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リゲイン・エメット  作者: 天野月影
第一章 異世界での一週間
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第一章04「グリア・キューバ」

 階段を駆け上り、光が漏れる扉を蹴破る。


 辺りは騒然としていた。大勢の奴隷達が、一斉に炎から逃げていた。白装束の奴らと、奴隷達が戦っている所もあった。そこには、俺に本をくれたおっさんも混ざっていた。


「何処に行けば……」


 辺りを見渡す。近くには、森がある。奴隷の大部分はここに逃げたのだろう。

 しかし、土地勘もなく、森に入るのはマズイ。それに、本に書いてあったことだが、この世界には「魔物」と呼ぶ怪物がいるのだ。だが、他に行く所もない。


「おい、いたぞ!」


 白装束の一人が、俺の方を指差して叫ぶ。


「クソ、あぁもう!どうとでもなれっ!」


 近くの足場に助走をつけて跳ぶ。右手で彼女を抱きながら、左手で堤防の上に手をつき、草場に落ちる。


「お、おおぉ……!っく、急がなきゃ」


 腰から着地した。ビリリと電流みたいな未知の痛みが腰に走る。だが、そのおかげで彼女には怪我はない。

 何とか立て直して、俺は深い森の中へと駆け込む。

 暗くてよく見えないため、草木などが、時々腕や足に擦り擦過傷を作る。白装束の追っても、段々と近づいてきている。焦っていた。


 だからか、そのためか。俺は気づかなかった。気づいた時にはもう遅かった。

 下から、水が流れる音がする。川だ。そう気づいた時、目の前の地面が消えた。

 崖だ……。


「今更そんなテンプレ的な展開いらねぇよ!」


 と、小声で悪態をついた。これがアニメや漫画の世界ならば崖が崩れて落ちようとした際に助けてくれるキャラがいるだろうなと、思った瞬間、足場が崩れた。


「おわぁぁっ…!?」


「キャアァァッ!」


 崖を転がりながら俺は岸辺に落ちる。やはりというべきか、こんな世界に俺たちの常識(テンプレ)は通用しなかった。せめてでもと、俺は、転がりながら必死にユキへの外傷を守るように強く抱きしめた。


 ==


「はぁ…はぁ…」


 あれから一体、どれくらいの時間が流れたのだろう。脱出時の時間も分からないが、まだ、朝日が出ていないと言うことはまだ夜の筈だ。


「ユウ…くん、大丈夫ですか?」


「……何とか」


 無理に笑みを浮かばせるが、多分苦笑いになってるだろう。ピクピクと、口元が歪んでるのが分かる。

 あれから、俺はどうやら背中から着地したらしい。ユキは、幸い大きな怪我を負っておらず、気絶した俺を近くの雑木林に隠したのだそう。


 しかし……。

 俺は、己の足を見る。右足、太ももからふくらはぎにかけてザックリと深く傷を負っている。きっと、転がり落ちている際に木片でも当たって切ったのだろう。

 くっそ痛い。正直いって、気絶して良かった。気絶でもしてなければ痛みでのたうち回ってた事だろう。


「失礼します」


「く……うぅ!」


 ユキが、自分の布切れの一部を裂き、水辺で洗って足元にきつく巻く。止血だ。

 痛い、だが、ここで根を上げる訳にはいかない。


 ユキに肩を貸してもらって、何とか立ち上がる。動くたびに、布から溢れる血液が靴の中に入る。痛みを堪えながら、俺は川の下流を歩いた。


 ==


「ユウくん、ここから先はストラ王国の領地内です!うまくいけば逃げ切れます!」


 河川敷を抜け、奴らから身を隠すため、領地内の山に入る。ふらふらと、意識はもう途切れ途切れで、体を半分以上をユキに預けて歩く。山道は、多少は整備されているようで、木で作られた足ばを渡る。


「そっ……か」


 血が、止まらない。血液凝固が始まらない。そうか、確か、血液凝固を防ぐには定温にしないといけないから、今の俺の体温は低温状態なのか。あれ、低温って、何℃から何℃までだっけ……?


