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リゲイン・エメット  作者: 天野月影
第一章 異世界での一週間
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第一章03「先輩」

 気づけば、黒い世界にいた。瞬時に、夢だなと確信した。体は、動く。俺はその黒い世界をただただ、歩き続ける。


 不思議だ。黒いのに、自分の手足などは白く、淡く発光しているようだ。ぺたぺたと、素足で歩く。やがて、目の前に扉が浮かぶ。それは、俺が住んでいた家の玄関の扉だ。なぜ……と疑問が頭に過ったが、夢なら十分にあり得る事だろう。


 ──そう、だから……。


「お前のことも、俺の妄想だって言うことだ」


 ビシッと俺は指を目の前の謎の男(不審者)に突きつける。男はため息を吐きながら言う。


「何度も言ってるだろ、俺も知らない。と、気づいたらここにいたんだ。お前の()()()()()


 さっきからこの調子である。全く、迷惑極まりない。

 俺が、この扉を開けたら、この仮面をつけた男が中にはいた。

 最初は、夢だと思っていたので、少々驚く程度で済んだのだが、よくよく見れば、俺はこいつを知らない。試しに話しかけてみればコレなので、お手上げだ。


 気づけば男は、大体不敵にどこからか持ってきた椅子に腰掛け、どこからか持ってきたのか、英国貴族が使ってそうなティーセットをその場においては茶を啜った。


「おい……俺にもそれくれよ。せめてその椅子をくれ」


「……まぁ、いいだろう」


 そういうと、男は手を伸ばす。すると、俺の目の前にあいつと同じようなものが生まれた。生まれたという表現は、正しくないのかも知れないが、それしか言い表せられないからだ。近い言葉だと「創造」にあたる。


「正解だ、俺の「想像力」(イメージ)でそれらを「創造」した」


「いや、ちょっと待って?いきなりそう言うこと言われても分からねぇよ」


 いきなりイメージだの創造だの言いやがって……。だが、これで幾分かは落ち着いた。喧嘩腰になって話すよりも、こうやって少し落ち着いてからの方がいいだろう。

 椅子に座って紅茶を飲む。紅茶は、砂糖が適量入っていた。


「それで、まずは名前を聞こうか。俺の名前は麻上優。高校生のなり損ないだ」


 紅茶で口を湿らせ、俺こと麻上優の自己紹介を簡潔に終わらす。男は仮面の下の部分を持ち上げて、茶菓子を頬張る。


「……ゼロン。ひとまず、そう名乗っておこう」


 おいおい……。さすがに言葉足らずじゃないか?しかし、それ以上聞いても答えてくれなかったので、俺は彼の身元じゃなくて別の事を聞いた。


「ここは、お前の精神の世界。お前の深層心理の中だ」


 じゃあお前は俺の大事なところを土足で踏み込んでるってことね。……まぁ、この際いいだろう。向こうも知らないようだし。


「じゃあ、俺の体はどうなるんだ?」


 俺の体は、今この世界にあるとしたならば、牢屋で毛布に包まっている俺はどうなっているのか。


「安心しろ、精神と現実は違う。今の体は精神体。いわばお前の魂が具現化されているんだ。だから、くれぐれもここで死ぬなよ」


「それは……現実でも死ぬから?」


「いや、こっちでの傷は現実には影響がない。が、言っただろ。「魂の具現化」と、それが傷つくということは、なんらかの心的外傷(トラウマ)になったり、もし死ねば廃人となるぞ」


