第一章05「灯火」
「知らない天井だ」
言ってみたかった台詞ではあるが、実際に体験してみたら、確かに第一発言はそれになる。俺は固いベットから半身を起こして、辺りを見渡す。
蛍光灯はないが、朝の日差しが眩しくて、室内は白い光で満たされていた。「病院」、その印象が強い。
「助かったのか……?」
ペタペタと、己の体を触って確認する。足が失くなっていた──!手が失くなっていた──!なんてことは無かった。ちゃんと五体満足だった。良かった。
「その様子だと、元気だけはありそうだな」
ガラララと、引き戸が開いて、看護婦らしき人物と、キチンとした礼装姿のグリアさんが入ってきた
「グリアさん…」
「四日ぶりだな、アサガミ・ユウ。身体の調子はどうだ?」
「全然なんともないんですけど……ん、四日目?」
ということは、俺は四日間寝ていたということか?直前の記憶がアレなので、よく分からない。浦島太郎状態だ。
確かに、言われてみれば体の関節が固まっていて、動かすと痛い。
「はーい、それではアサガミさん。裸になってくださーい」
そのあとは、少し癖のある看護師に触診され、異常なしでスピード退院した。治療費のことが心配だったが、なんと事前にグリアさんさんが払ってくれたらしい。お礼を言うと、当たり前のことをしただけだと、素っ気ない返事が返ってきただけだ。
「そうだ、ユキは、俺と一緒にいた女の子はどうなったんですか?」
「私が来た時には、君はユキと共に倒れていたよ……目立ったが外傷もなく、ただ気絶しただけだ」
と、いうことは……。
「無事だ、一昨日退院したよ」
「そうですか……。良かった」
どうやら、本当にゼロンは約束を守ってくれたらしい。後でお礼を言おう。
それはそうと。
「なんで、俺について行くんですか?」
「……では、逆に聞くが、君は何処か行く宛はあるのか?」
「それは……」
ない、俺は多分アテもなく放浪するか、それこそ、この世界の知識があるゼロンに頼るだろう。俺が、押し黙っていると、グリアさんは着いてこいと、短く言う。
小さく、入り組んだ路地を抜けて、人通りの多い商店街に似た通りを歩く。
「おう、グリアちゃん、ここんところ顔見せねぇから心配したぜ。何か持ってくかい?」
「んまぁ、グリアちゃん!?もう、最近来ないから心配してたのよう……」
グリアさんの顔を見た途端、店主らしき人物や、買い物していたおばさんやらがわっと集まってくる。
グリアさんは笑顔で対応して、ずんずんと、奥へ進む。
「慕われているんですね……」
「私が幼少期の頃からここに通ってたからな。と、ここだ」
しばらくして、先程の通りからちょっと離れた所、凄く大きい屋敷に到着した。
グリアさんがさっと左手を上げると、それに合わせるかの様に門が開門する。
あまりの壮大さに、俺は一種の不信感を覚える。
「安心してくれ、何も、危害は与えない」
そう言うと、グリアさんは玄関らしき大扉を開ける。
扉を開けて、中に入る。最初に驚いたのは、赤をベースとした絨毯だ。所々に金色が混ざっており、目を奪われる。周りの壁も、それぞれ面子が濃いおじさんの絵がずらりと並んでいた。
グリアさんは、貴族だった。
フカフカの絨毯を靴でわたり、応接間らしき所に来る。
「お……」
「あ」
扉を開けると、そこに、あの時俺を蹴飛ばして助けてくれた少年がいた。少年は、俺の方をちらりと見てから、グリアさんに耳打ちする。
「あぁ、そうしようかと思うんだが……構わないか?」
なんて言ってるかは聞こえなかったが、グリアさんは俺にも聞こえるぐらいの声量で言う。リゲルは、俺の方を憎々しげに見る。
苦笑、するしか無かった。
その後、リゲルはズカズカと足音を鳴らして奥の方へと行く。
「すまないね。こう見えても彼、実はいい奴なんだ。仲良くしてやってくれ」
グリアさんは、ソファに座りながら、苦笑する。俺も、つられて座る。ソファは、元の世界で俺が使っていたものよりずっとフカフカだった。
しばらくして、奥の方から、紫色の髪をしたメイド姿の女性が一人来る。ティーカップを二つ、俺とグリアさんに渡して、お辞儀をして戻っていった。華やかさが際立つ、ヴィクトリアンメイドに近いメイド服だった。
「メイドは珍しいか?」
「あぁ……いえ、初めて見たもので」
自分で、オタクオタクと言いながら、俺はメイド喫茶などには行ったことがない。単に、恥ずかしいからなのだが、こんな形で見られるとは思わなかった。
お茶で口を湿らせてから、俺はグリアさんに質問した。
「それで…俺は、何をすればいいんですか?」
多分、俺に何か職みたいなものを紹介してくれるのだろう──そう思っていた。
この際、何でもいい。生きていけばいいのだ。路頭で迷って餓死は勘弁だ。
と、思っていたのだが、グリアさんの口から言われたのは全く想像もつかない言葉だった。
「私の所で暮らさないか?」
……はい?
