのだって魔王討伐に向けての準備ですし、その準備前に襲われているんだから無理もありません。」
慰めている自分の立場に内心笑った。一兵士が何をいってるんだか。
もっとも、ただの慰めというわけでもなく、勇者パーティーは隣の村周辺で各々の実力を確かめ連携を強化するというのが通例になっていた。
まさかその前に襲われるとは誰も予想していなかっただろう。
「今までもそうでしたよ。即興のパーティがすぐに機能するわけないでしょう?」
そう言った自分に勇者は怪訝な顔をした。
「ちょっと待って下さい。今までもってどう言う意味ですか?」
「えっ? だって、召喚された勇者様はあなたで5人目ですよ」
彼女は驚きの表情で固まってしまった。
――ん? まさか知らなかった?
「宰相様は何と言っていたのですか?」
夜が更けていく。
テント代わりの荷台の前で焚き火をして暖をとっている。本格的な冬はまだ先だが、夜はそこそこ冷える。
予想通り、迎えは明日だな。少し小腹が空いたが1日くらいならなんとでもなる。
「何も持ってなくてすみません。お休みになるようでしたら荷台をお使い下さい。僕が見張りをしておきますので」
「……ありがとうございます」
色々ショックだったのか元気がない。
焚き火で憂いを帯びた表情がうかがえる。
ふと、何かを思い出したのか慌て出す彼女。そして、
「お、遅くなりましたが、助けていただきありがとうございました。」
「いえ、こちらこそ護衛なのに後手にまわってしまい申し訳ないです。あなただけでも助けられて良かった」
正確にはもう1人生きてるけど。あいつは多分、次会ってもお礼の1つも言わないだろうな。
「それに情報まで……。まさか5人目とは思いませんでした。最後の希望とか言ってましたし」
「まあ、僕ら末端にはたいした情報は降りて来ないので、一般人が知ってるレベルですよ」
他の勇者の召喚について隠していた辺り、他にも色々と秘密がありそうだ。
「私、これからどうなるのでしょうか?」
「それですが、王国に戻れば、きっとパーティが再編されますよ。詳しくは知らないですが、勇者召喚はそんなにお手軽には出来ないようですし」
「お手軽では困ります!あんなもの拉致と同じです!!」
「スミマセン。まさか強制転移とは……。同意のもとかと思ってました」
召喚のいきさつを聞いてみたら、突然この世界に連れて来られたとの事。
元いた世界は魔法とかはなくて、モンスターとかもいないそうだ。
全く勝手の違う世界から無理やり連れてこられて、勇者として祭り上げられる。
災難すぎる。僕は完全に勇者に同情していた。
今までの4人の勇者は、割とノリノリに見えていたので、すっかりそういうものだと思っていた。
「それでは、元の世界に帰るには、魔王を倒さないとならないんですね?」
「宰相さんはそう言ってました。魔王を倒せるのは勇者だけだとも。本当でしょうか?」
「そこについては何とも。僕も宰相様の事はよく知らないんです。5年ほど前にふらっと現れて、すぐに宰相に抜てきされたみたいです。現王がまだお若いのもあって、実権のほとんどは宰相にあるとか」
「新参者が、なんでまたそんな地位に?」
「何でも自身も昔世界を救った勇者パーティにいたみたいです。宰相が召喚する以前の」
そう。件の宰相は勇者と共にこの世界に平和をもたらした英雄だという話だ。
ただ、それは100年以上前の事。
そうするとゆうに100歳を超えていることになるが……
「悪魔か何かですか?」
「まあ、噂の域を出ないので。今のところ、たまに勇者召喚する以外はいたって普通な事しかしてないです」
「たまにって……。まあ、他に手がかりもないので、今は信じるしかなさそうですね」
確かに分からないことを議論していても仕方ない。
「あ、あとついでに一つ聞いてもいいですか?」
「なんですか?」
「なぜ、そんなにお強いのに一兵卒なんですか?」
「あれ、僕が戦ってる時、意識あったのですか?」
「あ、いえ、すみません。勇者としての『能力』でして。簡単に言いますと相手の強さが数値化されて見えるんです」
「どういうことですか?」
「例えば、あなたはLV.55って出ていますね」
「レベル……? 何となく意味は分かりますが……」
「あ、すみません。私の元いた世界の『TVゲーム』というものではポピュラーなんですが、要するに数字が高い程強いって事です」