 怖ぇぇ!その名の通り精神の死ってことか。俺は改めてゼロンを見る。


「──安心しろ、お前を殺したら俺もどうなるか分からないからな……」


「よかった、お前俺より強そうだもん」


 体格は似ているが、細身ながらも鍛え上げられた上腕二頭筋やらを見る。

 俺も、少しは鍛えているが、戦ったら負けるだろうと自信がある。

 そして、何よりも、この世界で初めて出会った、まだ話せる人間だ。戦いたくはないし、出来るだけ仲良くしておきたい。


「この世界では肉体の力は関係ない、己の魂の強さで決まる」


「えぇと、諦めない心とかハートが大事ってことでオケ?」


「……?おけ」


 俺は、その後も会話を試みた。まぁ、会話と言っても俺が質問攻めになってしまった形だが。おかげで色々な事がわかった。まず、ゼロンのことだ。

 ゼロンは名前こそ明かさないものの、この世界の住人であり、冒険者という名の通り冒険する者だったそうだ。


「今の年が分からないが、少なくとも俺がいた時には龍の大軍が溢れるほどいた」


「へぇ……。ちなみに、この世界の龍ってどれくらい強いんだ?」


「大体…そうだな、王級魔法使いが群を引き連れて飲まず食わず戦えば倒せる程度だ」


「王級……?」


「お前、何も知らないのか?」


 コクリと頷く。当たり前だ、俺はこの世界に来てまだ一日と経っていない。しかし、このまま会話を続ければいずれ、あやしまれるだろう。

 俺は、覚悟を決めて自分が異世界人である事と、それまでの経緯を話した。


「異世界…か、()()()()()()()()。召喚の線は考えたのか?」


「召喚だとしたら今こうなってはいねぇよ」


 現時点で召喚者に対する好意は限りなくゼロに近い。そもそも、もし召喚だったら今俺がいる場所は暗く寂しい地下室じゃなくて暖かい布団だと思う。


 それはともかくとして、俺が異世界人である事に関して随分と驚く素振りを見せないな。仮面があるせもあって、今、どういう顔をしているのかが分からない。


「……」


 静寂が続く、ゼロンは顎に手を添えて何か考え事をしているし、その雰囲気に俺は何も言えなかった。

 だがそれも、長くは続かなかった。

 空間に、黒い亀裂が走った。最初は、見間違いだと思った。


 ピシリ──そう音を立てて、世界に大きな亀裂が入る。ピシリピシリと、それはやがて俺の足場にまで達してきた。


「お、おい……!これ大丈夫なのかよ?」


「……安心しろ、そろそろ身体が覚醒するだけだ。」


 ゼロンは、周りの光景に気づいたのか、それでも、彼は冷静だった。

 遂に、足場が崩れ落ちる。俺は、暗黒の中を落ち続ける。ゼロンは椅子に座ったまま、顔を俺の方に向ける。ゼロンは言った。


「まず、あの赤髪女の言うことを聞け。そうすれば現状は打破出来るだろう」


 それを最後に、目の前から、ゼロンは消えた。


 ==


 朝、俺はあまりの寒さで起き上がる。布団を蹴飛ばしていたのだろう。さっきまでかけてあった布団は地べたに落ちていた。


 毛布に包まりながら、もうひと眠りと行こうかと思ったがちょうどその時、日差しが鉄格子の窓から入った。暖かな光の下、同居人が寝ている姿を見る。


「わぁお……」


 昨日は、姿は見えなかったが、やはり女の子か。


 光の中、すやすやと寝ている顔は、穏やかだ。そして、何より可愛い。


 いや、本当に可愛いのだ。年齢は知らないが美少女だ。オタクだった昔の頃の血が騒ぐ。いやぁ、眼福眼福。カメラがあれば直ぐにでも撮りたいこの笑顔。そういえば、スマホがあったっけ……。それらも、全て奪われてしまった。


 ここを抜け出せたら、取り戻そう。そう決意し、俺は最後に彼女の顔を心の記憶に留めておく。初めて異世界に来たんだなぁと、実感が湧く。正直喜びはないんだけど。


 さて──と、折角早く起きれたのだ。今を乗り切るために脳を使おう。


 ===


「……おはよう御座います」


「……何、やってるの?」


 それから約数十分後、彼女はむくりと起き上がった。そして、上半身裸で朝の日光浴をしている俺を怪訝そうに見ていた。


「いえ、我が家に伝わる健康の儀式です」


 ──更に怪訝そうな目で見られた。

 それはさておき、俺は日光に浴びながら考え事をする。ゼロンは最後に言った。赤髪女を頼れと、赤髪   とは昨日のあの女のことか?昨日の発言もそうだし、何か知ってそうではある。

