第一章07「自己紹介」
「だからぁ、私はぁ、違うって言ってるじゃ無いですか〜」
アハハハと言いながら、俺の肩をバシバシ叩くグリアさんに俺は水を飲ませる。
グリアさんは赤を通り越して青色になって、バタンと倒れる。
あれから、結構な時間が経った。
「どうして……こんな事に」
辺りを見渡す。乱雑にされたカーテン、折れた旗幕。紙吹雪の様に舞い落ちる酒瓶。
それを囲うように倒れる三人。
切り取ってみれば殺人現場のソレである。
「どうして……」
どこで狂った?数時間前まではあんなにも楽しかったのに……。
ーー
ようやく、立ち上がれる様になってきた俺は、手当たり次第に近くにいる人に、自己紹介を続けた。
屋敷にいる全員に、挨拶した。
屋敷の全員といっても、数百人もいると言う訳でも無く、グリアさんとメイドと、リゲルと「灯火」のメンバー二人を除けば、獣人の大男と、その近くにいる少女だけだった。
「アサガミ・ユウです。お世話になります!」
腰を九十度に曲げて、頭を下げる。バイト歴半年の俺のお辞儀回数はもはや千を超え、今では誰もが息を呑むほどの様になってきた。
「こ、こちらこそ宜しくお願いします!」
そんな俺に感化されたのか、向こうも、同様に頭を下げた。
ふっ、甘いな嬢ちゃん。それじゃ腰を痛めるぜ。
なんて。
「えぇっと、私の名前は、リーシア。宜しくね、ユウ君」
「……クリミア・シュガー。よろしく」
緑色の髪を靡かせた優しそうな女性と、「ゆるふわ系」の印象が強い、ふわふわしている白銀の女の子が目の前にいた。
「おぅ…さすが異世界。美少女率が半端ないって」
今まで出会った女性は四人だけだが、どれも可愛い、美人、端麗、可憐だ。リゲルだって、前の世界だと相当なイケメンレベルだ。蛮族みたいな洋服を変えてちゃんとした服を着たせたい。
「ん?もしかして……」
「あ、覚えててくれたんですか?」
どこか、見覚えのある姿に俺は首をかしげる。
すると、リーシアと名乗る少女は、未使用のタオルを頭にかけた。ローブのつもりなのだろうか。
だが、疑念は確信に変わった。
あの時、足に怪我をした俺を治癒魔法で助けてくれた人だ。
「その説は、おせわになりました」
「ううん、全然。それが私の役目だから」
それが当然とでも言うように、自分に言い聞かせるように、リーシアは言った。その後、眠そうに瞼を擦るクリミアを連れ、テーブルに向かった。
入れ違いに、リゲルがやってきた。
「今のがオレ達「灯火」のメンバーだ。これで全員か?」
「いや、後二人いる。ちょっくら行ってくるわ」
オレンジ色の液体が入ったグラスを持ったまま、肉料理を掻っ攫うリゲルを尻目に、俺は厨房らしき所の近くに座っている二人組に声をかけた。
「こんにちは、俺の名前はアサガミ・ユウです。よろしくお願いしま──!?」
「おうおうおう!これが嬢の言ってた新入りか!?よろしくな!」
お辞儀をしようと頭を下げるが、その頭を鷲掴みにされて、気づけば、天と地が逆さまになっていた。
揺れ続け、交差する天と地を見せられ、ようやく自分が持ち上げられ、乱暴に振り回されたのだとわかった。
「や、やめ、ろ……ゲロっちま…う」
胃の中に熱いものが込み上げる感触がある。やめさせようとしても、筋肉には敵わなかった。
「父さん、辞めなよ。この人凄い顔だよ?」
「グワハハハーー何?」
「だから、この人凄い顔だよ。警報石みたいに赤色から黄色になって今、青い顔になっている」
「そ、うだ。……早く、降ろせ」
「あ、あぁスマン!おぉーい、リーシアちゃん、坊主に治癒魔法かけてやってくれ」
どすんと床に落ち、急いで駆けつけてきたリーシアに、魔法をかけてもらう。
じんわりと、身体に魔力が流れ、気持ち悪さが消えた。
「もう、ガディさん。一応は病み上がりなんですから気をつけてくださいね」
「悪かった悪かった。坊主も、すまんな」
「しゃ、社会的に死ぬ所だった.……」
さすがに、この場で吐いたら次の日からはゲロガミと呼ばれる所だろう。
「スマンスマン。それで、俺の名前だったな。俺の名前はガディ。そしてこいつは、俺の息子のフー──」
「ヒューネルだよ、父さん……。さっきは、僕の父さんが迷惑をかけてごめんね」
「息子?」
申し訳そうな顔をして謝るヒューネルを見つめ、首を傾げる。
いや、どうみても、女の子にしか見えないんだが……。
しかし、本人が男と言うのであれば男だ。
……今度、裸覗いてみようかな。
「えぇと、ガディさんに、ヒューネル君?」
「ガディでいいぜ、坊主。俺らは主に、厨房を扱っている。何か好物あれば言うてみぃ。朝食に作ってやるから」
「お、おぉ……。料理男子、いや、この場合料理獣人?この料理も美味しかったけど、手作り?」
「ん?俺は作っていないぜ」
そういうと、ヒューネルを前にだし、白い、コック帽を被せる。
え、嘘だよな?
「こいつが、この屋敷の厨房を任せている」
まじか!?見た目まだ十歳位だぞ。マジか……。
「凄いな、この歳でか」
「父さんは料理苦手だからね。僕が家事全般をやって来たよ」
「お父さん何やってたの!?」
「おん?魔獣狩ってた」
まさかの狩りかよ。
そんな感じで、俺と親子の会話は弾んだ。ヒューネルと俺との歳が近く、ガディも人懐っこいからか、話の熱は増す。
だから気づかなかった。
ガディが持ってるグラスの中に、琥珀色の液体が注がれていたことを……。
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「……全く、我が主様は。お酒が飲めないのに、ガディの口車に乗らされて……」
メイドは、主人であるグリアさんを抱え、近くのソファに横たわせると、その近くで酔いつぶれていたガディをゲシゲシと蹴る。
「あ、あの……」
「ユウ様、今日はお開きです。主人は私が。こんな形となってしまいましたが、ようこそ、「灯火」へ」
そういえば、まだ、彼女の名前を聞いていなかった。確かに、あの会場にはいたのだが、声をかけようとする度、いなくなる。
「すいませ──」
声をかけようとしたが、前方にいた彼女は突如姿を消し、ドアの開く音が聞こえたと思えば、後ろの、書斎室の扉が開けられ、メイドの後ろ姿が見えた。
「酔ってるな…俺」
実は、少しだけだが俺も酒を飲んだ。
この世界は、一五歳以上から飲酒が可能であり、十五歳になると、アルコール度数の低い酒が飲め、二十歳で、ようやく高いアルコール度数の酒が飲める…らしい。
少し、ガディが飲んだであろう酒瓶を、少しだけ飲んでみた。その酒を飲んだ瞬間に酒に呑まれそうになった。
お酒、怖い。
唯一、一五歳未満であるヒューネルや、途中からいなくなったリーシアとクリミアは、あの混沌の気配に気づき、退散したのだ。
さて、ここから部屋に戻るのもダルい。それに、頭がふらふらする。
俺はなんとか、ソファに寄りかかり、瞼を閉じた。