「……くん」


 俺…死ぬのかな。


「ユ……くん」


 嫌だな、死ぬのは。せっかくここまできたんだ、死ぬ訳には…いかない。


「ユウくんっ!」


 朧気になっていた景色が急速に冴え渡る。ユキは、必死に俺の事を呼び、肩を震わす。

 赤い光に当てられ、俺は少し前を向く。松明の明かりだ。その明かりの向こうに、大勢の人達がいる。


 その最前列に、あの赤髪の女が立っていた。旗幕に何か書いてある。

「灯火」そう書いてあった。


「もう、大丈夫だ。後は、我々に任せてくれ。」


 そう、全身防具で固められた人物がやってきて、俺は負ぶされ、近くの木に背を預けられた。


 しばらくして、白い服をきた女性が側に来て、手を翳す。すると、手からは淡い光が出て、その光はやがて足元に集まる。


「光を此処に、「回復」(ヒーリング)


 光が傷口に触れたと思ったら、足の痛みが引いた。淡い光が、出血を止め、身体に温かさが戻る。

 裂けた肉の筋が繋がり、皮膚は再生する。

 これが、「魔法」か……。本に書いてあったが、実際に見るのは初めてだ。

 グロい。肉と肉が繋がるのは目を瞑りたい程のグロさだが、魔法の光や、目の前の光景が同時に美しいとさえ感じた。


「はい、もうこれで大丈夫ですよ」


 お辞儀をして、他の怪我人を治療しにいく。俺は、小さく会釈をして、その場で、蹲るように顔を埋める。

 まだ、ふらふらするが、単に貧血状態なのだろう。すると、目の前にコップが浮かんだ。


「お疲れ様、飲むかい?」


 貧血での幻覚かと思ったそれは、ちゃんとしたコップだった。

 見上げてみると、あの時の赤髪の女性が、コップの差し出す。


「あ、ありがとうございます」


 渡されたコップに口をつける。中は、程よく冷ました白湯だった。喉がカラカラで、会話するのもままないほど舌は乾いていたので、勢いよく飲んだ。


 ほぅと、安堵のため息を吐き、空を見上げる。

 そこには、名も知らぬ星が我一番と輝いている。……綺麗だ、今なら、星を見る為に山などに行く人たちの気持ちがよく分かる。


「ここは、何ですか?」


 一息ついた事で、精神的にも肉体的にも少し回復した俺は、彼女に問う。


「ここかい?ここは、「灯火」私が運営するギルドだ。……と、自己紹介が遅れたね。私の名はグリア・キューバ、キューバ家の長女であり当主でもある」


「グリア…さんですね。俺の名前は、アサガミ・ユウです」


「アサガミ……?聞いたこともない姓名だな。出身はどこだ?」


「……それが、実は記憶が無くて。分かるのは自分の名前と年齢です」


「そうか…それは大変だったな」


 うぐぅと、俺は心の傷に呻き声をあげる。

 本当のことを言えば誤解が生まれそうだし、しょうがないとはいえ、少し心が痛い。

 その痛みを隠して、俺は無理に笑顔を浮かべる。


「ん?」


 ふと、ユキの方を見る。泥だらけの服を着替えたようで、白い、可愛らしい服を着ていた。

 可愛いなぁ……。やはり、白が似合う。


「そうだ、地下倉庫を見たとき、奇妙な洋服があったんだが、奴隷ほぼ全員に確認しても違うんだ。もしかして、君かな?」


 一人の団員らしき人物が、折り畳まれた服を手渡す。広げてみると、確かに、この世界では奇抜な服だ。しかし、俺にとっては馴染みのある服……。


「パーカー……!」


 それは、元いた世界での相棒だった。三日振りに羽織ると、少し埃臭かったが、確かに俺のだ。

 ジッパーを閉じ、フードをかぶる。うん、やっぱり埃くさい。ホコリを吸って咳き込んだ。


 そうこうしている内に、朝日が段々と登ってきて、草木が優しく揺れる。


 優しい光に照らされながら、ふと、自分たちがいる丘の上――俺は一人の男性を見かける。


 服装は、団員の証の黒い鎧を着ているが、鉄兜から覗く目はどこか胡散臭く、明らかに挙動不審な動きをしていた。何だろう……何か嫌な予感がする。


 そう、思ったその時、俺の足元に、何か小さな光の玉が落ちる。赤く、綺麗な光を放つそれは、禍々しい赤黒い何かに変色し、膨張して、今まさに破裂しようと──。