 とりあえず、今はこの子についていけばいいな。あとは、飼い主に歯向かわない。

 歯向かって痛い目に遭うのは嫌だ。上手く立ち回らなければいけない。


「──それで、俺は何をすればいいんですか?」


 午前の朝、目の前に出された食事を見て、俺は困惑する。だって、そうだろう。食事は意外にもしっかりとしたモノだった。

 ……これは、きっとあれだ。飢えた状態で毒入りの料理を食べるか食べないかで賭け事でもしているんだ。そう考えると、パサパサのパンも、ミネストローネに似たスープもサラダチックな盛り合わせも、怪しく思える。


「食べてください。死にますよ」


 最初、食べなければ主人の怒りを買って死ぬのかと思ったが、すぐに俺の体のことを心配して言っている事に気づいた。

 パンを千切っては口に運び食べる彼女を尻目に、俺も同じようにパンを千切って口に放り込む。


「うまっ」


 フランスパンを彷彿とさせるパンを口に運ぶ。見た目通りパサパサだが、毒が入っている感じはしなかった。


 ミネストローネ風のスープを口に運ぶ。熱くなく、ぬるくもないスープは、何も飲んでいない体には十分響いた。


 気づけば、皿に置かれてた食べ物は全て無くなっていた。代わりに満腹感を覚えた。



 ==


「だぁーっ!疲れた」


 手錠を外せられ、また部屋に戻る。時刻は夜、ベットに顔を突っ伏して俺は肉体の疲労を癒す。


 朝食を取った後はほぼ肉体労働だった。初めは、飼い主の鬱憤晴らしに鞭で叩かれるのかと思ったが、違うらしい。洞窟をただ掘るだけ、たまに鉱石らしきものが出てきたら回収される。が、鉱石目的で掘っている訳ではないのは分かった。

 生まれて初めてやる肉体労働に、力仕事が不向きに見える腕と足はズタボロだ。


 しかし、悪いことだけではなかった。まず、一つ目はやはり言葉や、この国のことだろう。


 はっきり言えば言葉は通じた。おっさん曰く世界共通言語だそうだ。しかし、文字は違うらしく、なんと五種類あるそうだ。これは、昔に起きたとある戦争で、秘密を守るために使われたらしい。それが、今の名残りで残ってるそう。


「兄ちゃん、記憶喪失なのか。いいぜ、俺で良ければ教えてやるよ」


 休憩時間に、俺が文字が読めなくて右往左往している時に出会ったおっさん。彼はその厳つい顔に見合わず、俺に優しくしてくれてこの世界の事を教えてもらった。因みに、今の俺は記憶喪失ってことになっている。初見で「異世界から来ました」なんて言ってみろ、どう捉えても異常者にしか見えない。


「ほれ、これを読めば大体のことは分かるぜ」


 と、おっさんは休憩時間の間。薄く小汚い本を渡してくれた。休憩時間の合間に、主な言語を日本語で訳した紙と睨み合いながら、解読を続けた。


 そして、何よりも驚いたのが、この世界に『魔法』と『能力』という単語が存在すると言うことだ。

 火、水、土、風、雷の五大魔法が一般的であり、稀に『固有魔法』と呼ばれる魔法が存在する。固有魔法は、主に五大魔法の類に入らない魔法のことを指す。


 一般的に、五大魔法の内どれか一つは適性がある。それは個人が持っている『門』(ゲート)に通じるからだ。

 魔力を『門』に流すと、無色の魔力が『門』という穴を通して魔法になる。故に、仮に『門』が壊れると、魔法が使えなくなってしまうし、『門』の数が多ければ、それは適性魔法が多数あるということだ。実際は、殆どが『門』が一つか二つであり、三つ〜四つ目は確率が低すぎる。


 努力して『門』は増やせないので、生まれ持った才能で決まるといった所か。しかし、魔力総量は、幼い頃に何度も魔力切れを起こす事で、魔力量が増えるという仮説がある。これらが、この世界での魔法の原理だった。


『能力』と言うのは、魔法とは異なる、魔法では到底出来そうにもない、超常的な力のことを言う。

 普通は一人一つの能力を持つが、およそ数千分の一の確率で、『双能力者』デュアル・スキルホルダーが生まれると言う。『双能力者』というのは、文字通り二つ、能力を持った状態で生まれる事だ。