「いや、すまない言い方を間違えた。ユウ、私の仲間に入らないか?」
「仲間……?」
仲間……口の中でモゴモゴと繰り返す。前の世界でも、聴き慣れない言葉であり、縁のない言葉でもあった。
グリアさんは続けて言う。
「君には、「灯火」のメンバーになってほしい」
「灯火……」
確か俺や他の奴隷達を匿ってくれたグリアさんの私兵団だ。なるほど、そこで働けということだな。いきなり衣食住も揃った環境を提供していくれるとは願ったり叶ったりだ。
「わかりました。ありがとうございます。死力を尽くして団に加わります」
俺は頭を下げる。
そして、俺は無事鉄兜と鎧を身に纏い、主であるグリアさんを守る為に奮闘するのだった────!
とはならなかった。グリアさんは、何を思ったのか、笑いながら言った。
「何を勘違いしているか分からないけど、うちにそんなのはいないよ」
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つまり、「灯火」は現在三人で構成されており、あの時みた大群は、また別の所らしい。
そして、今回の件について、グリアさんの口から言われたのは衝撃な言葉だった。
「じゃ、じゃぁ。グリアさんさんはわざと捕まったってことですか?」
「そうだ、そこで奴らを叩きたかった」
どうやら、グリアさんはあそこでワザと捕まり、奴隷となったそうだ。そこで、居場所が分かったので、「灯火」以外のチームを要請して、攻撃したというらしい。俺が見た火災はその一環だったそうで。
「安心しろ、他の奴隷達は全て救出した」
「良かった……それで、あいつらは、なんですか?」
「……現状、詳しいことは分からない。反国家組織の類ではない様だが、行動があまりに過激だ」
そこで、グリアさんはとある紙を取り出す。古い羊毛紙だ。ゆっくりと広げて俺に見せる。
「魔術紋?」
それは、本で見た魔術紋と酷似していた。因みに、魔術紋というのは、普通、魔力を「門」に流すことで、各自適性のある魔法が使えるのだが、当然、適性外の魔法が使えない。
そこで、とある魔法使いが、この魔術紋を作り出した。これは、それぞれが確立とした「門」であり、その紋に魔力を流す事で、誰もが自在に魔法が扱える。便利道具だ
ただ、作り手が少なく、また作るのも難しいため、魔術紋は非常に希少だ。
「これは、あの場所の近くで見つかったものだ……これを、鑑定家で見せた所、召喚魔法の魔術紋だった」
召喚、その言葉に心臓の鼓動が速くなる。ゼロンに言われた事を思い出した。
別に、召喚の対象が俺とは限らない。召喚魔法で異世界に行けるのかも、あやふやだ。
「回路を見る限り、複数回使った痕跡がある」
「召喚魔法ってどういうもの何ですか?」
うるさい心臓の音をかき消すように、俺は尋ねた。
「召喚の方法は、二つある。一つは選定召喚でもう一つは無差別召喚。選定召喚は、予め召喚対象に術式を張って、後は好きなタイミングで発動すればいついかなる場所でも指定した場所に飛ぶことができる。もう一つの無差別召喚は、その名の通り「無差別」だ。ただ、各々の魔力総量によって高位な精霊などが呼び出せる」
なるほど……。つまり、選定召喚はどっちかというと移動であり、無差別は本当の召喚か。無差別は精霊以外は呼び出せられないそうだし、やはり俺は召喚ではないのか。
良かった、とまでにはいかない。しかし、これで俺がこの世界に来た理由が分からなくなってしまった。
「これは、無差別召喚の紋だ。ただ、問題はそこじゃない」
紙を折り畳み、今度は近くの蝋燭に近づける。紙は、蝋燭の火に当てられて燃え出した。
「いいんですか?」