「なるほど。それが勇者様には見えるのですね」
「一瞬見たぐらいだと見えないのですが。ちなみに、パーティの皆さんが平均20くらいで、襲ってきた人が35でした。私はまだLV5です」
数字の通りの結果になっている。ってか、いきなりあなたは、LV.55って言われても強いんだか弱いんだか。
まあ、勇者パーティーより高いのは、今までの努力が無駄ではなかったと言う事なので嬉しいが。
「そうですか。それで、勇者様を鍛えるために隣町で修行する必要があるんですね」
「みたいです。宰相様には大体、30くらいになるまでは上げなさいと言われました」
宰相はそこら辺の事情を知っているのか。
まあ呼び出した張本人だしね。
「もちろんレベルで全てが決まる訳ではないそうですが、判断材料に出来るのはありがたいです」
「なるほど、極端にレベル差があれば、逃げる選択をする事でパーティの生存率を上げれる。他の冒険者達からするとうらやましいでしょうね」
「ええ、でも今回の場合は……」
「今後は気をつけるべきでしょうね。こちらが見つける分には良いですが、むこうから狙ってこられるとそのアドバンテージは失いますから」
「ええ……」
変な沈黙が流れた。何かおかしな事を言っただろうか?
「兵士さんはドライなんですね?数時間前に出会った私でもまだ受け止められないのに、すごく落ち着いている」
ああ、犠牲になった連中の事か。
「そうですね。一応、見知った顔でしたが、お世辞にも仲は良くなかったので。それに兵士になった時点で人の生き死にについては割り切る覚悟をしていたので、あまり動揺しなかったですね」
「そうですか。私の元いた世界は、そういったものとは無縁な所だったので……」
「無理もないです」
「……」
「……」
沈黙が流れる。
「もし、寝れないようでしたら眠くなるまでお話ししませんか? 勇者様の元いた世界について色々と知りたいですし」
「ええ、すぐに寝れそうもないので是非」
なんとか話題変更に成功した。
夜はまだ長そうだ。
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遠くに馬車が見えてきた。プルトニア所属の旗を掲げている。
どうやら迎えが来たようだ。
結局、朝方まで会話は続き、その場で寝てしまった彼女を荷台へと運ぶことになった。
最初はこちらから色々と聞いていたのだが、後半もなると、ただの愚痴をこぼす彼女に、僕はもっぱら相槌をうっているだけだった。
色々、溜まっていたのだろう。しまいには向こうの世界での愚痴に発展して何のことやらさっぱりだった。
彼女は向こうでは『学生』で、魔法などは存在せず、王族だったり特殊な血筋だとか言う事は一切無いごく一般的な家庭で育ったとのこと。
勇者召喚とはいったい何なのだろうか。
馬車が到着し、数名が荷台より降りてきた。と、最後に降りてきた人物に目が釘付けになる。
宰相、オルクスが自らやってきたのだ。
とにかく、馬車に駆け寄る。
「ご苦労様です!」
「貴様。誰だ!」
オルクスのすぐ隣にいた男に詰め寄られる。
「護送についていた兵士です」
「こちらは全滅と聞いて来ている。そもそも勇者や勇者パーティがやられて、ただの兵士が生きているものか!」
「お待ちなさい!」
オルクスが男を制した。
「話ぐらいは聞くべきでしょう? ただし、あなた。もし敵を前にして逃げたりしたのなら敵前逃亡で重罪よ。心して話してちょうだい」
「はい。不意打ちの魔法攻撃により吹き飛ばされて、気がついてすぐに駆けつけましたが、その時には報告に戻ったラルクと勇者様以外はすでに……。ラルクを逃した後、襲撃者は何とか倒して勇者と共に救援を待っていた次第です」
「何と! 勇者は生きているのですか?」
「はい。今は荷台で休まれています」
オルクスは少し考えるそぶりをみせた。そして、声を上げた。
「ラルク君! 聞いていた話と違うようだけど、どうなの!!」
ラルクが馬車から出てきて、オルクスに駆け寄った。
「オ、オルクス様。私がこの場を発った時はまだ襲撃者とそこの兵士が対峙していて……。そ、そうだ! そこの兵士は偽物です。一兵士があんな化け物に勝てるはずがない。その兜、顔が分からない事を利用して成り代わっているんです!!」
絶句した。コイツはいったい何を言っているんだ?