『能力』は、増やせない。しかし、『能力』を持たない人間は存在しない。


 この本は凄い、どこで買ったのかは知らないが、事細かく記されてあり、世界の大体全てが記されてあった。


「えぇっと、まず、この世界は五つの国に分かれていて────………」


 この世界は、主に五つの国に分かれている。俺は、地図を照らし合わせながら続きを黙読する。


 地図からして中央の国

 龍国ストラ

 神龍ストラと「星戦」で生き残った王が契約して生まれた国。定期的に行われる豊穣祭を行うことにより、次の年の豊穣を約束される。五大国の中でも一際、領土が広い。


 ストラから右に少し離れた国

 海星国ポセチューン

 国土の八割が海域を占めている


 ポセチューンとストラは昔こそは何度も戦争をしてたが、それなりの平和は保たれていた。因みに戦争の原因は主にポセチューン付近で取れる魔石でのことだ。最悪なことに、ストラとポセチューンのとの国境付近に多く埋まっている。今は、互いに交易を図り、火期シーズンには良い観光地となっている。


 ストラから左の国

 剣聖共和国 ツクシ

 数十年前に、いくつもの国が合併して一つの国となった。国王はおらず、代表者が国を収めている。また、基本的に方針は国民に委ねられており、数年毎に代表者を、国民が決める一風変わった政治を行なっている。また、『第七魔剣章』の聖地でもある


 ……etc。


「あ、お帰りなさい!」

「……何、しているんですか?」


 固い鉄格子の開く音が聞こえ、俺は本を閉じて前を向く。そのには、やや、やつれた同居人の姿があった。

 確か、女性は……。ハッと俺は気づいた。そうだ、よくある話だ。男は肉体労働で、女は主人に恥辱の限りを……。そう思うと目の前がカッと熱くなる。


「何を、思って怒っているかは知りませんが、私はいつもの未完成の薬を打ち込まれましたよ。今日は、そのせいもあって体調が少し悪いので静かにしてください」


 そう言うと、ベットに倒れ込み、同居人はこちらに背を向ける。未完成の薬とは、もしかして治験みたいな感じか?俺たちを買った主人は分からないが、もしかして医者なのか……。

 いや、別に俺は買われる程の人物じゃなかった。どっかの誰かのオマケとして奴隷になったのだ。


「あの……先輩、俺たちを買った主人て、誰だか分かりますか?」


 彼女の名前を知らなかったため、咄嗟に先輩呼びしてしまう。


「……私も、分かりません。あなたも、見たことがあるでしょう。あいつらはいつも同じ格好をしていて、私もここにきて数十年となりますが、素顔さえ知りません」


「数十年……⁉︎先輩は、い、今何歳ですか?」


 彼女は見た目は若い、が、この世界はどうやらエルフなど、百歳を軽く超えても普通な長寿種族が多い。


「……誕生日などは、詳しく覚えていませんが確か──」


 そう言いながら、指を折って数えてる。

 ……ん?待て、今なんで指を20回も折ったんだ?