「何ボサッとしてるんだッ!」


「うごげぇ!?」


 玉の色の変化をまじまじと見つめてた俺に向かって、少年が、木の影から俺の腹に飛び蹴りする。横腹に鋭い衝撃が走り、俺は吹っ飛び、近くの木に激突する。


「痛てて…てめぇ何しやが──」


 文句でも言おうとした時、やっと、目の前の現状に気づく。先程まで俺がいた地点に、大きなクレーターができていた。そして、周りには飛び火した炎が延々と燃えている。


 空を見上げると、赤い球は彼方此方に飛び散る。打ち上げられたであろう地点を見てみると、あの、白装束の奴らが、五人ほどいる。手を上に差し出したと思えば、先程みた赤い球が放出される。


 ……今更ながら、俺は彼に助けられたのだ、そう気づいた時、少年は周りの奴隷達に向かって叫んだ。


「早く逃げろっ!」


 それを聞いた周りの奴隷は蜘蛛の巣を散らすように逃げまとう。俺も、脇腹を押さえながらその内の一人となって逃げる。とにかく、あの連中に追いつかれないよう、必死に山道を走る。


 山の斜面に慣れてない足が、度重なる運動で悲鳴をあげる。


「うぉう!?」


 少し休もうかと、そんな事を考えてた時、後ろで鈍い衝撃音が走り、俺はすっ転ぶ。振り向いてみると、後ろで先程見たクレーターがあり、また、飛び火した炎が当たりの草むらを焼く。


 ──休む暇なんてない。否応なしに訪れる現実に目を背けたい。


「う、うわぁぁあぁ!!」


 その辺りには、爆心地から近かった人が焼け死んでいた。飛び火した炎で燃え続けている者もいた。あの、重たそうな鎧を着た者でさえ、炎には敵わなかった。


 肉が焼ける音がリアルに残る。俺は、初めて人の死体というのを見たかもしれない。


「ユ、ユキ……」


 頭の中に渦巻くのは、初めて異世界で仲良くなれたかもしれない異性の安否だった。

 ユキは、あの時俺と一緒に歩いてはいたが、それもしんどそうだった。いくら魔法があるとは言え、心配だ。


 けど、あそこには、頼りになりそうな人たちがいる。俺が行っても何にもできないし、もしかしたら邪魔になるだけかもしれない。


「あ……」


 山道から逸れた獣道、ユキはあの、白い服装の奴らに今、肩を掴まれているところだ。


『行けよ』


「ユキ──ッ!」


 気づけば、走っていた。行って、何になるというのか。また、あの暗い地下室に連れて行かれるのか。そんな心の不安を抑え、俺は、連中の一人に飛びつく。


 あれ……?


 やけに軽い。女か?いや、それにしても軽すぎる。衣服が衝撃で少し捲れた。

 スラリとした長い足。ムダ毛も、毛穴も、なにも無い足だ。

 ……人形の足だ。

 プラスチック製なのか、ワックスみたいなものが塗ってある。顔の部分は…見る気にもなれなかった。


「ユウくんっ!?」


 この人形のことも気になるが、今はそんなことはどうでもいい。


「来い!」


 手を引っ張り、走る。どこかに行くアテも無く。ただ走った。草木が頬や腕足に掠って血が滲む。だが構わない。今は、とにかく奴らと離れたい一心で走ってた。


『ユウ』


 その声は、耳元ではなく、心の中で聞こえた様にも感じた。

 何だよ、というかこんな時に話しかけんなよ。


『助かりたいか?』


 あぁ……そりゃそうだよ。助かりたいよ。けど、お前に何ができるんだよ。

 と、いうかお前ってそんなお助けキャラだっけ?


『十秒だ。十秒俺に時間をくれ』


 そうしたら、俺は……俺たちは助かるのか?


『……あぁ』


 そうか……分かった。十秒な。


 次の瞬間。

 ふらりと、景色が何十層にもブレる。気分は悪い。車で酔った気分だ。

 泥に足がもつれ、転んでしまう。手を繋いでいるから、ユキも同時に転んだ。


 マズイと、焦りが生まれた時、俺の視界は黒くなって、やがて音も聞こえなくなった。
















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