「襲撃者の遺体はどこかしら?」
「こちらに他の方と一緒に運んであります」
答えつつ、ヤバイことに気がついた。
――遺体、黒焦げやん。
「これじゃあ分からないわ。ラルク君の言う可能性もあるわね~」
「お待ち下さい。このフルフェイスを脱ぎますよ」
こうなるとこだわりもクソもあったものではない。すぐさま兜を脱ぐ。
しかし、オルクスにはピンときていないようだ。
「はぁ。私がいちいち一兵卒まで顔を覚えていると思ってます?」
なるほど。そう言う人だと認識している。しかし、
「確かにオルクス様には分からないかもしれないですが、ラルク! お前は分かるだろ!!」
ヤツの事を知っていたのは、不幸中の幸い。決して仲良くは無かったが(むしろ、ヤツからは身分の違いにより見下されていた)、僕の方が座学も実技も上回っていることに腹を立てて、よく分からない事でマウントを取りにちょっかいをかけてきていたので、顔を知らない訳がないのだが、
「ブッ! ブライ……。い、いや、お前なんか知らない……」
「はあ!?……仮に知らなかったとしても、お前は襲撃者の顔を見てるはずだろ!」
「ぬ、布で口元を隠していたから。しっかり見ていない」
コイツ……。次から次へと嘘を湯水のように……。襲撃者は自信があったのか、ガッツリ素顔を晒していた。めちゃくちゃだ。
「はぁ……。意見が食い違うわねぇ。どう判断すべきか……。そうだわ!!」
オルクスは何かを閃いたようだ。その場のみんなが注目した。
「現状、あなたの正体が分からないでしょう。だから、あなたがプルトニアの地を踏む事を許さない事にします!」
「はあ!?どう言う事ですか?」
「そのままの意味よ。あなたは国外追放」
「なんでそうなるんですか!?」
「あら、あなたにとってもその方が良いはずよ。あなたが襲撃犯なら本来死罪。それを見逃すと言っているのよ」
「いや、だから僕は襲撃者じゃないですって。前提がおかしいです!」
何だ? どう言う状況なんだ? 意味がわからないぞ。
次、どうするべきか思案していると、
「お待ち下さい! 宰相様!!」
荷台から勇者が駆け寄ってきた。どうやら、騒ぎに気が付いて起きてきたようだ。
「この方は確かに私を助けてくれました。襲撃者ではありません。現に私が生きているのがその証明ではありませんか?」
「勇者様は襲撃者が死ぬ所を目撃されたのですか?」
「そ、それは……」
助かったと思いきや……。勇者はその時は気を失ってたな。
「で、でも、襲撃者の目的は私の命のはずでしょう?」
「そうとは限らないでしょう。プルトニアに潜入するのが目的の可能性もあるわ」
「そ、そんな……」
「それと勇者様。起きて来られたならついでにお伝えさせていただきますけども、あなたはクビよ」
「え……」
「だって、そうでしょう。共に来てくれた仲間を3人も死なせたのですもの。彼らの親に申し訳がたたないわ。本来なら死罪でもおかしくはないのだけど、呼び出した私にも責任があるから命だけは助けてあげるわ」
「そんな……。魔王はどうするおつもりですか?」
「まあ、簡単ではないけれど、次を召喚するわ。だからあなたはいらない。何処にでも行きなさい。ただし、プルトニアには立ち入り禁止です」
なんて事だ……。僕だけでなく勇者まで切りやがった。
「さて、話はおしまい。さあ、あなた達、遺体を収容しなさい。しっかり親御さんの元にとどけてあげないとね」
そこからの奴らの行動は早かった。遺体を乗って来た馬車に積み込むとさっさと出発してしまった。後には、僕と勇者だけが残された。
――さて。どうしようか?