 黙々と、指を折り続ける彼女を見て俺は一種のパニック状態に落ち入る。

 待て待て待て、一回落ち着け。素数を数えるんだ素数を。


「15ですね、あ、もうすぐで16になります」

「そ、そうですか……俺も、16歳ですよ。同い年ですね」


 同い年なのか。と、なると彼女は6歳ぐらいからここにいたことになるのか。

 十年近く、この暗い部屋の中で……。


「先輩……。」


「──ユキ」


「え?」


「私の名前です、先輩呼びは慣れません」


「わ、分かりました。あ、俺の名前は麻上優です。よろしくお願いします」


 今更ながらの自己紹介を終える。


「それでは、ユウくんって、呼びますね」


「はい、よろしくお願いしますユキさん」


「──やっぱり、さん付けも慣れません。ユキ、でお願いします」


「は、はい…… 」


 今まで、女子と碌に会話してこなかったから、自分の顔が今どんな風になっているのかが分からない。

 顔が少し赤くなっているんだろうなぁとは思う。


 それから、俺とユキは互いの事について話した。

 と、言っても流石に異世界から来ましたとは言えないので、そこら辺を踏まえて、話した。

 やがて、話の対象は家族の方になって行き……。


「ユウくんの家族は面白いですね……羨ましいです」


「そうかな……至って普通だよ。ユキの親も、そんな感じでしょ?」


 と、すっかり名前読みに慣れてしまった俺は、そんな感じで笑いかける。

 しかし、ユキは顔を曇らせると、少し思い詰めた様子で顔を下げる。


「……ごめん」


 馬鹿か俺は。ユキが、あまりにも普通の少女すぎて忘れてしまった。

 俺たちは奴隷。

 俺は成り行き上だけど、ユキはきっと違うだろう。

 そこにどんなドラマがあるのかは分からないけど、さっき会ったばっかりの男に、そんなことは言わないだろう。


「いいんです……それよりも、もっとユウくんのお話、聞かせてもらってもいいですか?」


「お、おう……それでな、その時母さんが見当違いな事を────」


 先ほどまでの空気を無かったかのように振る舞う。俺は終始明るく、面白い話を繰り広げた。

 友達と過ごした夏休み。引っ越しする前の友達との怪談。どれも面白可笑しく語った。

 ユキも、それに釣られてか、何度か俺の話の内容に笑った。

 暖かい時間だった。


 ==


「……すいません、少し体が怠いので、少し休みます」

「あ、あぁ……分かった」


 ユキはこちら側に背を向き、毛布に包まった。やがて寝息が聞こえた。

 スースー音をたてながら寝る人なんて初めて見た。


 俺は、読みかけの本を開いた。

 ペラペラと、本を読む速度が速くなる。自分でも驚くほどに、異世界の知識は吸収されていってるのが分かる。

 多分だが、文字は簡単なものであればほぼマスターしたであろう。この吸収をなぜ元いた世界で使わなかったのだろうか。


 ==


 蝋燭の火が揺れる。


 一通り解読を進めた俺は、火を消してベットに潜る。

 それにしても、今日は暑い。日中はそんなに気にしていなかったが、夜になってみると汗ばむ気温になってきてるのが分かる。


「あ、暑い……。おかしいな、昨日は結構寒かったと思ったんだが」


 まるで熱帯にいるみたいだ。そんなことを思ってた時だった。狭い金網の窓の奥から光が漏れた。

 月の温かな光ではない、こう、そう、まるで炎みたいな──。


「熱っ、え、火事?」


 起き上がって、顔を覗き込む。

 熱風を頬に浴びる。焦げ臭い匂いに、奥の方から陽炎がちらと見える。火事だ、そう思った時足音が聞こえた。

 足音の主はすぐにわかった。三日前の、馬車にいた赤い髪の女性だ。

 段々とこちらに近づいて、こちらをちらりと見ながら、また走り去っていった。


 ふと、鉄格子の鍵穴に何かが突き刺さっているものが見えた。よく見てみると、鍵の形状をしてた。


「鍵だ……ユキ、鍵がある!」


 腕を隙間に通して、鍵を回す。

 錆びた金属音がし、錠前が地に落ちる。


「ユキ、ここから出よう!」


 歯を食いしばり入口の扉を開ける。おかしい、白服の奴らは軽々と開けていた扉がすごく重い。なんとか、開けられたが、予想以上に時間を食ってしまった。

 それにしても、ユキが一向に来ない。そもそも開けている最中に手伝うぐらいのことはして欲しいものだが。


「え……?」


 ドサリと、後ろの方で音がして振り向けば、そこにはユキが倒れていた。


「ユ、ユキ!?」


 顔が赤い、薄く息をしながら悶えている。どう見ても、とても歩ける状態ではない。


 置いていくか……?一瞬、そのような考えが頭の中に浮かんだが、すぐに消えた。

 彼女を置いていくことはできない。彼女には、この三日間色々お世話になったのだ。意を決して、腰に手を当て、担ぐ。


 軽い、いや、軽すぎる。この年頃だ、多少の重さがあって良いはずだ。


 明らかに異常。しかし、それに構ってる余裕はない。

 扉をくぐり抜ける、ここの通路は散々通ってきた。

 俺は頭の中にある地図を頼りに、近くの階段に足をかけた。

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