ぐるりぐるりと捻れ踊り燃える紙を他所に、俺は尋ねる。
「もう、随分と使っている様だし、今更使えないだろう。悪用されるのもマズイ。静かに燃やすのが一番良い」
そう言って、人差し指を唇に持ってきて愛らしく首を傾ける。俺は小さく頷く。
「さて──。術者が何者かは分からないが、少なくとも数十体の精霊は召喚されたのだろう。純精霊か、悪精霊問わずだ。純精霊なら問題はないが、やはり問題は邪精霊の方だ。私がやった事だが、あの騒ぎで精霊が逃げてしまったようでな」
「……つまり、逃げた精霊を捕まえてこいと?」
話の予測を立てつつ、俺は問題の解決策を推理する。グリアさんは短く正解というと、こう言った。
「まだ、これはギルドの方には伝わってない。私達が秘密裏に行わないといけない問題だ。純精霊なら逃しても構わないが、悪精霊なら捕まえるか、殺してくれ。あ、君は精霊の事──」
「大丈夫です、知ってます」
「やはりか、ギークのあの本は、私も少し読んだことがあるが、確かに分かりやすいな」
「──!」
「あの禿頭の大男だろう?あれは私の古い友人でね。数年前から音沙汰なしだったが、まさかあそこに捕まってたとはな」
禿頭、大男、そして本、その単語で俺はあのおっさんの事だと確信した。
「おっさんは、生きていますか?」
「あぁ、それはもう。ピンピンしてるよ」
……あの病院で大笑いしながら筋肉と言う鎧に纏われた腕をバシバシ叩いてるおっさんを一瞬想像した。クスリと、笑った。確かに、あのおっさんが簡単に死ぬようなヤワな男ではないと、短い時間ながらも俺はそう感じた。
「そうですか……良かった…本当に…良かった」
気づけば、俺は深くソファの背もたれに完全に背をつけていた。無礼であることは分かっていた。グリアさんは、何も言わなかった。
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広い廊下をなめくじの様に進む。理由は簡単だ、指定された部屋の番号とドアに表示されてる番号を照らし合わせてるからだ。
そう、あれから俺はなんと部屋をもらったのだ。
「君は我々の仲間になるんだ。遠慮はいらん」
そう言って鍵を渡された。メイドには部屋まで案内すると言ってたが、そこは遠慮しておいた。今になってはその判断を下した俺を引っ叩きたい。
横一列に番号が並んでいれば、ある程度の予測は立てるが、なぜかこの列だけがバラバラの番号で、そのため非常に探し出すのは面倒臭い。
「お、合った合った」
そう言って、鍵を回す。ガチャリと、随分長く使われていないのか、音がしてドアが開く。
部屋は、西方の少し広い一室だった。
前の俺の部屋より倍近く広い。あるのはダブルもありそうなベット、折り畳まれたシーツやフットスローまでもがある。それからクローゼットと机だ。机の上には羽根ペンと一枚の紙が置いてあった。
俺は、フットスローに靴を乗せて、ベットに乗り掛かる。ベットは極端に柔らかくなく、寝やすく、人間工学に基づいて作られたベットだった。
「――さてと、夕食までは自由にしても良いとは言われたけど、何してようか」
明日には、近くを案内してくれるとの事らしい。さっきの商店街でも、美味しそうな食べ物が沢山あったから楽しみだ。しかし、明日案内するとは、裏を返せば今日は行くなという事にもなる。
何をしようか。そもそも、何をしていいのか。
そう思っていると、コンコンと二回ノックする音が聞こえた。
「あ……」
「よう……」
ドアを開けると、そこにはあの少年が立っていた。とりあえず、前を開けて中に入らせる。少年は、下を向いて、ぶっきらぼうに言った。
「この館の案内してやるよ」