僕は意外と冷静にこれからの事を考えていた。そもそも出世の望めないプルトニアはいずれ出ようとは思っていた。家族や友達に会えなくなるのは辛いが旅立ちが早まったと思えば……。
そこでチラリと勇者を見た。彼女はあまりの事にただ立ちすくんでしまっていた。
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馬車は来た道を戻っていた。馬車には荷台とは別に小さな個室が1部屋分あった。
中には宰相オルクスとラルクが向かいあって座っていた。
ラルクはただ下を向いて黙っていた。
「ラルク君」
オルクスは静かにただ威圧感のある声で話しかけた。
「お父上に感謝しなさい。次は無いですよ!」
その言葉にラルクは震え上がり、ただうなずくだけだった。
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勇者を置き去りにされた荷台へと誘導して座らせた。
「少しは落ち着きましたか?」
そんな訳無いのを重々承知で聞いてみる。
「…………」
無理も無い。勝手に召喚されて、勝手に追放されてしまったのだ。その心中や僕には到底分からない。まあ、追放仲間という点では共感できるが。
「あの……」
「何でしょう?」
「足手まといは承知でお願いしたいのですが、私とパーティを組んでいただけませんか?」
「はい?」
「も、もちろん、あなたにメリットが無いのは重々承知なのですが、もう私にはあなたしか……。お願いします」
彼女はその綺麗な瞳で真っ直ぐ見つめて、そのあと深々と頭を下げた。
――言われなくてもこっちから提案しようと思ってたんだけど。
「顔を上げてください。もちろん。僕で良ければ喜んで。」
その言葉に彼女はパッと顔を明るくして手を掴んできた。
「あ、ありがとうございます」
彼女の顔が近づいたことで良い匂いが漂い、僕はドギマギしてしまった。
こういう事には慣れていない。
「じ、じゃあ契約成立という事でどうしましょう? とりあえず、当初の目的のベルトラの村にでも向かいますか」
「は、はい。よろしくお願い致します」
僕たちは歩き出した。時刻はまだ昼前ごろ、今から向かえば、徒歩でも夕方頃には着くだろう。そんなに人の行き来のある村ではないので宿も問題なくとれるだろう。
「そういえば……」
前を歩いていた勇者が突如振り向き話しかけて来た。
「お互い名前を名乗っていませんでしたね。一晩を明かしたのに申し訳ございません。私は『芙蓉カナメ』って言います。カナメって呼んで下さい」
「こちらこそ。普段あまり名前を聞かれないのですっかり忘れてました。僕はブライト。『ブライト・エストニック』と申します。芙蓉様、よろしくお願いします」
「やだ、カナメって呼んでくださいって言ったじゃないですか。それに『様』付もやめて下さい。勇者もクビになった訳ですし」
「そ、そうですか?じゃあ、よろしくカナメ……さん」
「もー。固いですって。私が同行させてもらってるんですから」
彼女の笑い声が響き渡る。少しは元気になったようで良かった。
勇者カネメと兵士ブライトは、魔王討伐の旅の道中に様々な偉業をなしとげ、その名前は大陸中が知る所となるのだが、それはまた別の話。
最後までお読みいただきありがとうございました。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
と思っていただけましたら、下にある☆☆☆☆☆から作品への応援お願いいたします。
面白ければ星5つ、つまらなかったら星1つ、素直に感じた気持ちで大丈夫です。
初投稿で至らぬ点も多いと思いますので、ご意見、ご感想もいただけますと幸いです。
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短編版の様子をみて、好評なようであれば、長編として投稿していければと思っています。
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