幕間「契約」
──私は夢が嫌いだ。
「グリア、君だけは……」
「ーーッ駄目です。しっかりしてくださいお父様!」
──私は夢が嫌いだ。
「この、家を、私たちの絆を……」
「母様、いかないで!」
────私は、夢が……。
「ーーグリア」
「なーに?お兄様」
「灯火を、グリアが大きくなったら、よろしく頼むよ」
「ーーうん!分かった!」
──私…は。
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「……起きられましたか。調子はどうですか?」
「……良好、とは言い難いかな。すまないが水をくれ」
そう言いながら、掛け毛布を退かして起き上がる。
あれから、どれくらいの時間が経っただろうか。
アサガミには、悪いことをしたな。
「グリア様」
「あぁ、ありがとう」
少し冷えた水を飲む。火照った身体に、冷たい液体が流れて、血の巡りが早くなった気がする。
明日は二日酔い確定だろう。リーシアに治癒魔法をお願いするか。
「ミネ、アサガミ君に挨拶はしたか?私が見ている限りだと、する様子もなかったが…」
「……正直に言いますと、まだしていません」
やはりか……。
「多方、想像がつくが理由を聞かせてもらおうか」
「失礼ですが、グリア様は、本当にあの者を「灯火」に入れるのですか?候補者なら、まだ他にも……」
「──これは、決定した事だ。明日、ギルド本部に提出する」
「しかし──」
「ミネ、あまりアサガミ君を侮らない方がいいぞ」
「……どう言う意味ですか。見たところ、少々頭は回る様ですが、至って普通です。魔力の扱い方も、まるで数十年も使っていないように思われます。それに…。まさか、グリア様はあの嘘を本気で?」
嘘…と言うのは、アサガミ君の記憶喪失発言のことだろう。流石に、記憶喪失は無理がありすぎる。自分の名前も、見知らぬ衣服の事を知っていたのだから。
そこまでして、私たちに何かを隠したいのだろう。治癒魔法で無理矢理吐かせる事はできるが、そうまでして関係を悪化させたくはない。
「まさかだろ。お前が不審がるのは分かる。明日だ、明日、本部に行くついでに、彼に検査を受けさせよう」
「適正検査ですか?」
「あぁ……」
「では、宝物庫を開けておきますね」
そう言いながら、書物室の部屋を出るミネを見送る。まだ、彼女は不服そうだ。
「──。一週間に一杯だろ。分かってるよ、兄さん」
ポツリと、免罪符の様に言いながら、私は立ち上がった。
戸棚を開けて、使い古された傷だらけの酒瓶を手に取る。緑色の瓶の中には、うっすらと琥珀色の液体が並々と入っていた。
封を開けて、さっきの水が入っているグラスに注ぐ。夜風が、カーテンを靡いて、窓越しに月を見る。
「『星戦』から十年…ようやく、ここまで来たよ。後は『本』に聞くだけさ」
月に向かってグラスを掲げ、飲む。毎週飲んでいるはずだが、やはり慣れないな。
「……アサガミ・ユウ。君は、一体何者なんだ?」
思い出すのは、黒髪黒目の少年──でははく、白髪の少年の方だ。
私は、目を瞑り、もう一度あの場面を思い返した。
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「救急班は負傷した者を、残った兵はリゲルの元へ行け!」
煉獄の炎に当てられながら私は叫ぶ。
思ったより見つかるのが早かった。幻影魔術を予め貼ってはいたが、誰かが解いたのか。
適当に、兵を集めたのが裏目に出たか。そうなると、奴らの伏兵は街中にいる事になる。
さて──。
『聞こえるか、クリミア』
『──はい』
『私は、散り散りになった奴隷達を探す。そっちは任せたぞ』
『了解』
念話を切り、大半の奴隷が逃げたであろう山頂に向かった。
++
「あれは……アサガミ君?」
あれから、私は人が無理矢理通った獣道を見つけ、進むとそこには、確かユキと名乗っていた少女を連れて走っていた。
そのすぐ後ろには、数人ほど白装束の奴らが後を追いかけていた。
このままではいずれ追い付かれる。それは、アサガミにも分かっていたらしく、後ろを振り返らず、必死に走っていた。
戦うか…?見たところ、かなりの強者だ。王級か、上級剣士レベルだろうか。
それほどの者が、組織にはいるのか。せめて、リゲルでも連れてくれば良かった。
……叩くなら奇襲か。
「あまり使いたくはないが……必要経費だな」
そう言って、装填準備に取り掛かる最中に、遠くの方で、凄まじい爆撃音が鳴り響いた。
「これは……!?」
圧倒的な重圧を感じる。音の元からはかなり遠いのに、ここまで威圧が届くとは……。
「まさか…いや、ありえない!」
まさかだとは思うが、『八強序列』の一人が来たのか?
