第一章01「ひょっとして異世界」
「ありがとうございました」
そう言って、無料の笑顔を俺に向け袋詰めにされたものを手渡す。小さく礼を言って、俺は逃げるように店を出た。
時刻は8時30分頃、俺は中身がぐちゃぐちゃにならないよう両手で抱えて走る。
「あぁ、もう!なんで断れないのかなぁ……」
普段は8時に終わるはずのバイトが、店長の手伝いで30分遅れてしまった。今回は絶対遅れない用事があるのに、つい承諾してしまった。
「み、水……」
自動販売機に目がいく。そういえば、水飲んだのいつだっけ……。
「って、そんな余裕ないだろ!」
そう言って自分に言い聞かせ、再度走る。大丈夫だ、この先にある路地を通っていけばまだ間に合う。
しかし────。
「はぁ!?」
「工事中」とイラストと共に書かれた看板が、その路地の通りにあった。おかしい、数時間前にここを通った時はそんなものなかったし、ここ最近工事をするなど聞いていない。
……仕方ない。俺は諦めて他の道を走る。遅刻は確定、また約束を破ってしまった。
「……ん?」
街灯の少ない道を走り抜けると、人が一人道の真ん中に立っていた。ここら一帯に街灯がなく、あいにく月も雲に隠れてしまっている為、顔は見えないが多分男性だろう。
……嫌な雰囲気だ。周りが暗いから、より一層不気味感が増している。出来れば、他の道を行きたい所だがここが二番目の近道だ。
遅刻は確定だが、それでも早めに到着するってもんが常識だろう。意を決して顔を見合わせないように、下を向いて走る。
2m、1mと、段々と距離が近くなる。そして、何とか通り過ぎた。
「え……?」
かに思った。気づけば、俺の体は宙に浮かんでいた。そして────。
「うぶっ…ゲホゲホ!」
地面に落ちる。腹部が熱くなり、胃液をこぼす。腹を殴られたのだ、そう理解するのに時間は掛からなかった。
どうして……。殴られたことによる怒りよりも、困惑の方が先に出る。
腹を抱え、痛みに悶えてると、目の前がいきなり暗くなる。
立ち上がろうとしたが、上手く立ち上がれない。膝が痙攣しているのだ。脈が早まる。経験した事もない痛みや押し寄せてくる不安に俺の瞼からは涙が出てきた。
「──ごめん、本当にごめん」
ふと、暗闇の世界で、そんな声が聞こえた。随分優しい声色だ。まるで、この後に起こる悲劇を全て知ったような…そんな…声…。
パソコンのコンセントが無理矢理引き抜かれた音が聞こえ、俺は、気を失った。
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「──!?ゴボボボボ!?」
冷たい感触、何かの液体が鼻の中に入る。……水だ、水の中に俺はいる。いきなりすぎて、鼻で水を吸ってしまった。喉の奥が痛く、涙目になる。
「どうして……水なんかに?」
こう言う時、暴れないで体が浮上するのを待つって言うのが定石だ。昔水泳の先生が口癖のように言っていた。いや、今はそれどころではないだろう。あの路地に体ごと浸れるぐらいの水場はない。
それに、いつ移動したのかさっぱり分からない。気絶でもしていたのだろうか。
「……は?」
訂正、どうやら気絶した所の騒ぎではないらしい。
頭上にはまん丸な月がある、今日は新月のはずだが。
そんな変化も気にしないくらいに、目の前にある建造物に俺は驚愕していた。
それと似たようなものを見るのはネットか、それこそ遊園地しかないと思っていた。
「城……?」
湖に揺蕩いながら、俺はそう言いながら、確信に近い事を思った。
俺がもう元の生活に戻れることはないだろう、と。
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