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ACT.07/3人いれば勝てると思ったのか?


 †

 

 寝たふりをしていた男たちは、四人。

 うち、三人がそれぞれの獲物を手に、俺達への距離を詰めてくる。


 頭領の髭面の男は、少し離れた場所で待機している。


 〈眠りの霧〉はもう通用しないだろう。また、彼らの方が入り口に近い都合上、強引に突破して逃走することも難しい。


 戦うしかない――。


「マイア、離れててくれ」

「はい」


 そう返事をしたマイアは、羽を動かし、ごく自然に空中へ浮かんだ。


「あれ、空、飛べるんだ」

「――え? あ、そうみたいですね」


 どうやら本人も無意識だったようである。空中への飛翔も、魔素(マナ)を消費する行為だ。いままで飛んだことはなかったようだが、淫魔(サキュバス)の本能だろう。ぱたぱたと羽を動かして飛ぶことに、特に難しさは感じていないようだった。


 三人の男たちの視線が、俺とマイアを行き来する。

 どちらを警戒すべきか、判断つけかねている、と言った様子だ。


「おい、男に集中しろ」後方で腕を組んでいる頭領が言った。「サキュバスは術式以外に戦う術はねえ。さっきの甘い香りがしたら息を止めて距離を取ればいいし、もし他の術式を使おうとしたところで、俺が余裕で対応できる。無視しろ」


 頭領の指示で、三人の男たちは俺に集中する。

 三振りの曲刀が、燭台の炎の光を反射し、怪しくゆらめく。


 こちらも、〈豚喰い〉から奪った曲刀を構えてみせた。

 男たちは一か所に固まることはしない。両サイドのふたりが、弧を描くように移動し、俺を囲もうとする。


 陣形を組み、狩りをする獣のように。


 さすが、盗賊団だけあって、荒事には手馴れている様子だ。


 俺が契約者だということも頭領から聞かされているのだろう。多勢に無勢の状況であっても、彼らの表情に緩みは無い。


 男たちは、三人それぞれの距離が俺と一定になるように移動をしている。そのまま、丁度いい間合いまで近づいたところで、一斉に――あるいは微妙にタイミングをずらして――襲いかかって来るつもりだろう。


 集団で襲うのは、奴らの十八番。その連携(コンビネーション)を無策で受けるのは、まずい。


 俺は、機先を制するために、彼らを観察する。


 徴候。暴力を振るうための、一瞬の殺気の溜め/身体の強張り/呼吸の変化――そういったものを、見逃さないように。


 三人との距離が、さらに縮まる――。

 真ん中の男が、息を吸った。


「行け――」


 と、口に出すタイミングの「行」を言うか言わないかの瞬間、俺は、右手に持った曲刀を、中央の男に向けて投げつけた。


 まさか、人数的に圧倒的不利な状況にある俺が、唯一の対抗手段と言っていい武器を自ら手放すはずがない――男たちは、そう思っていたはずだ。だが、その「まさか、するはずがない」という考えが、不意を突く側にとっては、まさに付けこむべき心理の隙なのだ。