リゲルとサトウ・タクトの戦闘が脳裏に過ぎる。あの頃は、『八強序列』には入っていなかったが、それでも、王級魔法使いの私でも戦慄する程の強さだった。
その頃のサトウ・タクトより、この重圧は重く、苦しい。
「あれは…アサガミ君?」
前方、草原生い茂る丘にて、白髪の少年が立っていた。
その横には、ユキが倒れており、その白髪の少年がアサガミ君と分かるのだが、ありえない。
黒髪から白髪に変わったこともそうだが。何よりも、あの温厚そうな少年が、たった数分であの覇気が出せるものだろうか。
覚醒…と言うよりも、別人の雰囲気だ。
「──ッ!」
追手の一人が剣を、後方の二人が魔法を唱えた。
アサガミは一瞬、私の方へと向き、ニヤリと笑った。
「水弾」
斬られる直前、手を前にかざして、アサガミは言った。その直後、掌から家一軒分並みの大きさの水弾が放たれた。
水弾は、剣が当たる前に一人を貫き、後方の魔法士諸共貫き、止まることなく森の木々を押し流した。
「あ……」
私は、もし「水弾」だと言われなかったら上級魔法である「水龍の咆哮」と勘違いしてただろう。
初級魔法である「水弾」は、誰でも、子供でも行える簡単な魔法であり、よく火季になると子供達が水鉄砲がわりに使う。そんな、殺傷能力の殆どない魔法だ。
魔法の強さは、確かに術者によって様々だが、ここまでの大きさで、なおかつ止まることもない威力と考えると、王級か、あるいは龍級か、もしくはそれ以上だ。
「……警戒するな、危害は加えん」
気づけば、目の前にアサガミがいた。この距離を一瞬で詰められ、私は驚くよりも、先に口が出た。
「……お前は、誰だ?」
「アサガミ・ユウ……ではないのはもう分っているか」
「名乗れと言っている!」
「──ほう、俺と闘うというのか」
少年の視線が右手に向く。フェイントのつもりで左手に魔力を貯めていたのだが、こうもあっさり見破られるとは。
「その力…なるほど、その自信はそれか。だが──」
「っく──!」
右手を振るおうとしたその時、奴の右腕が伸び、掴まれる。左手で反撃しようにも、その左手向けられて、先ほど見た水弾がこちらに牙を向いた。
大きさこそ、小さいが、高密度の魔力が練られている。
少しでも動かせば、私の腕はちぎれ飛ぶだろう。
「──『本』」
「──!」
「なるほど、その反応。そうか、そういうことか……」
右手を拘束する力が緩んだ。展開中の魔法が途切れ、辺りに発散される。
「なぜ、お前がそれを……」
「お前が、それを一番よく知っているだろう。
もし、あいつと会ったらこう言え、「記述通りだ」と」
なぜ、その事を知っているのか、いや、今はそんな事どうでもいい。
「……お前と『本』の関係は、この際聞かないことにしよう」
「ずいぶんと聞き分けがいいな」
「本のことは、私にも詳しくは知らない。──取引と行こうじゃないか」
重苦しい空気がガラリと変わった。
「君の事を口外しない。君とアサガミ君との関連性はないと、私が保証しよう。君も、その方がやりやすいだろう」
「ほう、それで。俺に何を望む?」
「──お前の力を、借りたい。私にはまだ、やりたい事がある」
少年は手に顎を添え、沈黙する。
承諾してくれるかどうか……… もし、その答えが拒否だったら。
右手に力を溜める。その時、少年は笑って──。
「まぁいいだろう。承諾しよう……『誓いをここに、根源たる私が契ろう』」
「――『誓いをここに、接続者である私が結ぼう』」
呪文詩が右腕に巻きつき、消える。これで契約は完了した。
「──っ!?」
「オマケだ、有り難く受け取れ」
右腕が熱い。呪文詩と共に「ナニカ」が右腕に入る。
その「ナニカ」は右腕の中で暴れ回り、やがて受け入れたかの様に浸透した。
「何をした──」
顔を見上げ、問い詰めようとした時、その少年は倒れていた。気づけば、髪は元の黒髪へ戻っていた。
私は、すぐに念話を始めた。
『リゲル』
『──あぁ、こっちは終わったぜ』
『それなら、良かった。それと、何人か救急班の隊員をこっちに寄越してくれ』
『了解』
念話を終え、額から浮き出る汗を拭う。これなら、直ぐにでも駆けつけてくれるだろう。
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「『灯火』の復活…上が黙ってはいないと思うが──致し方あるまい」
もしかしたら、この酒を飲めるのは今日が最後かもしれない。
それは、悲しい事なのか、それとも嬉しい事なのかは分からない。だが、
「時代が変わる。国が隠し続けた真実も、私たち「灯火」が必ず暴く」
そして、必ず見つけ出す。私たちの幸せを壊した、あの男を。
これで、第一章は終わりです。
気づけば、一年経ってしまいたました(誠にすみません)
これからは、投稿頻度を上げていきますので、何卒よろしくお願いします。
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