 中央の男は、慌てて飛んできた曲刀を弾くものの、僅かに体勢を崩す。残りの二人も、合図が中断されたことで、一瞬身体の動きを止めた。


 その間に、俺は向かって左側の男へ向かって走り出す。

 左側の男は、すぐに気を取り直して、迎撃の体勢を取る。

 右側の男も、ワンテンポ遅れるも急いで距離を詰めてくるのが、視界の端に映った。


「シャアッ!」

 叫び声と共に、左側の男が、曲刀を振るう。


 上から下への斬りおろし。


 俺は、半身を捻ると共に――その斬撃を斜め『下』に、潜り込むように躱す。

 回転し、振るわれる剣の軌道に、滑り込むように。


 剣の術理――剣先の働きというのは、下に行くほど威力が落ちる。

 まして、地面すれすれにまで刃を振り降ろすことは、まずない。


 そんなことをしてしまえば、第二撃を繰り出すまでの隙が大きくなったり、敵からの反撃に対応できなくなるからだ。


 ゆえに――両手を地面に付き、頬が土に触れるほど体勢を低く避けることで、男の曲刀は空を切った。


 それで、終わりではない。


 俺は、捻った勢いそのまま、回転を殺すことなく、片足で、地面から打ち上げるような後ろ回し蹴りを放つ。


 ある流派では、〈蠍の毒針〉とも呼ばれている、強烈な蹴りだ。


 予想外の躱され方で、虚を突かれた男の、その顎を〈蠍の毒針〉で完璧に撃ち抜く。男は、顎を殴打された衝撃で、きりもみ回りながら倒れる。


 まず、ひとり。


 ほんのわずかだが遅れた右側の男が、蹴りを放った後の俺に向かって攻撃を繰り出す。


 突き――。


 俺の初撃の避け方を見て、攻撃を修正してきたのだろう。

 しゃがんで避けられることないよう、低い位置――俺の太腿を狙っている。太腿にある太い血管を斬れば致命傷になるからだ。


 それは、正解だ。


 突きならば、地面の近くへの攻撃であっても威力が損なわれることはない。


 だが、得てして「正解」というものは、理に適っているがゆえに読みやすい。


 俺は、男の突きに対して、真正面から突っ込むように跳び込む。


 ほんのわずかに身体を捩じり、繰り出された突きのすれすれを紙一重で躱す。

 それと同時に、足をあげ、突きの為に伸びきった曲刀の刃の上に載せる。そして、曲刀が引かれる前に、思い切り踏みつけた。


 踏みつけられたことで、男の持つ剣が、地面に縫いとめられる。


 とっさに柄を離すことができなかった男が、踏まれた剣に引っぱられるようにして、バランスを崩して前のめりになった。


 俺は、無防備にさらけ出された男の後頭部に、上から、力任せに鉄槌打ちを叩き込む。


「ぐむぅ」という呻き声を上げて、男が、地面に叩きつけられる。追い打ちで頭を踏みつけると、男は意識を失い、動かなくなった。


 ふたり。


 最後、中央の男は、連携攻撃するはずだったふたりが倒されたことで、わずかばかりに躊躇が生じていた。

 予定が狂ったことによる混乱。

 しかし、それも一瞬。

 俺との距離を詰めながら、斬撃を繰り出してくる。


 俺は、それを後ろに飛んで躱す――のではなく、逆に、一気に男の方へと跳び込んだ。


 抑えるのは、曲刀そのものではない。振り下ろされる前の男の手首だ。

 腕を制することで、男の剣は、斬撃の途中で動きを止める。

 剣を上に掲げたまま、両腕を俺に掴まれ、固定された男。


 腕を抑えて終わりではない。

 動きが止まった瞬間、右手で男の腕を、関節を捻るようにしながら引っぱる。

 それと同時に、空いた左手で男の肩を前へ押すようにして、体勢を崩す。


「ぐっ――」


 前かがみになった男の顔面に向かって膝蹴り。

 男が剣を取り落とす。

 痛みによる反射から、顔を抑え、上体を起こしてしまう。


 必然、胴体はがら空きになった。


 胸/腹/金的。

 俺は、足を上げると――男の身体に、三発のつま先蹴りを続けざまに撃ち込み――足を下ろす。


 男は、糸の切れた操り人形のごとく、その場に膝から崩れ落ちた。


 これで、三人――。


 俺は、離れてこちらを見ている、頭領へ向き直る。

 一部始終を観察していた頭領の男は、その目を丸くしている。


「おいおい。やるじゃねえか、お前。そんなに強かったのか」

「……」

「こりゃあ、妹を人質にとったのは正解だったな――まあ、ここには人質になりそうなやつはいないしな」

「――投降する?」


 俺の挑発に、男が気色ばむ。

 

「雑魚を倒したってだけでイキてんじゃねえよ糞餓鬼」


 男は、腰から曲刀を抜く。

 そして、歯をむき出しにして笑みを浮かべた。


「生意気な餓鬼にはよぉ契約者の戦いって奴を教えてやるぜ――」



 

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